マックス、崇拝される
「連絡が途絶えた?」
スペースポートに入港している、ノーライアの連絡艦から通信を受けた密使の男は、その内容に混乱していた。
「はっ。目的の艦まで七光秒の位置で接触、威嚇射撃を行って停止させようとしたところまでは分かっていますが、その後、停止命令を通告している途中で連絡が途絶え、以降連絡が付きません」
連絡艦の艦長は、密使に対して現状を報告した。
「通告している途中ですか?」
「はっ。最後の通信の記録をお送りします」
密使の男は、そこで送られて来た映像ファイルを開いた。
『こちら、ノーライア帝国軍テラバウム方面分隊旗艦セレスティア艦長ミローシュだ、今すぐ停船して――うわぁああ!』
「……これだけですか?」
密使の男はあまりの尺のなさに驚いていた。
そもそも、仮にこれでセレスティアが破壊されていたとしても、他の艦が状況を知らせてくるはずだ。なのにこれが最後の通信?
「セレスティアは最新鋭の重巡です。シールドも張らずにただの的になっていたのならともかく、相手が七光秒も先にいるなら、仮に戦艦の武装を使ったとしても、たった一撃で通信もできなくなるほど被害を受けるなどと言うことは考えられません」
近年開発されたという反物質を利用した兵器なら、もしかしたらありうるのかもしれないが、今のところ反物質をその場で生成して格納するために大規模な施設が必要になる上、発射体もそれをフィールドに閉じ込めるため大掛かりになり、超弩級のミサイルくらいにしか使えないはずだった。
そんなものを七光秒先から発射したところで、どんなに高速なミサイルでも、届くのは何時間も後のことだろうし、第一当たるはずがなかった。
「一番ありそうな可能性はなんだと思います?」
「通信途中で、十倍規模以上の艦隊に一斉射撃で不意を突かれたとかでしょうか。それでも状況を報告する時間くらいはあると思いますが……」
しかし現場は、テラバウムと〈イザヤゲート〉の中間地点だ。
百隻もの規模がある艦隊が活動しているなら、どこかのレーダーに引っかかるだろう。
「実際にそんな艦隊が?」
「残念ながら、確認されていません」
「ゲート通過記録は?」
各大ゲートの周辺には、各国の駐留艦隊や出先機関が配置されている。言ってみれば人類の共有財産に陣取る、一種の大使館のようなものだ。
ゲートを通過する船の情報は、どの国も独自に記録していて、仮に単艦で時間をずらして移動していたとしても、軍艦が一方向へと通過して行った数から、必ずバレるはずだった。
「そんなに多数の艦艇が通過した記録はないそうです」
テラバウムにはノーライアの艦隊を一瞬で殲滅するような勢力は存在しない。
考えられるとしたらカーマイン共和国の横やりなのだが、そんな数の軍用航宙艦が〈イザヤゲート〉を通過した記録はないようだった。
仮にゲートを使わずにトンネルをくぐったとしても、現れる場所は同じ宙域だから、監視員が見逃すとは思えなかった。
「カーマイン共和国の可能性は低いでしょう。それなら、まだ強力な宙賊艦隊にやられたと考える方が、ありえそうですが――」
「そんな強力な賊は確認されていない」
「はい」
現在最も強力な宙賊と呼ばれているのは、ベラスケス三兄弟の〈道化師〉と、J・D・コルテスの〈コンキスタドール〉だが、どちらも重巡を含むノーライアの新鋭艦で構成された分隊規模の艦隊を一瞬で殲滅するなどと言うことが可能だとは思えない。
いずれにしても現場を確認に行く必要があるが、今回のテラバウム行に連れて来たのは一分隊のみで、後は今通信を行っている連絡艦しか残されていなかった。
「連絡が途切れた宙域を調査して分隊を探してください。艦隊が見つからない場合、ゲート通信で本国へ状況を報告して指示を仰ぎます」
「はっ」
「併せて分隊を一瞬で殲滅できる何かの存在を伝え、艦隊の派遣を要請します」
密使の言葉に連絡艦の艦長は一瞬言葉を失った。
「しかしそれに対処するとなると、最低で中隊規模になりますが……」
ノーライアの部隊編成は、分隊の十隻前後を基準として、小隊が四分隊、中隊が八小隊、大隊が八中隊、そして師団が四大隊ということになっていた。
中隊規模だと、大体三百二十隻の艦艇を擁する部隊ということになる。
だが、中隊規模の艦隊を〈エレミアゲート〉に出現させた場合、カーマインを不必要に刺激する可能性があった。
「そこは、イシュール『教』からの要請と言うことで、カーマインには納得してもらいましょう」
