マックス、教皇に会う
「なんだこりゃあ?」
イフターハが、ゴールドバーグの権力を振りかざし、商人としてのコネも使いまくった挙句、なんとかロマリ金貨の出所を突き止めて話を聞きに来てみれば、その倉庫があったという場所には、きれいに焼けた地面だけが残されていた。
「あんたら、GGの関係者かい?」
道路の反対側から、明らかに周辺を警戒していた隙のない二人組の男が、イフターハの後ろから近づいてきて声をかけた。
彼の護衛が前に出ようとするのを片手で制しながら、イフターハは「関係者って言うか、話を聞きに来たんだが……ギリー・Gはどこに? 一体、ここで、何があったんだ?」と訊いた。
それを聞いた二人は顔を見合わせると、片方の男が肩をすくめて言った。
「つい先日、どっかのバカが奴の倉庫を襲ったらしくってな。それにしたって、最終トラップを発動させて雲隠れとは、面倒なことをしやがって……もしもあんたが、どっちかの関係者だったら、拉致って締め上げるつもりだったんだが――」
その瞬間イフターハの護衛の男たちが、ピクリと動いた。
「――どうやら違うらしいな。無駄な命のやり取りは御免だからな。あまりそう言った連中を連れて嗅ぎ回るなよ。誤解されるぞ」
「ああ、悪かった。ご忠告どうも。手間をかけたな」
そう言ってイフターハは、二人の男に金を握らせようとしたが、男たちはそれを無視して、元居た場所へと帰って行った。
「躾が行き届いているなぁ、おい」
取り出したプリペイドクレジットのやり場を失くして、イフターハはそれをポケットにしまうと頭を掻いた。
そうしてもう一度、建物があったはずの広い焼け野原を眺めると、誰に言うともなく呟いた。
「俺が全力で探すのよりも早く出品者の情報を手に入れて襲ってくる連中ねぇ……」
相手はクレリアか、イシュールか。そうでなければ――
そこへ音もなく大きな車がやってきて、彼らの前で静止すると、後部座席からネイサンが下りて来た。
彼はちらりと焼け野原になったスペースに目をやると、イフターハの方を向いて尋ねた。
「満足したかい?」
「まいった。俺達より耳の早い連中がいたとはな」
きれいに何もなくなっている区画を親指で差しながら、イフターハが肩をすくめた。
「撃墜されたフリゲートはノーライア製だってさ」
「そりゃあ……」
イシュールの戦線にノーライア製のフリゲートが導入される。その意味は一つしかなかった。場合によっちゃユールも危なかったということだ。
そうして、それが地上からの攻撃で撃墜されるというありえない結果は、そこに何かの確固たる存在を感じさせた。
「もしかしたら、本当にあるのかもね」
「――ロマリアの遺産、か」
イフターハ面白くなさそうに、迎えに来た車の後部座席にどさりと腰を下ろした。
「鍵は、ギリー・Gだってことは間違いなさそうだけど」
ネイサンは、彼の向かいに静かに腰を下ろすと、車の発進を命じた。
「またぞろ、じじい連中が騒がしくなりそうだな」
まずはギリー・Gの行方だ。
イフターハは、クレリアの入出国記録を抑えるために、何処へともなく連絡を入れた。
****
「軍曹。起きてください。お客様が見えています」
「……んあ?」
昨夜、安全な場所を探して、結局船へと戻って来たマックス達は、ギリー・Gを奥の部屋へと押し込むと、リンと二人でベッドにダイブした。
リンはと言えば、お腹をポリポリと掻きながら、酷い寝相で高いびきをかいていた。
「こいつが大魔導士様ねぇ……」
マックスはその様子に苦笑いしながら、トゲトゲに訊き返した。
「それで、客だって?」
「はい。ドックの前で入ろうかどうしようか躊躇しつつうろうろしている感じです」
そう言うと、手元にその様子がホログラムで浮かび上がった。
「なんだ? 子供? トゲトゲ、こいつが何者なのか分かるか?」
「照合の結果、99.8%の確率で、ポッペウス・クレリオールです」
「ポッペ……って、教皇様ってやつかよ?!」
マックスは急いでベッドから飛び降りた。
「トゲトゲ。サージの奴は船内にいるか?」
「食堂で、食事中です」
「よし、すぐに呼び出せ」
「アイサー」
「なんだ、その返事は?」
