マックス、説得する
「よう、サージ。台下の首尾はどうなんだ?」
政庁があるビルのロビーで、会談の終わりを待っていたサージとパウエルに、リンを連れたマックスが合流した。
マックスは、どさりとサージのいるブースのソファに腰かけて、近くのコーヒーショップで買った、テイクアウトのコーヒーとリンのオレンジジュースを取り出した。
会談が終わればポッペウスから連絡があるはずだ。
「まあ、ここまで来ておいてなんですが、台下がどんなに頑張っても、たぶんカーマインの助力は引き出せないでしょうね」
「なんで?」
「クレリアとイシュールの問題は、カーマインから見ればテラバウムの国内問題ですから」
「ノーライアはちょっかいをかけてるんじゃないのか?」
「そこをどう捉えるかですよね。ですが、今どき、惑星内に複数の国家が沢山あってまとまりがないような星は、星間国家からは無視されがちです」
ただでさえくそ忙しい星間国家の閣僚たちが、たかが一惑星上でゴタゴタと争っている程度の連中と、それぞれ国家としての格式を保ちながら交渉するなどと言う面倒なことができるはずがない。
それくらいなら、そんな星シラネと無視した方がずっと効率がいいし、絶対に必要な資源が産出する星なら、丸ごと征服して支配下に置いた方が早いのだ。
「ですから、星間国家群から見た場合、テラバウムはテラバウムと言う国で、中央協議会がその政体とみなされているわけです」
「実際は、いくつかの国に分かれてるよな?」
なにしろトゲトゲが登録されている国は、いわゆるタックスヘイブンと言うやつだ。テラバウムにある――シエラなんちゃらと言った、聞いたこともないような国名だったから思い出せないが、その国なのだ。
しかし、星間国家的にはテラバウム船籍ということになる。
「それは、星間国家レベルから見れば、州のような扱いになるんですよ。星間国家が直接州を支援したりは普通しません」
「んじゃイシュールは?」
「だから、面倒になってるんじゃないですか」
それは、言ってみれば、アメリカ合衆国が埼玉県に軍を配備して直接支援するようなものだ。よく考えなくても大問題になるに決まっている。
しかも埼玉県と群馬県が戦争をするほど仲が悪かったりしたら、その後どうなるのかは火を見るよりも明らかだ。それが聖地のフリゲート墜落事件で起こっていた事なのだ。
本来なら国連や他国が日本とアメリカの間に仲裁に入りそうなものだが、当事者はそれを宗教間の争いだと言い張っている。誰も火中の栗を拾うような真似はしたくないだろう。
しかもそれが起こっているのは宇宙の辺境で、現在の各国民の生活にはほとんど影響がないとくれば、参戦の理由をこじつけることすら難しい。
ノーライアはともかく、議員が選挙で選出されるカーマインなら余計にそれに首を突っ込むことを是としないだろう。
「結局はカーマインが、ノーライアのフリゲート売却をどう解釈するのかにかかってくるわけだ」
「そうですけど、ノーライアは、イシュール聖国ではなく、イシュール教にフリゲートを売却したと言い張るでしょうから――」
「宗教同士の争いに、カーマインが介入する可能性は限りなく低いってことか」
「でしょうね」
「で、ノーライアがイシュールに肩入れする理由は?」
「さあ? 国教にでもするつもりですかね?」
「そいつは悪い冗談だな」
皇帝の専制政治と宗教なんて、政教一致の世界でもない限り相性が悪すぎる。
どちらかと言えば、弾圧する方が似合っているだろう。
「イシュールが皇帝を垂らし込んだのかもしれませんよ?」
「もしもそうなら、フリゲート一隻なんて中途半端な真似はしないさ。一隻でも百隻でも問題の本質は一緒だからな」
「イシュールに恩を売ってノーライアが得をすることねぇ……ま、ぱっとは分かりませんが、帝国はどうやら本気ですよ」
「まだ何かあるのかよ?」
サージは椅子を動かし、マックスの方へ体を乗り出して小声でささやいた。
「どうもノーライアが、〈エゼキエルゲート〉から〈エレミアゲート〉に向かって、進軍しているらしいです」
「な?!」
それがもしも本当なら、ノーライアの連中が、ゲートをくぐって〈アモス〉方面に向かうかもしれない現在、下手な動きは全面的な戦争に発展しかねない。
〈エレミア〉を潜らず〈オバデヤ〉方面に進軍したりしたら戦争は決定事項のようなものだが、さすがに意味もなくそんなことはしないだろう。
---- 概略図 ----
□大ゲート, △小ゲート
[↑テラバウム方面]