政教分離が徹底されているカーマイン共和国は、宗教同士の争いには基本的に口を挟まない。どちらの肩を持つわけにもいかないからだ。
一方的な大虐殺でも起こさない限り、せいぜいが勧告どまりのはずだ。
さらに、最終的にはその艦隊でクレリアを脅して、イシュールが望むロマリアの遺産を引っ張り出せばいい。力こそが正義であると教えられて育ったノーライアの密使はそう考えていた。
****
リンがトゲトゲに、収納魔法のシステムを取り付けた結果、マックスの小隊は物資の搬入から解放された。
実際に貨物船として活躍する際、各ポートでの搬入は彼らの手が必要だろうが、誰も見ていない宇宙空間の資材集めに関しては、けん引ビームでぶつかりそうになるくらい引き寄せて、収納空間へと送り込むだけになったからだ。
その時点を持って、マックスはクルーに休憩を取らせることにした。どうせ、交代要員はいないのだから、全部トゲトゲにお任せだ。
「軍曹。ホムンクルス使いが荒くないですか?」
「なあに、トゲトゲくんの優秀さなら、これくらい屁でもないだろ?」
「もちろんです、すべてお任せを。ただし、メモリは弾んでもらいますからね?」
「あー、善処する」
などという、相変わらずAIとは思えないやり取りを行いながら、彼は医療ルームに併設されている看護用個室の一つへと足を向けた。救助した男が目覚めそうだとの報告をトゲトゲから受けたからだ。
「お。気が付いたかい」
マックスは、実にフレンドリーにその男に話しかけた。
情報は、取れるときに取れるところから取れるだけとるのがバイアムの流儀だ。
「ここは?」
「俺の船の医務室だ。体は大丈夫か? あんたは宇宙服を着たまま、宇宙空間を漂ってたんだよ」
男は、きょろきょろと辺りを見回した後、両手に顔をうずめると、深い息を吐いた。
「助かったのか……」
「俺はマックス。一体、あんたは何者で、ここで何があったんだ?」
「ああ、助けてくれて感謝する。俺はサープラス・ヨシノだ。ノーライア帝国軍テラバウム方面分隊補給艦の乗組員だよ」
何の躊躇もなく、あっさりと自分の所属をしゃべった彼の様子に、マックスはやや違和感を感じた。
「ひゅー、軍人さんか」
マックスの言葉に、サープラスはバツが悪そうに顔をしかめた。
ノーライアの軍人が、よりにもよってテラバウムしかないパラノシア星系の、しかもテラバウムの近傍で、一体何をしていたのかと問われても答えようがないからだ。
「何があったかは……俺にも良く分からないんだ」
「分からない? 俺たちは、たまたま微かな救助信号を見つけて航路を変更して来たんだが、どうやら戦闘があったようで、なんとも酷いありさまだったぜ。宙賊にでも襲われたのか? なら報告の義務があるんだが」
「宙賊……宙賊なのかな……」
サープラスは遠い目をしながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「最初は駐留していた空間から、何かの命令で移動したんだ。最初から準戦ってことだったから、戦闘が発生する危険があったのは確かだ」
とは言え、彼らの分隊旗艦は就航したばかりの最新鋭艦で、しかも重巡だ。たとえ一隻でもテラバウム全体の艦隊と戦えるパフォーマンスがあるだろう。
しかも、脇を固める駆逐艦やフリゲートも同様に連携テストのために用意された最新鋭艦なのだ。分隊とは言え、辺境のパラノシア星系でこれに勝る艦隊などあるはずがないと、高を括っていた。
「何かと接触したところまでは分かったが、俺たちが理解できたのはそこまでだ」
その僅か数分後には、突然艦が回避行動をとり始めた。しかも全力らしく、慣性制御が間に合わないありさまで何かにしがみつくのが精いっぱいだったらしい。
すると突然、壁が継ぎ目に沿って光ったように思ったら、次の瞬間には抗いがたい力で宇宙空間へと放り出されていたそうだ。
それはまるで、船が風船でできていて、それが破裂したかのようだったと彼は語った。
幸い彼らは、補給用の待機任務で宇宙服を着てスタンバっていた。そしてマニュアル通り命綱をフックに繋いでいたため、彼方へと放り出されることはなかったが、目の前を飛んでいた同僚は、一緒に飛んできた船のパーツのようなものに直撃されて吹き飛んだ。
それを見て死を覚悟した彼も命綱が限界まで伸びた際の衝撃で気絶して、気が付いたらここにいたということだった。
