マックス、船の中
最初の資材回収の翌日、リンとポッペウスはすっかり仲良くなったらしく、よく一緒にいるようだった。
丁度ギリーに格納庫の様子を見せていたマックスは、連れ立ってやってきた二人を見つけた。
「なんだ、リン。子分ができたのか?」
「まあな。子分二号なのだ」
「二号? 一号は誰だよ?」
マックスは、ショートケーキを作ったショートか、序盤で観光大使になっていたサージだろうと思っていた。
「それはもちろんぐんそーだが?」
リンはそれが名誉なことだと思っているようだったが、マックスにしてみれば、自分の思わぬポジションにこけそうになった。
「おまっ、子分に保護されてんのかよ!?」
「うむ。頑張って保護しろよ」
リンはパンパンと腕を上げて、マックスの胸を叩いた。
「はいはい」
その様子を見てギリーが、おずおずと口を出した。
「おい、お前らあまりに不敬なんじゃ……」
そう言われてみれば、ポッペウスは星間国家間においても、ものすごく偉い立場だ。言ってみれば超が五つくらいくっついていそうなVIPなのだ。
「そう言われればそうか。おい、リン。そいつは仮にも教皇様だぞ」
仮にもとはどういうことか。ギリーはあちゃーとばかりに天を仰ぎ、額に手をやった。
「違うぞ。いいか、ぐんそー。こいつは、スケさんだ。私たちは仲間になったのだ!」
そう言われてポッペウスはまんざらでもなさそうにコクコクと頷いていた。
「す、スケさん? なんだそりゃ」
リンは、ふふんと鼻を鳴らしてどや顔をした。
「スーキ・Kだから、スケさんなのだ。いい名前だろ?」
後はカクさんがいれば、などとブツブツ言っていたが、一体何に影響されたんだ、こいつは。
なお、うちの小隊で「カ」と言えばカリーナしかいない。しかもあいつの名字はクラヴィスだったはずだ。スケカクコンビが生まれるのも遠い将来ではないかもなと、マックスは苦笑した。
「ともかく、世を忍ぶ仮の姿ってのはかっこいいのだ!」
「そ、そうか」
ポッペウスはにこにこ笑ってそれを聞いていた。
考えてみればこいつらは、スーキ・Kなんてやる気のない偽名を作って、代々世を忍ぶ仮の姿を実践してきた連中だ。
何がリンの琴線に触れたのかは分からないが、相性は抜群なのかもしれなかった。
「それにこいつはいい奴だぞ。何しろ私に〈茶わん蒸し〉を作ってくれるのだ」
「は?」
なぜにクレリア教皇が茶わん蒸しなのか。クレリアの郷土料理にそんなものがあるとはとても思えなかったし、小麦が主食のクレリアで、そんなものを食べるチャンスがあるとも思えなかった。
そこはプリンなんじゃないのと、マックスはマックスで斜め上のことを考えていた。
「なんだ、ぐんそー、知らんのか? 茶わん蒸し。柔らかくてプルプルで、ホカホカしているのだ。あれはいいものだ」
リンの語彙は、もの凄く偏っていた。
学術分野に関しては超一流の研究者もかくやと言わんばかりだったが、自分の気持ちや感覚を表現する場合は、突然副詞にまみれるのだ。
「いや、茶わん蒸しくらいは知ってるけどな……リン。そいつは一応お客様なんだぞ?」
「なあに心配するな。中々見どころのあるやつなのだ」
かみ合っているようないないような会話を聞きながら、台下をこいつだのそいつだの呼ばわりするマックスとリンに、ギリーも苦笑するしかなかった。
考えてみれば彼は、ポッペウスを除けば、この船の中にいる唯一のクレリア教徒だったのだ。さほど信心深いとは言えないが、それでも教皇に対する畏怖や敬愛はそれなり以上に持ちあわせている。
「とにかく、こやつは今、この船の茶わん蒸し大臣なのだ! 行くぞ、スケさん!」
「はい」
意味は全然分からなかったが、ポッペウスは楽しそうに頷いて、リンの後ろをついて行った。
仮にも彼は星間宗教クレリア教を纏め上げる、いと高きお方なのだ。それが、リンの後ろを金魚の糞のごとくにくっついて、船内を楽しそうに歩き回っている。
考えてみれば、初代国王に仕えた(かもしれない)大魔導士が、その国王の子孫を従えて歩いているのはおかしなことではないのかもしれないが――
「仲間、ねぇ……」
それを感慨深そうに見送ったマックスは、嬉しそうなポッペウスの後姿を目で追いながら、思わずそう呟いていた。
「しかし、すげぇ船だなぁ……」
「いや、まあ……あれが年相応ってやつだろ?」
「いいのかよ?」
「どうせ誰も見ちゃいないんだ、好きにさせとけよ。リンが一緒にいるんだから安心――」
安心しろよと言いかけてマックスは言いよどんだ。
果たして本当にそうだろうか?
