マックス、酷いと会う
クリムゾンのポートステーションにいたカリーナたちと合流した後、マックスとリンはギリーに連れられて、商業地域の中でも最もごちゃごちゃした区域へと来ていた。
どうやらクリムゾンの真の大取引の中心地は、天空を突くように立ち並ぶ巨大で洗練されたビル群ではなく、移民当時最初に出来上がったおもちゃ箱をひっくり返したような通りにあるらしい。
「知る人ぞ知るってやつさ」
などとギリーは言っていたが、表に出せない取引の方が巨利を貪れるのは世の常だ。
表向きの経営者たちが巨大ビル群に移って行った後も、そのグループの頂点を継承する者たちは、この場所でとぐろを巻いていた。
カリーナとフェリシアは、首都星を満喫してきますと、洗練された通りに向かっていった。アダムスとショートはすでにどこに行ったのかも分からない。
一応ツーマンセルは崩すなと命じてあるから一緒にいるだろう。集合時間までは自由時間なのだ。
「おい、嬢ちゃん盗賊横丁に入っちまったぜ。いいのか?」
「なんだその物騒な通りは?」
「うーん、クリムゾン一商業が発達した場所、と言えば言える場所かな」
「なんだその奥歯にものの挟まったような表現は。第一なんでそんな場所が盗賊なんだよ。もしもそんなのが出るんなら取り締まられてるはずだろ?」
「いや、普通の人間がこの通りに来たら最後、あらゆるものを売りつけられて、出て行くときは身ぐるみ剥がされてるってところから来た名前なのさ」
「どうやって?」
押し売りでもなければ、そんなことは普通起こらない。なにしろ買わなければいいだけの話だからだ。
もしも、精神に影響を及ぼすような機器を使った取引ならば、それは違法だ。盗賊が出なくても頻発すれば取り締まられるだろう。
「あそこには商取引に時間をかけない一種独特のルールがあってな」
「どんな」
「値段を聞いて差し出された商品を受け取ったら、取引が成立するんだ」
マックスがその言葉の意味を理解して、先を行くリンを振り返った瞬間、彼女は、にこやかに笑う背の低い小太りの男から、なにやら板のようなものを受け取ろうとしていた。
「あ、バカ! リン、受け取るんじゃねぇ!」
「ほへ?」
「あ……」
あちゃーとばかりに右手で顔を覆ったマックスは、リンに向かって尋ねた。
「そりゃなんだ?」
「五百年ほど前のメモリボードらしいぞ」
「まさかとは思うが値段は聞いたか?」
マックスは何か言いたげな男の言葉を、右手で制しながらリンに尋ねた。
「おお。1万6千クレジットだそうだ。骨とう品にしては値が張るな」
リンはそれを光にかざすようにして眺めながら、暢気そうにそう言った。どうやら取引は終了しているようだった。
マックスは、骨とう品じゃなくて、ジャンクじゃねーかと殺すような目つきで小男を睨みつけたが、小男はみじんも動じるような様子を見せずにこにこと笑って手を差し出していた。
さすがは盗賊横丁で商売している男だという事だろう。一筋縄では行きそうにない。
「ちっ」
マックスは舌打ちすると、黙ってクレジットカードを取り出してその金を精算した。
リンはそれを見て、買ってくれるの? と嬉しそうな顔をしていたが、すぐにもここのルールを教えておかないと、すぐに身ぐるみ剥がされることになるだろう。
もっとも、マックスにとって真に恐ろしいのは、その後に起こるであろう大惨事の方だ。
「ほう。あんた、商人には見えないが、ここのルールをご存じカ」
「どんなにクソでもルールはルールだ。表立ってそれを破るやつはバカだろ」
「闇討ちは勘弁してほしいネ」
マックスの言葉の意味を正確に理解した小男は、それでも冗談めかしてそう言っただけだった。
「お前、もしかしてテリブルか?」
ずっと俺たちのやり取りを見ていたギリーが、何かを思い出したかのように声をかけると、小男もそちらを向いて目を細めた後、懐かしそうに笑顔を浮かべた。
「GG? GGか?! 久しぶりネ!」
「知り合いか?」
「ああ、トゲトゲのメモリについて相談しようと思っていたやつだよ」
「こいつに?」
「こんなんでも、クリムゾン有数の電子部品商だぜ? まあ、それにもかかわらず、こんな場所でこんなことをやってるところが気に入ってるのさ」
「こんなんでもは酷いネ」
「お前の趣味の悪さは今に始まったことじゃなさそうだな」
「だから、あんたとも付き合ってるんだろ?」
マックスはその言い草に苦笑しながら、小男に向かって手を差し出した。
「マックスだ。手痛い歓迎をありがとよ。『勉強代』は1万6千クレジットだ」
「テリブルね。GGの知り合いじゃしょうがない。返金するカ?」
テリブルは、その手を握りながらそう言った。
「ルールはルールだ、いらねぇよ。だがそれの代金は払ってもらうぜ?」
「ほう、中々見どころのある若者ネ」
テリブルは、自分の手の中に残されていた、『勉強代』と書かれたシールを見ながら、細い目をわずかに見開いてそう言った。
「だけど、こういうオイタはもうしない方がいいよ」
「もちろん一回こっきりだ」
彼らはもう一度握手を交わすと、テリブルの店へと入って行った。
「Yクラスのメモリサーバーか?」
テリブルは眉をひそめて、ギリーの話に答えた。そんなサーバーをいったい何のために作るというのだろう?