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△アモス
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□エレミア
+------->□エゼキエル[→ノーライア方面]
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△オバデヤ
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[↓カーマイン方面]
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「どっからの情報だ?」
「星間ニュースで散々やってますよ」
「マジかよ。原因は……やっぱ、俺達かな?」
「でしょうね」
成り行きとは言え、ノーライアの分隊をぶっ潰したのは俺達だ。
それの調査と言う名の報復をノーライアが考えてもおかしくはないだろう。
「あとは最新のフリゲートを、たかだか地上部隊に墜とされたことへの落とし前、なんてことも考えられなくはないですが――」
「そりゃ大人げないだろう。航宙艦隊で一惑星の小さな国を蹂躙するのか? 中央協議会が黙っちゃいないぞ?」
「中央協議会に対抗手段なんかありませんよ」
「それこそ、カーマインへの救助要請が出るだろう。そうしたら今度は無視できない」
「それまでクレリアが国として残ってりゃいいですけどね」
力を見せつけるのが目的だというのなら、クレリアを焦土にした後、カーマインが出張って来る前に引き上げればいいだけだ。
非難を受けて悪名は高まるだろうが、ノーライアにとって、それは今更のことなのだ。
カーマインも、現地でならともかく、辺境の一惑星のために、わざわざ追いかけてまで戦端を開くことはしないだろう。
「そうなったとしたら、それも俺が原因か」
「業務のうちでしょ」
サージはどってことない様子でそう言ったが、結果として個人が原因で二大星間国家を巻き込む戦争が起こるのは、いくらバイアムで人を殺すのが仕事だなどと嘯いているマックスでも寝覚めが悪い。
「ノーライアは俺達を認識してると思うか?」
「停船させようとした船が、トゲトゲだってことは認識している可能性がありますが、七光秒の距離が疑心を生む材料にはなっていると思いますよ」
分隊は、次報を送る前に壊滅した。
七光秒も離れた位置からそんなことができる存在は、この宇宙にはいないのだ。これまでは。
「それでも、そこで何が起きたかを知りたければ、俺達を捕まえて話を聞きたがるだろ?」
「それは確かでしょうね。で、どうします?」
「どうってなぁ……テラバウムに戻らない訳にはいかないし、火の粉が降ってくるようなら振り払わざるをえないだろ」
「相手は大帝国ですよ?」
「手を出すよりも、放置しておいた方が被害が少ないと思わせるのがバイアムの流儀だが――」
「そりゃ、相手に寄りますよ。象の足に蟻が噛みついたところでどうにもなりません」
「だよなぁ」
「なあに、襲ってきたら全部資材にすればいいのだ」
リンがコップの底に残ったジュースを、ズズズズズと音を立てて吸い上げながら、こともなげにそう言った。
「あのな、リン。お前はもうちょっと平和的な思考というやつをだな――」
「自分たちの聖地でドンパチやってた国に雇われてたぐんそー達にそう言われてもな」
「むっ――まあそうだが……」
リンは、持っていたカップを、カツンと音を立てながらテーブルに置いた。
「手を出すよりも放置しておいた方が被害が少ないと思わせる、なんて中途半端だからダメなのだ」
「それ、中途半端か?」
顔を見合わせるマックスとサージを尻目に、偉そうにソファにふんぞり返ったリンは、腕を組んで宣言した。
「手を出してくる奴は殲滅だ! それが最もあとくされがないのだ」
八千年前ならいざ知らず、マスコミによる情報があまねくいきわたり、高等教育を受けた国民がゴマンといる現代で、そんなことができるわけないだろうと、マックスは苦笑した。
「今じゃ、そいつが通用するのは、表に出て来ない連中くらいなんだよ」
「ほう」
「殺人は面倒だからやめとけって言っただろ?」
「一人二人ならその通りだが、何千人も何万人も殺すのは問題ないのだろ?」
「は?」
目を開いたリンは、いつになく真剣な顔でマックスに言った。
「眠っていた間のことを調べたのだ」
「第二次オパデア会戦で、ノーライア帝国の船一万四千隻を沈めた提督が英雄になっていたぞ」
