マックス、訓練する(後編)
「いやあ、酷い目にあいましたよ」
這う這うの体で戻って来た二人と入れ替わりに、パウエルとショートが同じ訓練に出撃した。
「地面って偉大だったんですねぇ」
床に座り込んでいたサージが、自分の足元を愛おし気に撫でながらそう言った。
「地面と愛を交わすのはお勧めしないぞ。堅そうだし」
「えーっと、次は私達もやるんでしょうか?」
サージの様子を見たフェリシアが、恐る恐ると言った様子でそう尋ねてきた。カリーナは露骨に目をそらしている。
「いや、カリーナ一等兵とフェリシア二等兵は、ブリッジで航宙士兼通信長兼機関長兼索敵員をやってもらうから、あれはやらなくてもいい」
「長い! 長いですよ軍曹! なんでそんなに兼任する職務があるんですか!?」
「なんでって言ってもな。こいつら四人に火器管制と甲板員を割り振ったら人がいないんだから仕方がないだろ?」
「ああー! なんというブラック!」
「そりゃ言える。そもそも交代要員すらいないもんなぁ……」
「がーん、そうだよ……私もしかして、二十四時間ここに居なきゃダメなわけ?!」
たった一人の航宙士免許持ちのカリーナが絶望したような顔でそう言うと、穏やかなトゲトゲの声がブリッジに響いた。
「カリーナ。平時は、私一人で問題ありません。皆さんは休んでいてくださって結構ですよ」
「ああ、トゲトゲくん、素敵。惚れちゃいそう」
カリーナが、コンソールに頬をすりすりとこすりつけている。こいつ機械フェチだったのか。
「ふっ、私に触れると火傷しますよ」
そりゃまあ、エンジンに触れたりしたらするだろう、火傷。しかし、どんだけ人間的なんだよ、こいつ。
「ま、まあそういうわけだから、フェリシア二等兵は、カリーナ一等兵に操船他の操作について教えて貰ってくれ」
「了解しました!」
とは言え、こいつのUIは、やたらとユーザーフレンドリーだ。機能さえ覚えれば、すぐに学習できるだろう。
最悪忘れたとしても、トゲトゲに聞けばいいのだ。
そんなやり取りをしている間にも、全天球スクリーンには、叫び声をあげながらくるくると回って飛んで行くショートの機体が艦を横切るのが映し出されていた。
一通り、ウォーカーの訓練を行った後、昼食休憩を挟んで艦砲射撃の訓練が行われた。
「バトルリング起動。サーチフィールド拡大します」
そうカリーナが告げた途端、ブリッジの照明の輝度がおちて、スクリーンの輝度が上がった。
それはまるで宇宙空間の中に座っているような感覚だった。
バトルリングは、プリックリーのウリの一つで、艦の周りを囲っているリング状の装備だ。
初めてそれを見たものは大抵、大昔の宇宙ステーションのように回転による遠心力で疑似重力を発生させるシステムを思い浮かべるのだが、そう言う利用には小さすぎた。
それは全方向、死角なしで攻撃を行い、船体全体を覆うシールドを作り出す死のリング(プリックリーのカタログにそう書いてある)なのだ。
リンの魔改造は、主にエンジン周辺とバトルリング、それに空間魔法を利用した船内の空間の拡張に対して行われていた。
「キャパシタ1から24までチャージ完了。指向性シールド展開まであと2秒。2、1、指向性シールド展開しました」
今回火器管制システムを統括しているのはフェリシアだ。
マニュアル通りバトルリングを戦闘モードへと移行させ、サーチフィールドの拡大を開始した後、指向性シールドを展開させた。
外部から見ても特に船体に変化はないだろうが、星間物質が船のシールドに当たる際、光を帯びる様子が見られるだろう。
指向性シールドは、外側からのエネルギーは遮断するが、内側からのエネルギーは通過させる不思議なシールドだ。もちろん現代科学でそんなものは実現されていない。
現在の戦闘用シールドは、外から攻撃を受けた場合、その攻撃を迎撃する形で展開されるものが主流だ。
「キャパシタ25から48、チャージまであと3秒。2、1……完了」
「演習目標は、最初に発見されたアステロイド」
「アステロイドA-1、目標に設定します」
しかし、すぐに火器管制を担当していたフェリシアから疑問の声が上がった。
「しかし軍曹。これ、訓練の意味がありますか?」
それは何とも根源的な質問だった。
「意味? いや、だって、練習しないと上手く操作できないだろ?」
「それはそうなんですが、この火器管制システムだと習熟のしようがないと言うか、する必要がないというか……そもそも、外れないんですが」
「外れない?」
レーザーにしろ荷電粒子砲にしろ、エネルギーの進む速度は光速だ。30万キロ先の物体に当たるまでには1秒の時間が掛かる。
仮にマッハ100で打ち出されたレールガンなら、30万キロ先に届くまで約2時間半がかかるのだ。それに実用的な意味があるのかどうかはともかく。
つまり、長距離砲撃システムでピンポイントに敵艦を狙うなどと言うことは、かなり難しいというよりも不可能に属する行為だった。
「見ていてください」
フェリシアが何かの操作を行うと、そこにはいくつかの物体のリストが表示された。
