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【大】魔導師様、目覚める!  作者: そういち
 第2章 大魔導師様、馴染む
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マックス、船を見る

 クレリア皇国、教皇ポッペウス・クレリオールの一日は、日の出前の朝の祈りから始まる。

 昨年父を失くして後を継いだポッペウスが、僅か十四歳で教皇に選出されたのは、枢機卿間に働いた力学の結果だった。

 

 宗教国家で国のトップが教皇とはいえ、実体は枢機卿と呼ばれる貴族たちによる連邦国家に近く、その代表が教皇となるシステムだ。

 つまり、最も強大な力を持っている貴族家が王になるごとく、力のある枢機卿の家が教皇となるのだ。

 建前上、教皇は神に物事を報告する世界の監視者と言う立場になっていて、神託の形で神の言葉を聞いたりもするのだが、その真贋は怪しいものだった。

 

 それでもポッペウスは、真摯に毎日を過ごし、教皇としての責務を果たそうとしているなかなか立派な少年だった。

 

 朝の祈りを終えた後、今日の公式スケジュールを確認するために秘書官と打ち合わせをしている最中に、部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」


 その声と共に扉を開けて、慌てるように入って来たのは、宰相のユリウス・セクンダスだった。


「どうしました?」

「実は、先ほど、ノーライア帝国から先触れがございました」

「ノーライア帝国? 中央協議会ではなく、我が国にですか?」

「はい」


 テラバウム中央協議会。

 それはテラバウムを一つにまとめようと設立された協議会だったが、宇宙人でもやって来るというのならともかく、そういったイベントもないまま二百近い国がまとまることはなく、三千年の間、協議会のまま各国の利害を調整し続けた組織だ。

 そうして、テラバウムが星間世界の辺境になった今でも、そのまま協議会として維持されていた。

 

 テラバウムに世界政府は存在しないが、他の星間国家との窓口は、やはり中央協議会であることが普通だった。


「秘密裏に会談を持ちたいとのことですが……いかがいたしましょう?」

「いかがって……それは断れるものなのですか?」


 ポッペウスは困惑していた。

 中央協議会を経由せずに、直接国家が星間国家と繋がるということの意味は、なかなかに重い。場合によっては、その国家が星間国家の武力を背景に、世界の支配に野望を抱いていると捉えられかねない。


「台下の御心のままに。ただ、先日聖地の上に墜落したのは、ノーライアのフリゲートだそうです」

「ノーライアの? ノーライアがイシュールに航空フリゲートを売ったのですか?!」

「御意にござります」


 どこかの単惑星国家が開発したフリゲートだというのなら、お金を出せば買えるだろうが、二大星間国家の武器輸出には特別の意味があった。

 特にノーライアは領土拡大の野望を隠さない国家だ。彼の帝国に蹂躙された単惑星国家も数多い。最近ではカーマイン共和国がそれを阻止しているようだったが。

 

 テラバウムの中央協議会に対して、例えば護衛艦としてノーライアが船を売却するというのならともかく、惑星の中の特定の国家に航宙艦を売るというのは、それとは意味が異なるのだ。

 言ってみれば売ってもらった国は、そのまま惑星全土を支配しかねない。それくらい正規の航宙艦というのは強力だった。

 

 ノーライアがイシュールにフリゲートを提供したとすると、それはつまり、イシュールのバックにノーライアが付いたということだ。

 

 これが開発初期の惑星ならば、惑星上の資源の権益をめぐっての提供などということも考えられたが、ここはテラバウムだ。資源などほぼ掘りつくされていて、ろくなものが残っていないはずだった。

 あるのはせいぜいが『権威』だろうか。それすらも昨今は怪しいものだが。


 ポッペウスは、しばらく悩んだが、秘書官に指図して午後の予定をすべてキャンセルした。

 

「今日の午後、大聖堂の小ホールでお会いしましょう」

「御意にござります」


 そう言って、宰相は部屋を辞した。


   ****


 その日もマックス達は特にやることがなく、彼らのバイアムは待機が続いていた。

 クレリアとの雇用契約はまだしばらく残っていたが、キャンセル料とどちらがお得か考えているのかもしれなかった。いずれにしてもこのままなら次回の更新はないはずだった。

 

 マックスの小隊は、ペイが支払われたばかりでもあり、骨休めとばかりに、ハロー砦で遊び回っているようだった。


「なのに、なんでお前は俺にくっついてるの? ラブか? ラブなのか?」


 毎日マックスにくっついてくるサージ伍長に向かって、そう冗談を飛ばした。これでYESと言われたらどうするのかは考えていなかった。


「軍曹。こないだ言ったじゃないですか。あなたやばい立場にいるんだって」

「え? あのヘイトがどうたらってやつ、マジだったのか?」

「当たり前ですよ! こないだのホテルが爆発した件だって、どうして俺たちがすぐにあそこへ向かったと思ってるんですか」

「え? それじゃお前、もしかして護衛?」

「今頃気が付いたんですか?!」


 サージは眉間のしわを人差し指で伸ばしながら、もうちょっと危機感をですねぇと小言を口にした。

 

