マックス、訓練する(前編)
「リード軍曹が航宙艦を都合した、だと?」
「はっ、マクシミリアン・リード軍曹以下六名の小隊は、現在航宙艦に乗り込み訓練航海中だとの報告がなされました」
教皇からの依頼を受諾した以上、どこからから航宙艦をチャーターする必要はあったのだが、あまりの手際の良さに、報告を行ったソリッドですらその情報を信じられなかった。
「そいつは凄いな。いったいどこから?」
「調査しますか?」
ダイムは一瞬腕を組んで考えたが、すぐに腕を解いた。
「一応やっとくか。やばい紐でもくっついてちゃまずいからな」
「了解です。合わせてパーソナルコントラクトの書類が提出されました。認可しますか?」
パーソナルコントラクトは、バイアムとして受けた仕事を実行する際、バイアムに協力を要請せず個人でそれを解決するシステムだ。
バイアムにその契約を支援する能力がない場合に利用される仕組みで、言ってみれば、ピンハネなしの下請け業務と言える。
ただしバイアムの信用で得た仕事だけに、キャリアはバイアムにカウントされるわけだ。
「うちの資材は?」
「個人装備であるウォーカーが持ち出されただけで、装備部へは何も申請されていません」
「ウォーカー? あんなものを宇宙でどうするんだ?」
ウォーカーは陸戦用のパワードエクソスケルトン――人が乗り込んで操縦する小型のロボットのようなもの――だ。
「わかりません。船内活動に使うんでしょうか?」
「ありゃ、個人の財産だからな。それだけならパーソナルコントラクトになるのも仕方がないだろう。うちの装備部じゃ航宙艦を用意するなんてまず無理だからな」
ダイムのセリフに、ソリッドは嫌な顔をした。
バイアムの会計責任者に、収入にならないパーソナルコントラクトを歓迎するものはいない。少なくとも消耗品は自分のところの装備部を通させて上前をはねるのが流儀だった。
「しかし、これなら今後は航宙任務も引き受けられるかな?」
「今のままだと、すべてパーソナルコントラクト扱いになりますが……」
「なに、バイアムとしての評判は上がるだろ? 箔だよ、箔」
「はぁ」
そのためには契約を履行しなければならないのだがと、ソリッドは内心ため息を吐いた。
それにつけても、この依頼が失敗するとはみじんも考えていなさそうなダイムが不思議だった。何しろスタッフの経歴を調べてみたところ、宇宙に関係しているのはカリーナ一等兵ただ一人で、後は全員ずぶの素人と言って良かったのだ。
「しっかし、陸戦野郎どもが航宙任務とはね」
ダイムは楽しそうに、ホテルの窓から空を見上げた。まるでそこにマックス達が乗る船が見えるかのように。
****
そのころマックス達は、テラバウムから五十万キロほど離れた宇宙空間で、トゲトゲがばらまいた資材を回収する訓練をしていた。
まずは、アダムス一等兵とサージ伍長が、勢いよくトゲトゲのハッチから飛び出した。
「軍曹! こいつ勝手に動きますぜ!」
「あー、アダムス。なんでもそいつは全部トゲトゲが動かしてるんだとよ」
「はあ? じゃ、俺達乗ってなくてもいいんじゃないですか?」
「安全装置がどうとかで、人間が搭乗してないと起動しないんだとさ」
「そこを改造してくださいよ!」
「セキュリティ部分は他に比べて面倒なんだと」
「酷ぇ!」
「やることがないならコクピットで寝てればいいだろ」
「ウォーカーサイズで操縦を全部任せるって、なにか体を乗っ取られているみたいで気味が悪いですぜ!」
アダムスは、パワードエクソスケルトン操縦のエキスパートだ。そのため勝手に動く機体を普通以上に気持ち悪く感じているようだった。
その会話に、サージが割り込んだ。
「軍曹! よく考えたら、ウォーカーって陸戦用のパワードエクソスケルトンですよね?! どうして宇宙空間で使えるんです?!」
「いまさらかよ……そういうのは宇宙へ飛び出す前に気が付かないと、死んじまうぞ?」
「死んじまう?!」
「まあ、予算の都合上、搭載機は用意できないんだよ。都合できそうなのがそれしかなくてな。なんだか分からんが、魔導工学で改造してあるらしいから安心しろ」
