マックス、襲われる
いくつかの訓練を済ませて、マックス達は地上へと戻って来た。
ハロー砦の宙港に借りたドックは、一週間で一万クレジットだったが、残念ながら日割り計算はしないようだった。
「さてと。出発までは少し時間があるが、お前らどうするんだ?」
マックスがサージ達にそう訊くと、彼らは顔を見合わせた後、マックスに向かって言った。
「あのー、軍曹。俺達このまま船に泊まってても構いませんか?」
「はぁ?」
通常、航宙艦がドックに入ると、当直の人数を残して、みな地上へと下りて行く。そうしてメンテナンスなどが行われるのだ。
もちろん船の機能は最低限に制限されるため、当直は、なかなか不人気な仕事だった。
「そりゃ、当直任務に就きたいってことか? 金は出せないぞ? それに、バイアムの宿舎になってるホテルはいいのか?」
「いや、食事も住居もこっちの方がいいんですよ。それにタダですし」
「えー、なになに? こっちに泊まってもいいの?」
ドックに入れた後の各種ロック等を確認したカリーナが、ブリッジから出てきて、サージ達の話に加わった。
「そりゃいいが、リンが何かやるんじゃないのか?」
「資材がないから何もできないのだ。ギリーから買ってもいいか?」
「ダメだ。だから、賊を捕まえに行くんだろ?」
「おお、そうだった!」
「しかしメンテナンスはやらなきゃ拙いんじゃないですか?」
まじめなパウエルが心配そうに言った。
機械は高性能なものほど、その性能を維持するためのメンテナンスを必要とするはずだが、俺たちに整備のスタッフはいないのだ。
「大丈夫だ。保存の魔法が掛けてあるからな」
「保存の魔法?」
それは、昔は、剣や鎧などに使われていた魔法で、長期の遠征などでメンテナンスを施せなくても最上の状態を自動的に維持する魔法だそうだ。
もっとも、なにか起こるたびに魔力を使わされるので、後年、戦闘中はオフにできるように工夫されたのだそうだ。
「それってどんなものでもメンテナンスフリーにできるのか?」
「魔力さえあれば、保存の魔法を施した時点を維持し続けるぞ」
「ちょっと待って、リンちゃん! それって、人間にもかけられるの?」
お年頃のカリーナが思わず体を乗り出しながらそう訊いた。もしも人間にそんな魔法が掛けられたとしたら、永遠に若いままでいられるのかもしれない。そう考えたのだ。
「掛けられるがお勧めはしない」
「どうして? 永遠に今の姿を維持できるんでしょう?」
「本当にそうなら、昔の人間はみんな生き残ってるぞ」
リンの話は至極もっともだった。以前は普通に知られていた魔法なのだ。にもかかわらず、当時の人間は誰も残ってはいない。
「やってみた奴がいるんだな?」
「いるとも。試験は罪人で行われたのだ」
「結果は?」
「まず、魔法が掛かった後は何も覚えられなかったぞ。それどころかすぐに魔力が枯渇して死んでしまったのだ」
人間は生きているだけで、あらゆる化学的変化を体内で起こしている。酸素や糖を取り込んでエネルギーに変換したり、何かを見たり聞いたりして、その内容を脳に記録するなんてのも言ってみれば化学変化だ。
保存の魔法は、それを元の状態に戻そうとするらしかった。
人の体の中でなんらかの化学変化が起こるたびに魔力が消費され、結果としてあっという間に魔力は枯渇して、生命が魔力として消費されるようになり、最後には死に至るらしかった。
「なんだよ、その殺人魔法は……」
「心配するな、保存の魔法を生命体に定着させるためには、特殊な技術と時間がいるのだ。そう簡単にほいほいと掛けられるものではないからな」
リンの説明によると、魔法が適用されている最中にも生命体の状態は大きく変化していくため、保存魔法の基点を決められないのだとか。
時間経過をわずかの間だけ停止させるような術式と共に使う必要があるが、それは非常に大掛かりな魔法になるそうだった。
「つまり、例えば燃焼中のエンジンなんかには掛けられない魔法だってことか」
「そうだ。第一人を殺すだけなら、普通の攻撃魔法の方が遥かに効率的だろう?」
「んー。そう言われればそうだな」