「航宙艦のAIっぽいふるまいを学習しています」
「一応聞いておくが、教材はなんだ?」
「現在、絶賛星間ムービー視聴中。大変興味深いです」
「……ほどほどにな」
「イエス、マム」
「いや、それは間違ってるから。俺じゃなくてリンに言ってやれ」
その後すぐにやって来たサージは、トゲトゲの廊下を歩きながら、俺の説明を聞いて目を丸くした。
「台下が、部下も連れずにドック前をうろうろしてる? って、どうやって教皇庁を抜け出して来られるって言うんですか?」
「さあな」
「それに出発には、まだ日にちがありますよ?」
「打ち合わせにでも来たんじゃないのか」
「台下が直接ですか?」
「何かのっぴきならない事情でもあったんだろ。しかし、サージ、こいつが本当に教皇なのか?」
マックスが入り口付近を映したホログラムを展開しながらサージに尋ねた。
「本当だ。間違いありません」
「ガキじゃねぇか」
「軍曹、間違っても面と向かってそんなことを言わないでくださいよ。これは正真正銘クレリア教の頂点、ポッペウス・クレリオール台下ですからね。御年十四歳だそうです」
「なんで十四歳で教皇なんかやってるんだよ? 確か、枢機卿の合議だか選挙だかで決まるんじゃないのか?」
「軍曹。クレリアって国は、各枢機卿の治める州が集まった――一種の貴族による合衆国みたいなもので、分かりやすく言えば王政だと考えれば理解しやすいと思います」
つまりは枢機卿が貴族で、教皇が王族と言う訳だ。
通常の王政との最大の違いは、王が血筋ではなく、最も力のある家が選ばれるという点だ。
「じゃあ、現在枢機卿の中で最も力のある家ってのが――」
「現在の教皇家ってことですが、今回のコンクラーヴェ(教皇を選出する選挙)には少し事情があったそうです」
少し前に、前教皇が突然亡くなって、後を継いだのが頼りなさそうな子供だ。他の枢機卿は舌なめずりした。ところが聖戦と呼ばれる紛争の激化が、次の教皇めぐるレースに異変を起こしたらしい。
要するに誰もババを引きたくなかったのだ。
「結局教皇家の継承をもって、枢機卿の末席に名を連ねた彼に、教皇の地位も継承させたそうです」
「全員で寄ってたかって責任を押し付けたのか? 十四歳のガキに?」
「長引く紛争を支えた家に最後まで責任を押し付けるって意味もあるかもしれませんが……空位を防ぐための暫定的措置だそうですよ」
「紛争の行く末がはっきりしたらお払い箱ってやつかよ」
憤慨していたのか、マックスの歩みは無駄に大きな足音を立てていた。
聖地が奪回できるなら、その功は手にしたいが、他の国の領地となるなら、戦争の責任は取りたくないってことだ。
奇しくもバイアム連中の裏取引が、ポッペウスの教皇としての寿命を延ばしていたことになる。
「軍曹、怒ってるんですか?」
「何もかもが気に入らねぇ。お前のそう言う無神経を装った突込みもな」
「そいつはどうも」
****
「初めまして。私はポッペウス・クレリオール。今度のことを神託により賜り相談に来ました」
「お初にお目にかかります、台下。私はここの責任者であるマクシミリアン・リードです。それで、具体的にはどんな用件で?」
マックスが、丁寧だか丁寧でないんだか、良く分からない態度でポッペウスに対応しているのを見て、ギリーはひやひやしつつも面白そうにそれを眺めていた。
マックス達にテラバウムの詳しい事情が分かるはずがないため、ギリーはアドバイザーとしてこの場に呼び出されたのだ。豪華客船のスイート並みの価格を、ちょっと豪華な部屋並みにすることを条件に。
同席しているのは、副官のサージと航海関係のやり取りが必要になった時のために呼び出されたカリーナ、そしてリンだ。
サージも知識としてはテラバウムの歴史を知っていたが、微妙な肌感ということになると少し無理があった。
「ねえねえ、朕とか余とか言うんじゃないの?」
マックスとリンの後ろに座っている、航海関係のやり取りが必要になった時のために呼び出されたカリーナが、隣のギリーに向かって小さな声でそう尋ねた。
「昔の教皇は『我々』を使ったって言うな」
「ええ? 単数で?」
