マックス、トゲトゲを知る(前編)
翌日、早速マックスの部下――サージ伍長、パウエル兵長、カリーナ一等兵、アダムス一等兵、フェリシア二等兵、ショート二等兵――の六名は、トゲトゲに慣れるべく船に乗り込んだ、
まさか、倉庫から直接発進する訳にもいかず、宙港の端っこのドックを一区画借りて、そこへ移動させておいたのだ。
倉庫から宙港への移動はリンが持って行くと主張した。
「え、お前の倉庫って、これが丸ごと入る訳?」
「大丈夫だぞ?」
マックスは、それなら宙港やスペースポートの場所なんて不要なんじゃ……とも思ったが、何もない空間に突然航宙艦が現れて、好き勝手に発進したり着陸したりするのは、少なくとも文明が発達している星では問題になるだろうと思い直した。
ドックへの運搬にしても、何もなかったドックに、ある日突然航宙艦が現れるという訳にもいかないだろう。さすがに宙港のドックへ航宙艦を管理部署の知らない間に運び込むなんてことは不可能なはずだ。絶対に問題になる。
仕方がないので、トゲトゲはギリーに頼んで夜中に運搬してもらう体裁を取った。実際はトゲトゲが勝手に飛んでいたらしいが、それを知るものはいないはずだ。たぶん。
「え? アルミテージのプリックリー? これに一か月って、何の罰ゲームなわけ?」
船を見たカリーナの第一声はそれだった。
プリックリーの居住性の悪さはもはや伝説で、それくらい業界中に知れ渡っていた。
そもそも小さいとはいえ駆逐艦クラスの船が七人で運用できるなどとはとても思えなかったし、現実的にミッションを実行するのは無理だろうと彼女は密かに思っていた。それでも久しぶりに航宙艦に触れられるというので顔を出したのだ。
「へぇ。この船って商船扱いなんですか」
サージがドックの入り口に表示されていた、トゲトゲの登録IDを見て、驚いたようにそう言った。
何しろ元は軍艦だ。個人用のヨット扱いだというのならともかく商船と言うのは珍しい。そもそも居住区画さえままならないプリックリーのどこに収納スペースがあるというのだろう。サージは首を傾げるしかなかった。
「よくそんな許可が出ましたね」
軍艦を商船として保険審査に通すのは、彼が驚く程度には難しいのだ。
「まあ、軍艦としての武装は全部取っ払って、商会に所属させたからな」
「取っ払った?!」
これから危険があることが確実なミッションに出かけるのに、武装がないと聞いてサージは猛烈に焦った。それを見たマックスは、苦笑しながら「心配するな、武装はあるらしいぞ」とだけ言った。
「はあ」
サージは不安そうにそう返事をすると、トゲトゲを見上げた。
「ともかくそれで商船として登録できたんだ。第一、俺個人の登録じゃヤバいだろ?」
「ヤバい?」
「お前も言ってたじゃないか。『どこにそんな金が?!』ってさ」
「ああ」
アルミテージのプリックリーは、新品価格で五億クレジットを超えている。一般人が支払えるような金額ではないのだ。
それをごまかすためにメルシー商会で登録された旨をサージに告げると、彼は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、俺達も商会の社員って訳ですか?」
「護衛に雇われた傭兵ってことでいいだろ」
「護衛ですかー」
サージは、なんだか残念そうに肩を落とした。
「なんだ? 商会のスタッフに憧れでもあるのか?」
「いえ、そういう真っ当っぽい職業も、ちょっといいかなと思いまして」
傭兵だって真っ当な職業だろうが。税金だって払ってるんだぞとマックスは思ったが、違う道があったんじゃないだろうかというのは、若いころから傭兵をやってるやつに共通する一過性の病みたいなものだ。
「刺激はないぞ。三日で飽きるんじゃないか?」
「あれ? 軍曹経験が?」
「まあちょっとな。それに商人なんて、引退してからやっても遅くはないだろ?」
「そりゃそうですけど、問題は、その時まで生きていられるかどうかなんですよね」
「やめろよ、シャレにならねぇ」
傭兵、ことに陸戦部隊には、寿命で死ねる幸せなやつは僅かしかいない。
大抵何かを失って引退していくのだが、半分はそれが命だって、ただそれだけのことだ。
「しかし商船ねぇ。プリックリーのどこに倉庫があるんです?」
サージはしきりと首を傾げながらそう訊いた。
商船として登録するためには荷物を運ぶための倉庫が必要だ。すべてがぎちぎちで、居住区画すらまともになかったプリックリーのどこに倉庫があるのか?