「そうだ。速度の方は最新でなくてもいい」
「そんなサーバーを現実に作るなら、集積度から考えても最新になるよ」
「フットプリントは気にしなくてもいいんだ」
「気にしなくてもいい? そりゃまた剛毅ね。だがね、そう大きくしてしまうと電力が足りなくなるヨ」
「エネルギーは、縮退炉を利用するから大抵は大丈夫だ」
「は? これを航宙艦に積むカ?」
それを聞いたテリブルは、いったいそれはどんな巨大な船なのかと目を丸くした。
そんな巨大な船の建造計画は、カーマイン軍でも聞いたことがない。可能性があるのはキロメートル級の貨物船だが、そんなものにこれを乗せる意味が分からない。
もちろん他の装備を犠牲にして乗せようと思えば乗るかもしれないが、そもそも用途が想像できなかった。
「ともかく、そういうものを作るとしたら、いくらくらいになる?」
「エクサクラスを1万台作るよりは安いけど……最低でも3億から5億くらいはかかるヨ」
「だとさ、どうする嬢ちゃん?」
リンは、マックスの方を振り返って、払ってもいいかと目で訊いてきた。
「ちょっと相談させてくれ」
一応言いつけを守っているリンに苦笑したマックスは、ギリーとテリブルに向かってそう言うと、リンと一緒に席を外した。
しかし、船本体より高額なメモリってなんだよと思いながら、表へと出て行った。
「あの男、何者ネ?」
「バイアムの軍曹だよ」
「軍曹? GGが下士官と連るんでるとは珍しい」
「ま、あいつは特別なのさ。いろいろとな」
「いろいろとねぇ……」
テリブルは興味深げな目をマックスたちが向かった店頭へと向けながら、頭の中でそろばんをはじいていた。
****
「で、リン。ロマリ金貨で支払うつもりなのか?」
というより、他に方法はない。マックス達の口座の残高は、三億どころか、その千分の一にも満たないのだ。
「トゲトゲが要求するということは、それは必要だという事なのだ」
相手はホムンクルスとやらだ。もしもそれがロボットと同じような思考体系を持っているとすれば、無駄にリソースを増やそうなどと言う発想はしないだろう。
「ふーむ。一応聞いておくけどなリン、お前どのくらいの財産を持ってるんだ?」
「金貨の一万枚や二万枚は屁でもないぞ」
「はぁ?」
マックスは、その枚数の多さに驚いた。しかしリンは、何事もないように説明を始めた。
「そもそも、この世界における、この金貨の価値は古銭としての希少性、つまりは歴史的価値だろう?」
「あ、ああ」
「これを単に兌換通貨として考えた場合、貴金属としての価値は、そう大したものではないのだ」
「そりゃまあそうだろうが……」
「私は当時の価値で、当時の財産を保有しているのだ」
「つまり?」
「正確に数えたことはないが、金貨に換算するなら、何億枚どころではないと思う」
リンは自慢げに一枚の貨幣を取り出して、マックスに渡した。
それを見たマックスは、目が飛び出すくらい、それを見開いた。
「ロマリ白金貨……か?」
「少しなら星金貨もあるぞ、見るか?」
「い、いや」
そんなものが残っていると知ったら、宇宙中の古銭収集家が目の色を変えるだろう。
存在だけは知られているそれは、今までに一枚しか見つかっておらず、現在は行方不明だというありさまなのだ。
「とはいえ、さっきも言ったが、貨幣に使われている貴金属としての価値はあくまでもそれなりだ」
「まあな」
「だから、歴史的価値が認められているうちに、できるだけ現代の資産に置き換えておこうと思うのだ」
「そうか」
マックスとしても、リンがそこまで考えているというのなら口を出す筋合いはない。
そもそもこれは、リンの財産であって、マックスのものではないのだ。
「まあ、お前がちゃんと考えているんなら、それでいいんだ」
「だろ? だから上手いこと大金に変えてくれ」
「……俺がか?!」
せっかく認めてやったのに、それをすべて丸投げするリンにマックスは頭を抱えた。
いかに金が好きとは言え、一介の軍曹にはケタが多すぎて荷が重すぎる話だったからだ。
「こういうのは、養い親がやるものだと、昔から相場が決まってるぞ?」
そうしてかわいそうな私は、養い親にすべてを巻き上げられて貧乏になるのだーと、どこかのソープドラマのストーリーに自らを重ねて楽しんでいた。