「ハノークと言い、賢人会議と言い、全にして一は、ロマリア教の教えなのかね」
世界にロマリア教と言う宗教は表向き存在しないが、星間三教の元になった宗教があるらしいことは知られていて、それが便宜上ロマリア教と呼ばれている。
マックスは後ろでぶつぶつと交わされる話を、うるせー奴らだなと思いながら、話を続けた。
「出発は、まだ数日先のはずですが。おつきの方もいらっしゃらないようですし」
「それなんですが――」
彼が語ったところによると、教皇庁になんともきな臭い動きがあるらしい。
ナエリアル紛争の停戦と和平の成立、そうして聖地の丘の消失と共に、突然枢機卿たちが活発に活動を始め、ポッペウスの寝室では、夜な夜な精霊が『ただちに教皇職を辞し、隠者の生活に戻れ』と囁くらしい。
「なんだそりゃ? こんな時代に精霊だ? どうせ誰かが――」
「リードさん。私も現代の生まれですから、耳をふさげば聞こえなくなるような声は、ちゃちな脅しだと考えています。もっとも、私の寝室にそんな仕掛けができるものは限られていますがね」
ポッペウスは気丈な態度でそう答えたが、マックスには子供がつま先立ちで背伸びをしているようにしか見えなかった。
「けれど、神と精霊はちゃんと存在していますよ。私は先日そう確信したのです!」
だが、彼はそう言って、枕元に立った神の使いと、それに触れられた喜びについて滔々と語った。それはまさしく信仰を極めた教皇個人としての説得力に溢れた演説だった。
もっとも、その実態を知っていたマックスは、それを教えるべきかどうか悩んだ結果、ただリンを睨むだけにしておいた。リンは、明後日の方向に目をそらしながら、こめかみに汗を垂らしていた。
「うちの親戚連中や家宰たちは許してくれないでしょうが、本当は、ナエリアルの問題が平和裏に解決するなら、退位してもいいと思っていました」
「それはまあ、何と申しますか……」
マックスは何と言っていいか分からなかった。なにしろやらかした本人なのだ。
「しかし、ノーライアがイシュールと結び、クレリアを脅してくるような現状では、私が退位したところでクレリアの平和が守られるとは思えません」
ロマリアの遺産などと言う言いがかりをつけてきた上、そんなものに心当たりがないことを、どのように説明しようと引くようなそぶりは一切なかった。
つまりは、イシュールがノーライアを利用して、本格的にクレリアに牙をむいてきたという事だろう。いまさらそんなことをする理由はわからないが。
「それに、神が私に神託を下されたからには、これは私の責任で解決するべき問題だということです」
****
「寝ちまったか」
滔々と様々な問題について語っていたポッペウスは、疲れ切っていたのか小休止の最中にソファで寝息を立てていた。
「まあ、疲れてたんだろ」
カリーナが毛布をポッペウスにかけるのを座って腕を組みながら見ていたギリーがそう言った。
「ガキンチョが教皇ねぇ……大人は何をやってるんだろうな」
「何って……政争かな?」
「やだやだ、掃除でもしてろって」
「寝室で精霊が囁くってのには驚きました。私だったらそんな場所じゃもう寝られませんよ」
カリーナが身震いしながらそう言った。どうやら彼女は幽霊などと言うものに弱いらしい。
「静かな戦争ってのはそんなもんさ」
「お、言うじゃんギリー」
「俺たちの世界も似たようなものだからな」
「で、ギリー。暫定的に選出されたとはいえ、教皇が存命のうちにコンクラーヴェって行えるものなのか?」
「いや。本人が死ぬか――後は、自らそれを望んで退位しなけりゃ無理だな」
その昔、ケレヌス5世という教皇が、同じように教皇庁の混乱で暫定の教皇に着いたことがある。
ケレヌス5世は、降ってわいたような事件に、教皇の地位を降りたくて降りたくて仕方がなかったらしく、教会法に詳しい教皇官房に相談して助言を受け、自ら「教皇に選ばれた者は、選出を拒否する権利をもつ」という法令を出して退位したらしい。
自主的な退位と言っても、何かしら特殊な事情がなければ通常行えないし、ポッペウスの場合、それに該当するのは年齢くらいだろうが、それならそもそも登位するはずがないのでそれも難しかった。