「そいつはなんというか……大変だったな」
「ああ……そういう訳だから、何と戦ったのかも分からないし、何が起こったのかも分からないんだ。セレスティアを見かけなかったか?」
あの後、フェリシアが星間ネットワークに接続して調べたところ、セレスティアは主力艦を上回る攻撃力を持った戦闘艦という触れ込みでノーライア帝国が昨年就航させたセレスティア級重巡の一番艦で、すでに4隻が建造され44隻がラインで建造中らしい。
おそらく、イシュールの航宙航空フリゲートをテラバウムまで移送するという名目で、運用のテストをするために、分隊を構成して、臨時に旗艦に据えて持ち込まれたに違いない。
それが自慢の攻撃力を発揮する前に、名前の通りに天に召されてしまったのではシャレにもならない。セレスティアには、「天上の」と言った意味があるのだ。
彼はそんな船が簡単に沈むはずはないと、祈るような気持ちで希望を掛けたのだろう。
「いや、あんたを見つけたところには、多数の船の残骸があっただけだ。生きていたのはあんただけだったな」
「そうか」
彼は一言そう言うと、辛そうに下を向いた。
「もしも、あんたらを襲った何かがいたとして、ノーライアは艦隊を派遣するかな?」
「それは分からんが、新鋭艦のテストだったしな。何らかの調査はするだろうし、分隊が訳も分からず壊滅させられたんじゃ、小隊の二つくらいは送ってくるかもしれん」
「そうか。いや、良く分かったありがとう。俺たちはこのまま、〈イザヤゲート〉へ向かう予定だ。そこまで送ればいいか?」
「ああ、すまない。大ゲートにはノーライアの出先機関があるから、それで大丈夫だ……ありがとう」
「なあに、宇宙じゃ、困った時はお互い様さ。じゃ、それまでゆっくり休んでくれ」
そう言ってマックスは、部屋を後にした。
「軍曹。彼が本当のことを言っている確率は86.8%です」
医務室を出たところで、パーソナルデバイスを介してトゲトゲが報告して来た。
「十分だ」
「ちなみに軍曹が本当のことを言っている確率は、12.3%でした」
「やかましい。で、点滴に何か混ぜたのか?」
マックスは、サープラスが軍人とは思えないくらい素直に話をしていたという違和感について、トゲトゲに尋ねた。
「情報を得ることを優先しました」
「分かった。〈イザヤ〉に着くまでに、完全に分解して痕跡は残すなよ。あと、今後は俺に断ってからやれ」
「アイサー」
しかしトゲトゲのやつ、ますます腹黒副官みたいになってきたなと、マックスは心配になった。
そもそも目的に対して、選択する手段に容赦がない。
「まあ、主人が簡単に『国ごと潰すか?』なんて言うやつだからなぁ……」
子は親に似る。
ここでもその法則は確かなようだった。
****
一時的な休憩を言い渡されたクルーたちは、何かあった時のためにまとまってラウンジで軽食を食べていた。
食堂と違って、こちらは少人数のおそらく士官向けの部屋で、座り心地のよさそうなソファのセットが、いくつか配置され、中央にはフードクリエイターが設置されたバーカウンターのような場所がある落ち着いた部屋だった。
リンは、収納魔法の調整や研究に忙しそうで、楽しそうに船内を駆け回っていたため、この場にはいなかったが、ここまでの数日ですっかり小隊の面々と打ち解けていたポッペウスとギリーも同席していた。
なにしろ宗教的な信仰心など欠片もないバイアムの小隊メンバーだ。依頼主に対する敬意はともかく、台下と呼ばれる人間と接する態度としては相応しくないと言わざるを得ないほど砕けた態度で彼に接していた。
信者でもなんでもない人間にとっては、仮にローマ教皇と顔を突き合わせたところで、なんとなく偉い人なんだろうけれど、ただの気のいいおじいちゃんだな、くらいの認識しかないものだ。
そしてポッペウスは少年だったため、余計にそうなっていた。
マックスのことがとても知りたかったポッペウスは、彼の部下に色々と質問をしていた。
「――というわけで、リードさんってどんな人なんですか?」
依頼主直々のストレートな質問に、小隊の面々は何かの調査かなとわずかに警戒しながらも、彼の質問に答えた。
「どんな人って言われてもなぁ」
「一番長いのは伍長でしょう? いかがです?」と、パウエルがサージに話を振った。
「そうだなぁ。普段は怠け者だけど、やるときはやる人?」