「ま、まあ、台下が、ポペポペにされるようなことはない……と思う」
「全然安心できねぇな、それ」
そう言ってギリーは力なく笑った。
****
イザヤゲートまであと数時間。
マックス達は、ブリッジにスタンバイしていた。
「そういや、お前ら、宇宙での初戦闘はどうだった?」
「どうって……軍曹、俺たち何にもしてなかった気がするんですが」とサージが言うと、羨ましそうにショートが「フェリシアとカリーナはちょっと活躍してたけどな」と続けた。
「ええっ?! 情報を読み上げて、通信を繋いだだけですよ?」
「いいじゃん! 俺らなんか、ただ青くなりながらリンと軍曹の漫才を見てただけだぜ。傭兵の名が廃るよ」
アダムスが、こぶしを握り締めて力説した。
「軍曹なら、何にもしなくて報酬がもらえるなんてサイコーじゃないかとか言い出しそうですよね」
「あ、そうそう。それも嫌味じゃなくて本心ですよね、あれ」
「不労所得は正義の人だもんねぇ」
いや、確かにそうだけれども、そう思うけれどもと、マックスは苦笑した。
誰かを騙すようにして金を巻き上げるのは仕事じゃなくて詐欺だなどと憤慨する癖に、楽して大儲けは大好きな男だった。
「お前ら、本人を目の前にしていい度胸だな」
ひとしきりブリッジが和やかな笑い声に包まれた後、サージが真面目な顔をしていった。
「しかし、軍曹。サープラスをノーライアの連中に引き渡すにしても、教皇を運んでいる船だとバレたらまずくないですか?」
ノーライアの艦隊が消息を絶った時、対峙していたのがその船だったことは、おそらくあの最後の通信で知られているはずだ。
本来なら見つかった時点で強制的に臨検されてもおかしくはない。
「バレるかな?」
「指定航路を操作して、ノーライアの艦隊まで誘導するような連中なんですよ? 船の登録IDがバレていないわけないでしょう」
しかもいまやその艦隊は行方不明。そして、サープラスが帰還すれば、艦隊が壊滅したと結論付けるだろう。
それが待ち伏せしていた船がメルシー商会の船なのだ。何か関係があると考えてもおかしくはないどころか、そう考えない方が異常だ。
まさか教皇を暗殺するために待ち伏せていましたとは言えないだろうから、直接的な言及はないだろうが、表向きはともかく、これで足止めされないはずがなかった。
「所属として、メルシー商会じゃなく、セブンスナイトを名乗っちまうのは不味いよな?」
「そんなことをしたら、後でごまかしがききませんし、ノーライア方面での仕事に不要なバイアスがかかるかもしれませんよ」
「そりゃ、ソリッドに殺されかねんな」
うーんと腕を組んで、床を見下ろすマックスに、サージがため息を一つついて言った。
「そもそも軍曹が仏心を起こすから、こんな面倒なことになってるんですからね」
「分かってるよ」
さらに言うなら、リンのことだってそうだ。あれからマックスの生活は波乱万丈、激変したのだ。
もちろんバイアムの生活は、もとより波乱万丈と言えるのだが、リンと出会ってからの波乱万丈は、それ以前の波乱万丈とは質が違っていた。
相手にするのが、どこかの領主に雇われた、自分たちと同じようなバイアム連中だったのが、今や星間二大国家の誉れも高いノーライア帝国だ。そのスケールの違いは悪い冗談だとしか思えなかった。
「まあ、さっさとゲートのガード連中に引き渡したら、速攻でゲートをくぐるしかありませんよ。船名だけなら少しは時間が稼げるでしょ」
「こんな特徴的な名前でか?」
「ハロー砦のドックで見たんですけど、トゲトゲの船舶IDって、〈C-CS-0238167-TOGE×2〉なんですよ」
最初のCは、CommerceのCで、商業用船舶区分を、次のCSは、CARGO SHIP、すなわち船の種類が貨物船であることを表している。
次の七桁の数値は、貨物船につけられたユニークな番号で、その後ろのTOGE×2が正式な船名だ。
「つまり、トゲトゲの正式な登録名は、TOGE×2だってことか?」
「そうなんです。うまくすれば、トジェックスドゥとか、トージュバイドゥとかと勘違いしてくれますよ」
TOGEはフロレンティン語で、一種の古代の服を意味している。だからそう読み間違えてくれれば、トゲトゲと称しても一瞬ならバレないかもしれない。サージが言ったのはそう言うことだった。
もちろんそんなことを期待して安心するのはどうかしている。そこは速攻逃げ出して回避しようと意見の統一をみた。
「よし、俺達はパラノシア星系テラバウム所属の普通の商船トゲトゲ号だ! 実際、そうだしな」
「ノーライアの正規軍十隻を、七光秒先から、十発で沈める商船ねぇ……そもそも、自分で普通なんて言うやつは、それだけで十分怪しいぞ」とギリーが予備の席から茶々を入れて来た。
「やかましい! 俺達は〈イザヤ〉に向かう途中で救援信号を受信して、人命救助を行ったただの商船だ。いいな!」
「「「「「「了解」」」」」」
そうして彼らはイザヤゲートに付属したスペースポートへと入港した。