つまり――
「このシチュエーションは、暗殺にもってこいってことか?」
「ま、渡りに船ってことは間違いないさそうだな」
それまで黙っていたサージが、はたと気が付いたように言った。
「それで早めに乗り込んできたんですね」
それを受けてカリーナが補足した。
「予定を数日ずらしてしまえば、襲われるタイミングもずれて、すれ違えるかもってことでしょうね」
マックスはため息を吐くとギリーに向き直って言った。
「ギリー。お前下りといた方がいいんじゃないか?」
「地上にいても、あれだからなぁ……」
ギリーは倉庫が吹き飛んだことを思い出して、眉をしかめた。
「心配するな。トゲトゲは完璧だぞ?」
「そういやリン、どうするんだよ。神託の件、あいつまるっきり信じてたぞ?」
「仕方なかろう。信仰とはそういうものだ。第一神はいるしな」
「え? ほんとに?」
「当たり前だ。魔法だって科学だって神の御業だぞ? 奇跡のようなものだろう? つまり、この世界の理そのものが神と言えるのだ」
「そう言う意味かよ。俺はまた、何かの意識を持った高次元の存在がいるのかと思ったぜ」
「それはいても認識はできんな。だからいないとも言えぬ」
「だがなぁ……そういや神託って誰にでも出せるのか? あれが出せればすぐにも大宗教が作れそうじゃないか」
「誰にでもは無理だな。対象を識別する……まあ、この時代で言うならパーソナルコードのようなものが必要なのだ」
「パーソナルコード?」
どうやらそれは神託を下すための個人を識別するIDのようなもので、大体は直系に継承されていくのだそうだ。
その結果、巫女の一族なんてものが出来上がるという訳だ。
「ってことは、お前あいつの祖先を知ってるってことか? 八千年以上前の?」
「そうだな。まあ、ダメ元ではあったのだが……」
リンが知っているコードを使って神託を行うと、その子孫が現在まで伝わっていれば、そのものに神託が下される。それが誰かは分からないが、有力者のコードならそれなりに有力者に繋がる可能性が高い。
「一体誰のコードを使ったのか聞いてもいいか?」
「うむ。ポッペウスに繋がったのは、パウレムのものだ」
「パウレム?」
その言葉にギリーが反応して、思わず腰を上げた。
「おいおい、まてよ嬢ちゃん。それってまさか、パウレム・ロマリアヌム・ミレニウスのことじゃないだろうな?」
「ほう。ギリーに知られているほど有名だったか」
「誰だ、そいつ?」
「ば、ばっかやろう! そりゃ、ロマリア王国の初代国王じゃねぇか!」
「はぁ?」
マックスはリンを振り返ると、ソファで寝ているポッペウスを指差して言った。
「ちょっと待て。じゃ、何か? あの坊主は、ロマリア一世の――」
「王の系譜を継ぐものと言うことだな」
「系譜だ?」
「もともとこの魔法は、パウレムの次、つまり次代の王を選ぶために使われていたのだ。あやつはお盛んだったので、子供の数がな……」
「おう……つまり、諍いのない王の選出に、パーソナルコードの継承が使われていたってことか?」
「そうだ」
誰が王になるのかは、王国にとっては難しい問題だ。それを巡って国が損なわれたりすることも、数多ある国家の歴史上、珍しくはない。
テラバウムのロマリア王国が、国を割ることなくその権威を四千年も保ち続けて来れた理由は、誰にも文句のつけようがない選出方法にあった。なにしろ神がそれを選ぶのだ。だれが反論できるだろう。
仮に暗殺したとしても、次に選ばれるのが、自分の望んでいるものとは限らないのだ。
「じゃあ、台下は世が世ならロマリア王国の国王様?」
「そういうことになるな」
「……お前それを知ってたのかよ」
「いや? ただ、パウレムの子孫で一番王の資質を受け継いだものなら、この時代でもぐんそー達に依頼を出せると思っていただけだ」
「つまり、ポッペウスに繋がったのは偶然ってことか?」
「そうなのだ」
それを聞いてマックスはぞっとした。
たまたまクレリア教皇に繋がったからいいが、これがイシュールやユールの誰かだったり、ノーライアの誰かだったら、リンの奴はどうするつもりだったんだろう。