「索敵で見つかったものは基本的にリストになって表示されるんです」
どうやらそれは、船の周囲、30万キロメートル以内にあるアステロイドをサーチした結果らしい。
三次元的な位置を示す情報は、航法のUIと同じく船を中心とした空間に投影されていたが、攻撃対象としては、単なるリストとして表示されていたのだ。
「ただのオブジェクトリストなのか?」
「はい。後は、攻撃したい対象をチェックして攻撃の種類のボタンを押すだけなので、照準と言う概念がないんですよ」
「ええ? つまりは対象を選ぶだけ?」
「そうなんです。誰がやっても結果は同じです」
それはシューティングじゃなくて、大昔から連綿と続く、コマンド入力式のRPGの戦闘のようなものだった。
「火器管制の人員って要りますかね、これ?」
「全部をトゲトゲに任せると、殲滅になるぞ?」
「ああ、どれを逃がすとか、恣意的にどの順番で敵を倒すなんてことがフルオートだと指定できないんですね」
「そうだ。それは人が判断するべき事柄だろう?」
「そうですね」
もちろん艦長がその取捨をやってもいいが、通常の戦闘の場合は、そんなところにばかりかかずらっている訳にはいかない。だから、命令を受けてそれを操作する火器管制員が必要になるのだ。
「しかし、それで撃って外れないのか?」
「今のところは一度も外れていません」
「まさかとは思うが、レールガンでも?」
リンが魔改造したプリックリーにはレールガンが搭載されていない。
だが、物理的な物質を撃ちだす機構は存在していて、石ころからフィールドに包まれた反物質弾まで同一のシステムで撃ちだせるらしい。どうやら土魔法の礫を撃ちだす魔法の応用らしいが、一般的には意味不明なので、便宜上レールガンと呼ぶことにしたのだ。
「結果はあと18分後に分かりますが、対象が自然物なので、この船でなくても最新鋭の艦艇なら当たると思います」
自然物は複雑な動きをしない。つまり距離さえ正確に測定できるなら、位置は予測できるのだ。
「自然物じゃなくても当たるぞ? なにしろこれは、マジックミサイルの応用だからな!」
俺達の話を聞いていたリンが、どや顔でそう言った。
「マジックミサイル?」
マジックミサイルは攻撃の基本になる魔法で、威力は弱いが必ず命中することが売りだ。だからそれが使われていた時代は、何本のマジックミサイルを同時に作れるかがキモになっていたらしい。
「つまり、たとえ1800万キロ先でも、対象を指定して発射さえすれば確実に当たるってことか?」
「そうだ」
仮に1800万キロ先の物体を感知したとしても、それは物体の1分前の位置だ。それから光速で進むビームを発射したとしても、それが相手に届くのはさらに1分後。つまりは、相手には2分も移動する時間があると言うことだ。
もしも相手が光速の1%で動いていたとするなら、相手に攻撃が届いたときには、すでに元の位置から36万キロも移動しているわけで、相手が不規則に移動していた場合、普通なら絶対に当たらない。当たる方がおかしいのだ。
シーカーの付いたミサイルのようなものなら別かもしれないが、光速で飛ぶミサイルなど存在するはずがないし、巡航ミサイルのようなものを作ったとしても、エネルギーと速度の都合上航宙艦と同じような価格と大きさになるのだから、無人の航宙艦を相手艦隊に向かって突っ込ませるようなもので、つまりはコストが折り合わないうえに効果も薄かった。迎撃されるに決まっているからだ。
「相手がジャンプしていなくなったら?」
「それは当時でもよくあったのだ」
リンの話によると、複数のマジックミサイルが同じターゲットに向かって発射され、最初の一発で敵が消滅した場合、残りのマジックミサイルは目標が失われた時点で消えるらしい。マジックミサイルが物理的に減衰して、攻撃にならない場合も同様だ。
そしてターゲットが存在していても、物理的に命中できない状態になった場合は、ランダムで対象に向かうのだそうだ。
「物理的に命中できない状態?」
「例えば土魔法で箱を作って中に閉じこもるとかだな」
全方向、どこにも射線がなくなった時ってことらしい。
「それって船体を覆うシールドも同じじゃないですか?」
「全体シールドを攻撃を跳ね返すほど強力にしたら普通は出力が足りません。だから現代航宙艦の戦闘時のシールドは、攻撃が来る方向にのみエネルギーを集中してフィールドを強化するわけです。もしそれをよけて船体に当たるのだとしたら……」
「現代シールドの天敵だな、こりゃ」
荷電粒子や光をどうやって曲げているのか想像もつかないが、そもそも荷電粒子砲も大口径レーザーもこの船にはない。
魔力とか言う、とうの昔にすたれた技術を現代科学のエンジンから絞り出して、似たようなものを作り出しているだけなのだ。
「それ以前に、30万キロ以上先の船への攻撃は、そう簡単に当たったりしませんけどね」
結局攻撃系の訓練は、ただのシステムの習熟訓練にすぎなかった。
そのため、修得は極めて速く行われ、1時間も経つ頃には全員が火器管制を受け持てるようになっていた。