科学の世界だって、その気になれば、銃の引き金を引くだけで済むのだ。
そう考えれば、確かにどうと言うことはないのかもしれなかった。
「で、いいんですか、軍曹?」
「ああ、まあいいが、地上じゃエネルギーが――」
そう言いかけて、マックスは、そう言えばトゲトゲの縮退炉は、地上でもこっそりと稼働しているのだということを思い出した。
つまり、エネルギーは使い放題だってことだ。
「――そういやこの船は変なんだったな」
マックスがそう言ったとたん、廊下のスピーカーから声が流れて来た。
「軍曹。変と言うのは正しくありません。きわめて優秀だと訂正してください」
「いや、人間同士の会話に割り込んでくるAIは十分変だから」
「より人間的であると自負しています」
「大したもんだ」
「分かっていただけて幸いです」
「それと――」
「なんでしょう?」
「デバガメをやるなとは言わないが、やってることは黙ってろ。人間的なだけに嫌われるぞ」
「――実に示唆に富んだお話です、軍曹」
マックスが、サージに、船内での宿泊を許可すると、全員がそれに倣うことに決めたようだった。一か月のプリックリー内生活を、なんの罰だと言っていたカリーナも含めて。
「ただし、他人を連れ込むのは禁止だ。そう言うことはどっかのホテルでやれ」
「了解です!」
出入りに関してはトゲトゲが適切にやるだろう。船周辺のセキュリティに関しても、お任せくださいと自信満々に答えていた。
****
「よう。どうだった?」
ギリー・Gの倉庫に戻って来た俺達は、船の様子を彼に報告していた。どういう訳か大きな興味を持たれていたのだ。
「ああ、思った以上に凄かったな」
「ほう」
俺は大まかにリンの船について、ギリーに説明した。
「なんだか話だけ聞いていると、ベテラン船乗り達が泣いて悔しがりそうな船だな」
「たしかになぁ。ベテランでも素人でも、ほとんど同じことができそうだった」
「そりゃあ凄い」
ギリーは、ジュースを飲んでいるリンに向き直ると、商売人の笑顔を張り付けて彼女に言った。
「どうだろう、リン。俺にも一隻船を作ってくれないか?」
「船? ギリーのか?」
「そうだ。料金は弾むぜ?」
「それって、資材も?」
「そりゃもう、がっぽがっぽだ」
「よし! やるの――」
「待てこら、リン」
リンが承諾しようとしたとき、後ろから彼女の頭をマックスがわしづかみにした
「な、何をするのだ、ぐんそー!」
「アホかお前は」
「だからアホなのはぐんそーだろ」
「いいか、リン、あんな船をホイホイ作られたら、世界の秩序ってものがなぁ……」
「秩序?」
リンは本当に何を言われているのか分からない様子で首を傾げていた。
マックスは、どう言って説明しようか悩んだが、トゲトゲに搭載されている唯一無二っぽい存在を思い出した。
「第一、ホムホムはどうするんだよ。あんなのが何匹もいるのか?」
「そうだったのだ!」
リンは悲しそうな顔をして、ギリーに言った。
「ギリー。ホムホムがいないから、ギリーの船を作っても、その船は馬鹿なままだぞ?」
「ホムホムってなんだ?」
「プリックリーの量子コンピューターに、リンがくっつけた……あー、人工生命体、かな?」
「人工生命体だぁ? そりゃAIとは違うのか?」
「うーん。確かに話した感じはやたらと人間っぽいAIと言えなくもないが……」
「なんだ、なんだ? 要領を得ないな」
「何なら見るか?」
そう言って再び彼女が何もない空間から、紫色の触手のようなものを引っ張り出そうとするのを見て、マックスは大慌てでそれを制止した。
「待て! リン! それは止めろ!」
「そうか? 残念なのだ」
「AIならコピーできんのか?」
「ちょっと特殊なハードの上に乗っかってるAIらしくってな。コピーは無理だ」
「そいつは金にならねぇなぁ」
「まあ、そう言う訳だからリンの船は諦めろ。世界平和のためにも、な」
「なんだよ、マックス。お前そんな船を独り占めするつもりか?」
「売りつけたのはお前だろ」
「……違いない」
売らずに改造だけしてもらえばよかったぜと、彼は今更ながらに悔しがっていた。
その時、倉庫の管理システムが奇妙な音を立てた。