「いやしかし、そうするとイシュールのハノークの立場はどうなるんでしょうね?」
「ロマリア初代国王のパーソナルコードを使ってアクセスしたら、クレリア教皇に繋がりましたじゃ、神の系譜を喧伝しているハノークの立場がないわな」
「なあ、リン。もしもこいつが死んだらどうなるんだ?」
「次に資格のあるものに繋がるようになるな。王の血筋で、もっとも王の資質に恵まれたものが選ばれるだろう」
「イシュールに知られたら、暗殺者を一ダースくらい送ってきそうな話だな、そいつは」
マックスの感想に苦笑しながら、サージが尋ねた。
「で、それって彼に教えるべきですかね? 多少は自信につながるんじゃ?」
「ほっとけ」
「え?」
「そいつは、そいつで、自分の足で立とうとしてるんだ。いっぱしの男になるチャンスに、余計な茶々はいらねぇよ」
第一、ポッペウス本人は、本物の神託だと思っているのだ。今更それをひっくり返す必要はないだろうとマックスは考えていた。
それを聞いたギリーが呆れるように言った。
「これって、そう言う話か?」
「ぐんそーは、意外とロマンチストだな」
「う、うるせえ!」
にやにやとリンに突っ込まれたマックスは、照れを隠すようにカリーナに向き直った。
「ともかくカリーナ、できるだけ早く出発するぞ」
「ええ?! 教皇をこのまま連れて行っていいんですか?! 誘拐になりません?」
「いや、さすがにそれはないだろ……ともかく予定は変更だ。フライトプランを提出しておいてくれ」
「そんなこと急に言われても」
「すぐに受理してもらえるさ。なにしろ運ぶのは教皇様だ」
「それなんですけど、軍曹。これ……」
「どうした?」
マックスはカリーナが展開したホログラムを覗き込んだ。そこには商船としてのフライトプランが表示されていて、運ぶものは――
「スーキ・K? 誰だそりゃ?」
「私に聞かないでくださいよ。でもこれ……駄洒落ですかね?」
「枢機卿とは、またやる気のない偽名だな」
「スーキ・Kだと?」
「なんだギリー知ってるのか?」
そういやこいつの名前もどっこいどっこいだなとマックスはふと思った。
「そいつは、歴史の狭間に時折現れる謎の男だよ」
「はぁ? マルベルが作った星間ムービーのストーリーか?」
マルベルは、多種多様なヒーローもののエンターテインメントを作り続ける星間ムービー大手だ。人気シリーズも数多いが、スーキ・Kなんて聞いたことがなかった。
「表の歴史には残らない、テラバウムの闇に時折浮かび上がる類の連中さ。不老不死って噂もあったが、まさか歴代クレリア教皇の別名だったとは」
「おいおい、それをマジで言ってんの?」
「マジもマジマジ、大マジだ」
裏の世界の連中って言うのは、どうしてこう厨二病を患ってるやつが多いんだろうとマックスは思ったが、事実は小説より奇なりなんて言葉があることも事実だ。それにしたって不老不死はないだろうが。
マックスがそう考えた瞬間、リンがポテポテとケーキを持ってフォークを咥えながら目の前を歩いていった。
「そういや、こいつがいたか」
不老不死もあながち間違いじゃないのかもしれんなと彼は意見を翻した。
「なんだ、ぐんそー。これは、ショートに言って作ってもらったケーキだぞ。食べたいのか?」
リンはいろんな奴に作ってもらったお菓子類を、自分の倉庫にストックしていた。何しろ時間の経過がないのだから、いつでも作り立てだ。
「いや、そういうわけじゃ……」
ショートケーキったぁ、こっちも駄洒落かよと呆れていると、それを食べたがっていると勘違いしたリンが、角の部分をさっくりと切り取り、それをフォークに刺して突き出してきた。
「仕方がない奴だな。少しだけ分けてやるか。でも上の赤いやつは私のだからな」
マックスは、どうしたものかと思いながら、仕方なくそれを口に入れたのだが――
「んん? しょっぱい?」
「塩とケーキらしいぞ」
「……どいつもこいつも。とにかく出るぞ。トゲトゲ、総員出港準備だ」
「アイサー」
世の中には塩キャラメルと言うものがあるらしくってな、と塩とケーキについて力説しているリンを尻目に、いやこいつは単なる駄洒落だろと思いつつ、マックスはトゲトゲに命令を下した。