何しろサージがマックスの下に付いてから、怪我こそあれ、小隊の人的損耗率はゼロなのだ。陸戦の小隊でこの数字は非常に際立っていた。
そして、この数字を残す部隊は大抵が、危険な場所にはいかないだとか、すぐ逃げ出すだとかの特徴を持っているのだが、マックスの部隊はミッションの成功率も非常に高かった。
「そういやそうか。あの人の小隊になってから、命の危険を感じることはあっても、死んだことは一度もないな」
アダムスがそう言うと、カリーナが「アダムス、あんた、死んだことがある訳?」と突っ込みを入れて、皆が笑い声をあげた。
「確かに、結構いい人だよね。時々は奢ってくれるし」とショート。彼のいい人はあくまでもバイアム基準なのだが、そんなことは知らないポッペウスは、目をキラキラさせてそれを聞いていた。
「そういや聖地の時だって、殿を務めて俺たちを逃がしてくれましたしね。しかもフリゲートを落っことすとは、仕事もできる!」
「おい!」
サージが、ショートの脇腹を肘でえぐって黙らせた。
「ぐはっ!」
何しろ目の前でにこにこしているのは、その場所を聖地と崇める大宗教のトップなのだ。
「ああ、気にしないでください。あれが事故なのは分かっていますし。それに、教皇庁の研究部もあの丘の跡地から多くの遺物を発見したらしくって、目の色が変わっていましたから」
「遺物?」
その言葉に反応したのは、もう一人の客のギリーだった。
「ええ、いくつもの羊皮紙の走り書きのようなものが大量に出てきたそうです」
「ええ? あの状況で羊皮紙が無事だったんですか?」
驚いたように言うアダムスは、ウォーカーの専門家としてその後調査に関わっていたのだ。
「なんでも強固な保存の魔法がかかっていたそうです。ロマリアの技術は凄いですね。失われてしまったのが悔やまれます」
「台下、その羊皮紙に何が書かれていたかお聞きしても?」
ギリーは、注意深く言葉を選びながらそう訊いた。
「書かれていた文字はロマリア文字だったらしいですが、内容は暗号化されているのか、表面上は日常のメモ書きのようなものだったそうです」
当時の研究者は、自分の研究をまるで無関係な書物のようなものに見せかける独特の技術を持っていた。
その手法で書かれた文書は、それを記した研究者独自の解読方法で解読しなければ、真の内容を読み取ることはできないのだ。
もっともそこに記載されていたのは、本当にただのメモにすぎないのだが……それに強固な保存の魔法を掛けてしまうのが、大魔導士の大魔導士たる所以だった。
「そしてどうやら、書き手はかの大魔導士、リングア・インテレクトスではないかと言うことです」
「リングア?」
「え、それっておとぎ話の? 実在の人だった訳?」
フェリシアやカリーナが驚きの声を上げている中、ギリーは一人で難しそうな顔をして、「やっぱり……」と呟いていた。
「一応何点か彼が書いたと言われる文書も残されているんですよ。非常に特徴的な筆跡なので、おそらく間違いないそうです」
「台下、その文章のオリジナルか写しはどこかで見られるんでしょうか? クレリアの国立博物館などで?」
ポッペウスは、ギリーを、グレアム商会の人間だと紹介されていたため、彼がなぜそんなものが見たいのか不思議な気がしたが、もしかしたら趣味の研究者なのかもしれないと思い、誠実に答えた。
「いえ、点数も少ないですし、確か一般公開はされていないと思います」
「そうですか……」
「ですが、写真でよければお見せしましょうか?」
「え? よろしいので?」
「特に内容が秘匿されているわけではありませんし、研究者には開示されていますから問題はないでしょう。では後程ネットで取り寄せてお送りします」
「ありがとうございます!」
これで、後はリンの筆跡を手に入れて比較すれば、より強い確信が得られるだろうと彼は考えていた。
もっとも今までの経緯から、リンが、彼の大魔導士であることはほぼ間違いないと考えてはいたのだが、なにしろ伝わっているのと性別が違うのだ。
その後もマックスのことを色々と聞いたポッペウスは、彼が部下に慕われていることを確信した。
振り返って自分のことを考えれば、宰相を始めとして、誰も心から信じられるものがいない。そうして、自分を上司として本当に敬ってくれている部下もいないことに少し落ち込んだ。
そうして彼は、この小隊に憧れを抱いた。そう、抱いてしまったのだ。
週末は用事があるので、更新はないかもしれません。
次回をお楽しみに。