「なんだか分からんって……微塵も安心できる要素がないじゃないですか!!」
ウォーカーは陸戦用とは言え、一応は密封型だ。
もっとも本来は防水程度で、空気を漏らさない特殊シールもABC兵器対策に用意されてはいるが、そんな特殊な装備は持ち込まれていなかったし、そもそも宇宙空間で使えるはずもなかった。
「しょうがねぇな。おい。トゲトゲ。とりあえず誘導をなしにしてみろ」
「了解、軍曹」
「うわあああああ!!!」
「なんじゃこりゃああああああ!!」
トゲトゲがウォーカーの操作を乗員に返した瞬間、通信先は阿鼻叫喚の嵐に見舞われた。
そりゃあそうだろう、陸戦用のパワードエクソスケルトンをどんなに上手く扱えたとしても、それが宇宙空間で通用するはずがない。くるくる回転しながら、明後日の方向へ飛んで行くのが関の山だ。
「ありゃしばらく戻ってこれそうにないぞ……酸素の量とかは大丈夫なんだろうな、リン」
「それは心配ない。内部に環境調節用の魔法陣が刻まれていて、常に快適な状態に保たれるのだ」
「いや、確かにスゲーんだけど……原理が全然わからないってのは、中々スリリングだよな」
なにしろ魔法の一言で片づけられてしまうのだ。
もっとも現代社会で便利に使われているシステムのほとんどは、詳しい動作原理など知らないままに利用されているのだから、同じようなものだろうとマックスは気楽に割り切っていた。
「ぐ、軍曹! 目が、目が回りますぜーーーーー!!」
「やかましい。コントロールを渡したんだから、何とかしろよ」
「なんとかったって、地面がありませんーーーー!!」
「当たり前だろ」
一向に姿勢を安定させることができない二人から次々と泣き言が入電する。
「しかし、どうしてこんな訓練をやらせてるんだ? リン」
「操船や攻撃はトゲトゲがやってくれるが、資材の運び込みはそう言う訳にはいかないのだ」
そういや、今回の主たる目的はそれだったか。
「けん引ビームがあるだろ?」
「船の近くまで引っ張ってくるのはそれで構わないが、積み込みや積み下ろしは無理なのだ」
「亜空間庫にしまい込めば?」
「あれを利用するには、利用者がそれに手を触れるか、それに類するところまで近づく必要がある」
「じゃあ、資材を集める専用のドローンとかを作ればいいんじゃないのか?」
「トゲトゲの手足ってことか? それはそうなのだが、いかんせん資材が――」
「足りない訳か」
「足りない訳だ」
そう言うと彼女は、俺が作ってやったみたらし団子を取り出して、もっちゃもっちゃと食べ始めた。
「おい、リン。ブリッジでものを食うなよ」
「どうして? 美味いぞ? 誰か困るのか?」
「誰か? うーーーーん……そう言われれば、誰も困らんな」
マックスは現実主義者で、かついい加減な男だった。ルールは重要だが、意味のないルールには懐疑的で、ありていに言えばどうでもよかったのだ。
そうして彼は最上位の階級だ。ここでは彼が法だった。
「な。しょうがない、ぐんそーにも分けてやろう」
リンがにこやかに差し出してきたみたらし団子を、マックスは仕方なくひとつ齧った。それはもともと俺のだと思いながら。
「んぐんぐ。確かにみたらしだな」
「目撃したら死んでしまいそうだが、んまいぞ、ぐんそー」
「あのー、船からどんどん離れて行くんですけど、これってちゃんと戻れるんですよね?」
ブリッジにサージの不安そうな声が響く。
「いや、自力で戻って来いよ」
「ええ?! 結構な相対速度で離れて行ってますよ?! これ反動推進ですよね? バーニアのエネルギーとかどうなってんですかーーー!?」
「どうなってんだ?」
マックスがリンに向かってそう尋ねると、リンは、さあ? と言わんばかりに肩をすくめた。
それを見たマックスは、慌ててトゲトゲに指示を飛ばした。
「トゲトゲ! 船まで戻ってこられる限界を越えそうになったら、有無を言わさず操作を乗っ取って引き返させろ!」
「了解、軍曹」
しかし、こいつは時間がかかりそうだなぁと、マックスは宇宙空間をくるくると飛んでいるふたつのウォーカーを見ながらため息を吐いた。