「その当時の航宙艦は今よりも多くの人が必要だったともあった。仮に一つの船に千人の乗組員がいたとしたら、千四百万人を殺した男ではないか」
「いや、まあ……それは確かにそうだけれども」
リンに対して、現代における、戦時と平時の違いを説明することは難しかった。
小規模な紛争は宇宙中で発生しているし、かといってそこが戦時なのかと言うと、そうとも言い切れない。
曖昧で方便だらけの法とその適用範囲などと言う観念を、なにもかもがもっと分かりやすかった時代に生きていた人間に上手く説明する自信は、マックスにはなかった。
「いずれにしても気にすることはない。人だろうと国だろうと、邪魔になったら踏み潰してやればいいのだ」
「うーん……」
まずい。
何がまずいかって、正面切ってそう言われると、実際反論のしようがないところがまずい。
こいつは現在天涯孤独で弱みになるような人間関係は何千年も前に失われているし、しかも言ったとおりのことができる実力がありそうなところもまずい。
ノーライア辺りが惑星ごと破壊するような武器を使ったとしても、こいつはシールドの内側で平気で生き残っていそうだ。そうして、その後、艦隊は順番に蹂躙され殲滅されるに違いないのだ。
人類vsリンなんて、星間ムービーでもB級どころかZ級クラスのばかばかしさだが、下手をすればそれが現実に起こりかねない。
マックスは内心で頭を抱えてごろごろと転げ回った結果、すべてを諦め、代わりに一つの詭弁を弄することに決めた。
「いいか、リン」
「なんだ、ぐんそー」
「お前は、俺の保護下にあるガキだ」
「うむ。その通りだ」
「だから、俺の言うことには従わなければならない」
「んな?!」
「いいな! 俺は保護者なんだからな!」
「お、おお……」
「その俺が命じる。リンの考え方は分かったが、それは俺が許可するまではなしだ」
「ええ?!」
「いいか、リン。子供の認知範囲は狭い。だが世界は広くて複雑だ。八千年前と比べれば比較にならない程な。だから保護者の判断に従え。いいな?」
「ええぇ……理不尽な教育は、子供をスポイルするのだぞ?」
「い・い・な?」
「はぁい」
リンは仕方なさそうに、上目遣いでそう答えた。
「ちぇっ、しかたないな、ぐんそー。大人になるまでは従ってやるとするか」
「よろしく頼む」
「かわりに、ひとつ頼みがあるのだ」
「な、なんだ?」
「もう一回買ってきてもいいか?」
リンはテーブルの上に置かれたオレンジジュースのコップを指差しながらそう言った。
マックスは内心冷や汗をかきながら、「いいぞ。気を付けて行ってこい。買ったらすぐに戻れよ」と答えた。
リンは、「分かったのだ!」と元気に言って、表のドリンクショップへと駆けて行った。
「軍曹。やばかったですね」
「ああ、宇宙を救った気分だぜ」
そう言って、俺達はお互い苦笑いをした。
マックスは、図らずもポッペウスが言っていた、世界平和のための活動に関与した気分になっていた。
「こっちなのだ」
入口のほうからリンの声が聞こえたかと思うと、なにやら大名行列のように、後ろから、いろんな格好の若者たちが大きなバッグを両手に持ってついてきた。
「なんだ?」
彼らはリンが言うとおりに、テーブルの上にバッグからだしたドリンクのカップをどんどんと並べて行った。
「なっ、おま?!」
「一つとは言っていないぞ?」
いたずらが成功したと言わんばかりにニヤリと笑ったリンは、運んでくれた連中に――おそらくは報酬だろう――ドリンクのカップを渡しながら、表に出て行く彼らを手を振って見送っていた。
「そりゃそうだけどな、誰が飲むんだよ、これ?!」
現在政庁のロビーはガラガラで、こちら側のスペースには、ほとんどだれもいなかった。
そこに六つ配置されているテーブルの上にはところ狭しとドリンクのカップが並んでいた。ついでに床にも。
「もちろん――」
リンがそう言ってテーブルの上に手を差し出すと、そこにあった大量のテイクアウト用のコップは一瞬で何もなかったかのように消え去った。
「――私なのだ」
「あ、そ」
「ふふふ。お返しなのだ。ぐんそーのクレジットを無駄遣いしてやったぞ!」
いたずらっぽくそう言ったリンは、新しいジュース――どうやら今度はマンゴーらしい――を取り出すと、ポスンとマックスの隣に座って、小さな足を偉そうに組むと、ご満悦といった様子でストローからジュースを吸い上げ始めた。
まあ人類vsリンがこの程度で回避できるのなら安いものかと、マックスは苦笑して言った。
「腹を壊すなよ?」
「任せておけ」
リンは実に満足げな様子で、そう答えた。