マックスにもまったく分からなかったが、登録できると言うのだからあるのだろうと、その程度の認識だった。
「軍曹、ちょっとよろしいですか」
2メートルを越える大柄な体躯を機敏に動かしながら、パウエル兵長が俺の耳元でささやいた。
「なんだ?」
「この船ですが、どうにも奇妙なんです」
「奇妙?」
「カリーナ一等兵の話によりますと、プリックリーにこんな広い居住区画があるはずはないとのことなんです」
トゲトゲの居住区画は狭い。にもかかわらず、かなりの数の船室が用意されていた。つまりそこにはドアがずらっと並んでいたのだ。
普通に考えれば、それはまさに鰻の寝床。カプセルホテルだと言われてもおかしくなかったし、とても広いなどとは思えなかった。
ところが、マックスに割り振られた部屋のドアを開けると、そこにはまるで、豪華ホテルのスイートもかくやと言わんばかりの部屋があったのだ。
「だが、実際にあるじゃないか」
マックスは自分の部屋を指差しながらそう言った。
パウエルは首を縦に振った。
「そうなんです。各部屋もそれぞれ、弩級戦艦はおろか、一流ホテル並みの広さがあるんですが――」
「なんだよ?」
「――隣り合っている部屋の壁の位置がおかしいんです」
「壁の位置?」
パウエルが開いた船室を覗き込むと、隣の部屋のドアまでは2メートルもないのに、目の前には明らかにそれよりも広い部屋があった。
隣の部屋のドアを開けて両方を交互に覗き込んでみると、まるでだまし絵を見ているように、何が何だか解らなくなりそうだった。
「それは空間魔法の応用なのだ」
突然かけられた声に振り返ると、そこにはリンがどや顔で腰に手を当てて立っていた。
パウエルは方眉を上げて、何か奇妙なものでも見たかのような顔で尋ねた。
「空間魔法?」
「この世界にも亜空間庫というものがあるのだろう? 言ってみればそこにある客室は、それぞれが亜空間庫になっていると思えばいいのだ」
「ええ?!」
亜空間庫の仕組みは大まかにしか公開されていない。しかもそれを、部屋の拡張に利用するなんて……さすがに不動と呼ばれたパウエルも動揺した。
もちろん福利厚生施設も民間の豪華客船に引けを取らないほど充実しているようだったし、そのこと自体に不満はないどころか歓迎すべきものだったのだが、使われている技術があまりに異質すぎた。
「亜空間庫に、人間って入れられたか?」
「事故を防ぐという名目で、生き物は入れられないようになっていると聞いたことはありますが……」
それが故意に設定された禁則事項なのか、そもそも技術的に不可能な話なのかを判断することは、彼らにはできなかった。
ともかく目の前の部屋に入ることはできるのだ。その仕組みが故障したとき、中にいる人間がどうなるのかはあまり考えたくなかったが。
混乱しているパウエルと別れてブリッジに向かったマックスに、先にブリッジに入っていたカリーナ一等兵が、航宙士のシートから困り顔で声をかけてきた。
「あのー、軍曹……この船って一体どうなってるんです?」
「カリーナ一等兵。こと船のことで、君に解らんものが俺に解るわけないだろう」
「いえ、そのー、操船システムが普通と違うんです」
「違う?」
それを聞いたリンが不思議そうな顔をした。彼女にしてみれば、誰にでも操船できる船を目指したつもりだったからだ。
「誰がやっても、思い通りに動くようになっているぞ?」
「なんだそりゃ。最近の航宙艦の航法システムって、そんなに簡単なのかよ?」
「そんな訳ありませんよ! 私達がどんだけ勉強して来たと思ってるんですか!」
数多くの機能が搭載された航宙艦の航法システムは、それなりに複雑だ。
特に戦闘速度における通常空間の航行は、その艦の強度や慣性制御システムの限界を見極めたベテランの航宙士でなければ最高の性能を発揮できないというのは常識だ。
カリーナは常識外れの認識を持とうとしていたマックスを押しとどめた。
「そりゃあ、年々便利にはなっていますけど、完全なフルオートなんてありえません。人が居なくてもいいと言うのなら、戦争をしても人が死なない詐欺みたいな船になりますよ」
宇宙は広い。
惑星防衛くらいならともかく、恒星間を移動する航宙艦ともなれば、船との距離がありすぎて遠隔操作などできるはずもない。