「なんだ?」
それを聞いたギリーは、真剣な顔をしてコントロール端末にかじりついた。
この界隈の倉庫は見た目こそ古ぼけているが、そこに使われているシステムは最新鋭のものばかりだ。なにしろご禁制のブツも取り扱っているのだから、警戒の度合いも高い。
「何処の誰だか知らないが、囲まれてやがる! すげえ勢いでセキュリティシステムが侵食されてて――こいつはヤバいぜ!!」
「警察か?」
「馬鹿言え。官憲の連中は正面から――あー! 対人レーザが潰された!」
「じゃあ、裏の連中か? 最近なんかやらかしたのか?」
「そんな心当たりは――あっ」
「なんだよ?」
「もしかして、例の、ロマリ金貨か?」
「あれはただのアンティークだろ? そんなにヤバいはずが……」
「いや、オークションの後、妙な連中からロマリアの遺産がどうとか言う問い合わせがあったんだ。そんなものは知らんと跳ねつけたんだが……」
「ロマリアの遺産って、なんだ?」
「なんだか宗教的な遺物みたいなものだと聞いたことはあるんだが――まあ眉唾ってやつだな」
そんな話をしているうちにも、制御端末は悲鳴のような音を上げ続けていた。
「こいつはダメだな」
「止められないなら、脱出した方が良くないか?」
「全財産を置いてか?」
ギリーが倉庫の中にあるものを見回して言った。
「命あっての物種だろ?」
「しかしな……」
そんなギリーを見て、リンがこともなげに言った。
「なんだ、ギリー。なんなら持って行ってやろうか?」
「持って? これをか? ま、まあ、可能ならお願いしたいが」
ギリーは、リンが何を言っているのか分からなかったが、なにしろプリックリーで作業している間に、彼女の異常性は嫌と言うほど認識していた。だから、もしかしたらと言う思いもあったのだ。
リンは、ぴょんと椅子から飛び降りて偉そうなポーズで胸をそらした。
「これは貸しだな」
「あ? ああ。分かった」
「よし。叶えよう」
リンがそう言って両腕を開いた瞬間、倉庫の中のものは一瞬で消え去った。
これならプリックリーが入っちまってもおかしくはないなと、マックスは内心苦笑した。
「はぇ? ……ええ?!」
一体何が起こっているのか、まるで理解できなかったギリーは、コントロール端末の前で呆然と辺りを見回していた。
「ほら、ギリー行くぞ! 隠し金庫とかないよな?」
「あ、そうだ! 今、開ける!」
「地下にあったものなら、一緒に保管しておいたぞ」
それをきいたギリーは、呆れたような顔をして、「金庫の意味ねーな」と言いながら、最後の小細工をコントロール端末に打ち込んだ。
「で、どうやって逃げる? 脱出装置とかあるのか?」
「心配するな。正面から堂々と出て行けばいいのだ」
自信満々にそう言ったリンに両手を差し出されて、マックスとギリーは顔を見合わせながらその手をとった。
「いいか、決して放すなよ? そうすれば、誰にも見つからないはずなのだ! インヴィジブル!」
リンはそう言ったが、マックス達には、何かが変わったようには思えなかった。しかし、リンは自信満々に出口の方へと歩いて行き、堂々と倉庫の入り口から外へ出た。
「お、おい、マックス。これ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「知るか!」
「しゃべらない方がいいぞ? あまり大きな声は遮断できないからな」
いまにも、襲ってきた連中のライフルが火を噴いて、頭を撃ち抜かれるんじゃないかとひやひやしながら、ギリーはリンの手に引かれて9番街から外へと脱出した。
十分くらい歩いたころ、突然9番街4番倉庫があった場所から大きな爆発音が聞こえ、火柱が高く上がった。
「うぉっ! って、ありゃなんだ?」
「俺の拠点を潰してくれた連中には、最後っ屁をかましてやらないとな」
何人かが倉庫の中に入った瞬間起動するトラップのようだった。
「周囲の連中が怒るんじゃねーの?」
「お互い様さ。エネルギーは真上に噴きあがるようになっているし、周囲の連中も同じシステムを導入してるはずだからな」