マックスは、お前がそんなタマかよと、横目でそれを睨みつつ、どうしたもんかなと内心頭を抱えていた。
****
「お、話はついたカ?」
「いや、その前に聞いておきたいんだが、現物で支払ってもいいのか?」
「現物?」
「こいつだ」
そう言ってマックスはテリブルの前に一枚のロマリ金貨を置いた。
「ほう」
それを触らないように眺めながら「きれいすぎるネ」と呟いた。
「言っとくが、テリブル。そいつは本物だぞ」
鋭い目つきでそれを眺めるテリブルに向かって、ギリーがそう言った。
「なにしろ、ユールのミスラリーシュ保険の鑑定書が付いてる」
「こないだ星間オークションに25枚の金貨を出したのはあんたらカ」
ギリーはその問いに、ただ肩をすくめるだけで返答した。
「あんたなら捌けるだろ?」
「そうねぇ……」
テリブルは目を閉じて、何かを考えるように腕を組んだ。
しばらくの沈黙の後、パンと膝を叩いた彼は目を開いていった。
「三百万なら引き受けるよ」
「三百?! そりゃ、安すぎるだろ?! 様子見のオークションでも、四百二十だったんだぞ?」
前回のオークションでは、そのあまりの瑕疵のなさに、皆がやや引き気味だった。
しかし落札者がこぞって、自分が納得できる場所で鑑定を繰り返した結果、すべてが偽物とは考えられないと判定されたのだ。
つまり次回のオークションがあるなら、落札価格はもっとずっと上がる可能性があった。
宇宙は広い。バカみたいな金持ちの数も相当数いるのだ。
「その代わり、千枚までなら引き受けるよ」
「は?」
「あるんでしょ、そのくらい」
テリブルの顔は笑っていたが、その線のように細い目の奥にある瞳は笑ってなかった。
こいつが大商人の気迫とカンってやつかと、マックスの顔は、内心引きつっていた。どいつもこいつも、魑魅魍魎とはこのことだ。
「OK。俺の負けだ」
マックスは、いかにも降参と言った体で、両手を小さく上げた。
それを見たテリブルは、もっと吹っ掛けても大丈夫だったかと小さく歯噛みしたが、欲をかくとろくなことはない。何しろ命は一つしかないのだ。
「ただし、口座への振り込みは無しで頼む。あんたのところに注文して余った分は、無記名のチャージ専用クレジットでくれ。できれば百万単位の」
三百万クレジットで千枚を売却したとすると、代金は三十億クレジットだ。
三億から五億はメモリサーバーに使われるにしても、残りは二十五億以上になるのだ。一千万のカードでも二百五十枚。百万のカードなら二千五百枚だ。
「そいつはちょっとすぐには用意できないよ」
「金貨は先に渡しておくから、サーバーが組みあがったら連絡をくれ。その時でいいよ。で、どのくらいかかる?」
「規格化されたフレームと基盤を使えば、数日ネ。だけど、フットプリントはかなり使うよ? 現地で組み立てなくて大丈夫カ?」
「大丈夫だ。そうそう、一応故障時の修理用に、規格基盤は50%増しで頼むぜ? ちゃんと動作確認済みの奴をな」
「しっかりしてるネ。全部で5億で手を打つよ」
「決まりだ」
リンは50枚の束を20本並べられる木のフレームを、ダミーのバッグから取り出すと、そこにロマリ金貨をきれいに並べて、テリブルに渡した。
「なんとも用意が良いネ。ちょっと見透かされてる気分になるよ」
受け取りを作りながら、テリブルが面白くなさそうにそう言った。
「気のせいだろ」
「鑑定書は?」
「あんたなら好きに抜き取って、好きな場所で鑑定させることができるだろ?」
「偽物って判定が出たときは?」
「好きにするさ。ただし、自分で作った偽物と入れ替えてもバレるから気をつけな」
「商売人はそんなことはしないヨ」
「そこは信じてるさ。な、ギリー」
「お、おお……」
突然話を振られて、面食らったギリーの曖昧な返事に笑いながら、マックスは二人に向かって行った。
「俺たちはこれでお暇するが、ギリーは積もる話もあるんだろ? しばらく話していけよ」
「そ、そうだな。いいかなテリブル」
「もちろんネ。完成したらマックスさんにも連絡するネ」
「よろしく頼む。じゃあな」
そう言ってマックスとリンは盗賊横丁を後にした。
「確かにあれはただものじゃないかもネ」
「だろ?」
残された二人は、そう言ってマックス達の後姿を見送った。