結局AIによる自動運転ということになるが、AIの完全に自律的な判断は、以前に起きた大きな事故――噂じゃ、孤独な宇宙空間に一人で漂わされたAIが精神を病んだのが原因だとまことしやかに囁かれていた――以来規制されていたし、それを強力な軍艦に乗せるなどという行為は誰も喜ばなかったのだ。
機械に滅ぼされる人類なんて、SFのテーマを現実にするのはお断りだという事だろう。
結局、真っ当な航宙艦には、人間が乗らなければならなかった。
「いや、詐欺ってな……」
「大丈夫だ。全部トゲトゲがやってくれるぞ。なあ、トゲトゲ」
「もちろんです、リン。安定したプレーニングに至るまでの操船や、接岸時の操作、それに戦闘速度における限界操作まで、すべてお任せください」
突然響いた聞き覚えのない声に、カリーナはきょろきょろと辺りを見回したが、ブリッジにはマックス達3人以外、誰もいなかった。
「今のって、まさか――」
「初めまして、リンのパートナー。私はトゲトゲです。以後よろしくお願いします」
「トゲ……トゲ?」
「パートナーってなんだよ」
カリーナとマックスはそれぞれ違う部分に反応した。
音声応答の船は確かにある。まるで人間のように見える対応をするシステムもなくはないだろう。だが、この船は、あまりに人間味がありすぎた。最初の応答なんて、まるでプライドがあるようにすら思えたのだ。
「こ、これ、どうなってんの?!」
「ホムンクルス技術の応用なのだ」
「「ホムンクルスぅ??」」
「この世界の量子コンピューターと言うやつはなかなか素晴らしいものなのだが、いかんせん思考が早いばかりでちょっとお馬鹿さんだったので、ホムホムの頭脳をそれにくっつけてみたのだ!」
「ホムホムってなんだよ」
「私が作ったホムンクルスだが? 体も見るか?」
リンが取り出そうとしていたもの――不気味な紫色の触手――が、空間の隙間からちらりと見えた瞬間、マックスは目をそらしながら片手をあげてそれを制した。
「いや、今は遠慮しておこう」
あれは見てはいけない奴だ。きっと精神が削られるに違いない。
「それは残念だ」
結局船は、トゲトゲが操船する者の意思をくみ取って制御していた。
だから、どんなシチュエーションでも、最適な操船が保証されているのだ。そして長距離の通常空間航行には――
「ふっふっふ。これは、手紙を届ける魔法の応用なのだ」
――なんと魔法が使われていた。
「魔法?」
航宙艦のブリッジでそれが使われるところと言えば、応急手当と、緊急時の照明くらいなものだろう。航宙士の資格を持っているカリーナはそれを知っているだけに、突然出て来たその言葉に混乱した。
手紙を届ける魔法は、ある物体を離れた場所にいる誰かの前まで送り届ける魔法だ。もちろん現代ではとっくの昔に失われている。
郵便物は業者に渡せば相手に届くし、電子メールなら時間的な経過すらほとんど必要ない。現代において、そんな魔法が必要になるシーンはないのだ。
リンは船の航法そのものに、その魔法を応用したらしかった。その結果、目的地さえ『思い浮かべれば』、後は勝手に最適航路を進む不思議な船になっていた。
「なんだか、私、やることがないんですけど……」
「いや、カリーナ一等兵がいないと、この船は、大気圏の外へすら出られないからな」
「それって、私じゃなくて、航宙士の免許が必要だってだけなのでは……」
がっくりと肩を落とすカリーナを見て、マックスは焦った。部下の士気を保つのも上官の仕事だからだ。
「おい、リン」
「なんだ?」
「ここの操船システムに、普通の船のまねごとはできるのか?」
「元からついてたやつみたいなことか?」
「うーん。まあそうかな」
「できるぞ」
「よし、じゃあ、平時はそうしろ」
「ええー。あれは美しくないから嫌だ」
美しくないってなんだよとマックスは頭痛がするような気がしたが、技術者特有の意味不明な感性と言うものに何度も苦汁を舐めさせられたことがあった彼は、それを丸ごと飲み込むことでごまかした。
「じゃあ、お前が美しいと思う方法でいいから、カリーナを操船している気分にさせてやれ」
「軍曹、それ余計に酷くないですか?」
カリーナが死んだ魚のような目をしながら、そう突っ込んだとき、航宙士のシートに座っていた彼女の周りに、三次元ホログラムのような映像が広がっていた。
「うわっ! な、なんです、これ?!」
「どうやら、『美しい』航法システムらしいな」
その目新しいUIを見て、人間の目に復帰したカリーナは、徐々にそれを輝かせると、いろいろな機能を確認し始めた。