要するにあれは、本来、倉庫の中に証拠を残さず、すべてをきれいに始末するためのシステムらしい。
「本気で悪さをしている連中は、後始末の準備も周到ときてる」
感心しながら火柱を眺めていたマックスに、ギリーは、「馬鹿言え、国家を運営している連中なんか、もっと悪辣で周到だぞ」と言ってにやりと笑った。
「それで、ギリー。持ち出したものはどうするのだ?」
「ああ、それなぁ……いまさら倉庫を借り直しても、今来た連中がまた来るかもしれんし……いっそのこと宇宙へでも逃げるかな?」
ギリーはマックスに向かって手を合わせると、凄い勢いで頭を下げた。
「なあマックス。頼むよ。商船を一隻。な!」
「しょうがねぇなぁ……」
連中が、もしも本当にロマリ金貨をきっかけにしてギリーへと辿り着いたというのなら、マックスやリンもあながち無関係と言う訳ではない。
「ほんとか?!」
「ああ。だが、俺達にも仕事があるから、すぐって訳にはいかないぞ。その間お前どうするんだよ? 実家に戻ってるか?」
「実家の方がヤバいっての。親父に迷惑はかけられねぇ。仕事の期間はどのくらいだ?」
「ローズ星系までの道行きだから、まあ、一か月ってところかな」
「一か月? そいつは厳しいぜ。じゃあ、ついでに同行させてくれよ! 狭い部屋でいいからさ」
スタッフは小隊の人間しかいないし、リンのことを知っているギリーを乗船させても別に問題はないのだが、マックスには一つだけ気がかりがあった。
「あのな。実はポッペウスが一緒なんだが、大丈夫か?」
「ポッペウス?」
突然、聞き慣れないが良く知られている名前を言われて、ギリーはきょとんとした顔をしたが、やがてその名前の意味するものを思い出すと、顎が外れそうなほど口を開けた。
「って……まさか」
「お前の考えている通りのお方だよ」
「マーックス……お前ら一体、何をやってんだ?!」
教皇をローズ星系まで運ぶなんて仕事が、バイアムに回ってくる仕事だとはとても思えない。ギリーは絶対におかしいだろそれとマックスを追求した。
「まあ、あるんだよ、色々」
いかにもヤバそうな仕事に便乗することの危険性は良く分かっていたが、それでも残って今来た連中に追われることを考えれば、マックス達に付いて行った方が幾分ましだろうと計算したギリーは、諦めたようにため息を吐いた。
「はぁ……しょうがねぇ。背に腹はかえられん。船室で一か月大人しくしとくから、頼むわ」
「購入する商船でもゆっくり選んでろよ」
「そうだな」
ギリーが納得したところで、リンが彼の袖をつんつんと引っ張った。
「どした、嬢ちゃん」
「船は、縮退炉の付いた奴にするのだぞ」
「縮退炉だぁ? 軍艦じゃないんだ、商船だぞ?」
「うちのトゲトゲも商船だぞ」
「いや、そりゃまあそうだけどよ」
あんな特殊な例と一緒にするなよと、ギリーは頭を掻いた。
「縮退炉なしじゃ、改造はできんぞ」
「え? マジ? ってそんな商船あったとしてもキロメートル級になるぜ? そりゃ、維持がちょっとなぁ……」
「適当な奴に、縮退炉だけオプションでくっつけるか、いっそのこと中古の軍艦を買って商船に仕立てればいいだろ?」
「あのな。プリックリーじゃあるまいし、そんなことをしたらバカ高くつく上に積載量がなくなるだろうが」
「あー、なんというか……まあ、ギリーもトゲトゲに乗れば分かると思うが、縮退炉さえくっついてれば、船のサイズはあまり気にしなくていいんだよ」
「はあ? 商船だぞ? 積載量が小さいんじゃダメだろう? 隠し部屋もいるしな」
空間魔法を利用した船内拡張について、ここで話しても良く分からないだろう。
あれは実際に見るのが一番だ。
「まあ、その辺は、トゲトゲで確認しろよ」
ギリーは何が何だか分からない様子で曖昧に頷いた。
「そうそう、ローズ星系までの運賃は、これくらいでよろしくな」
そう言ってマックスが、請求書を表示したホログラムを見せた。
「なっ、お前の船は豪華客船かよ! そりゃいくらなんでもボリすぎだろ!」
「何言ってんだ、リンの倉庫の使用料込みだぜ?」
「き、汚ねぇ……」
そうしてしばらくの間、ギリーはマックス達と一緒に行動することになったのだ。