「そういや、軍曹。こないだ言ってた船ってなんのことです?」

「サージ。あの時お前、耳が聞こえなかったはずだろ?」


 冷たいマックスの声に、ぎくりと首をすくめたサージは、慌てて両手を突き出して弁解を始めた。


「いや、ほら……読唇術! そう。軍曹たちの唇を読んだんですよ!」

「ほう。なかなか素敵な特技じゃねーか。ソリッドに申請しておいてやるよ」


 ソリッドは、セブンスナイト団長の秘書官で会計責任者だ。

 

 まるでビジネスマンのような風貌だが、カミソリのような雰囲気を持った危険な香りをさせる男だった。

 彼に自分の特技を申請しておくと、それを利用した仕事を上手く割り振ってくるのだ。


「いや、ちょっと待って! 俺、あの人苦手なんですよ! 第一、軍曹と違って、そんな冗談が通じるタイプですか?!」

「まあ、触れたら切れそうなタイプではあるな」

「それって、青春ど真ん中の学生みたいなセリフですよ」

「俺に触れたら怪我をするぜ、ってか?」


 ダハハハハと笑いながら、マックスは9番街へと足を向けた。

 

「しょうがない、見せてやるよ」

「え? 何をです?」

「いいから、いいから。こっちだ」


 十数分後、彼らは9番街のギリーの倉庫の前に立って、インターフォンのボタンを押していた。


「ようギリー、儲かってるか?」

「おお、マックス! よく来たな!」

「なんだ、その歓待スマイルは。気持ち悪いぞ」

「ひでぇな。まあ座れよ、ビールくらい奢ってやるから」


 サージと二人でテーブルの前の椅子に腰かけると、ギリーが冷蔵庫から、いつもの瓶ビールを三本取り出して、こちらに向けて投げてよこした。


「実はな、先日星間オークションがあったんだよ」


 ギリーがプシュッと音を立てて栓をひねりながら、話し始めた。

 マックスはそれだけで、ギリーの機嫌のよさの原因を理解した。きっと、オークションで、思わぬ高値が付いたのだろう。


「ちっ、自慢かよ。仕方ねえ、聞いてやるよ。で?」

「とりあえず25枚出品して、平均420万クレジットで落札された」

「おい、すでに元を取ってるじゃねーか!」

「いやいやいやいや、俺達ゃ税金とかあるから、な?」


 とぼけた表情でそういったギリーは、それでもニカッと顔を綻ばせて、「たまにはこんな役得があってもいいだろ」と笑った。

 まあ、リンが文句を言うとは思えないし、商売人ってのはこんなもんか。


「まあ良かったな。それで――リンは?」

「ああ、あの嬢ちゃん目茶苦茶だぜ」

「迷惑をかけてるのか?」

「いや、そう言う訳じゃないんだが……」


 ギリーが曖昧な顔でそう言った。

 ギリーのそういった態度は非常に珍しく、マックスは少し嫌な予感に襲われて、すぐに立ち上がると、倉庫の仕切りを動かして、奥に向かって声をかけた。


「リン!」

「あ、ぐんそー」


 呼ばれて、艦の搭乗口から顔を出したリンが、てけてけと階段を下りてマックスの前までやって来た。

 サージはその艦を見て、「アルミテージのプリックリー?!」と驚きの声を上げていた。


「なんだ、サージ。詳しいな」

「いや、詳しいって……超有名な艦ですから、一応は」

「そうなのか?」

「そうなのかって軍曹。リンがあそこにいるって、まさか――」

「どうやら俺の艦らしい」

「どこにそんな金が?!」


 アルミテージのプリックリーは、大きさはともかく、中身は駆逐艦クラスの装備が詰め込まれている。確か新規売り出し時の価格は5億クレジットを越えていたはずだとサージは数年前の記事を思い出していた。

 

 しかし、そのあまりの居住性の悪さと値段の高さに買い手がつかず、その後アルミテージは倒産した。

 ごくごく一部の熱狂的なファンを除いて、評価の大勢は、「駆逐艦は駆逐艦の大きさでよくね?」と言ったものだった。実にもっともな話だ。


「それはまたおいおいな。で、リン。お前ここで何をしてるんだよ? ギリーが目茶苦茶だとか言ってたぞ」

「失礼だな。別に変なことはしていないぞ」


 マックスは先日リンが言っていた、「科学と魔導工学の融合を目指した超高度な実験艦」という言葉が気になっていた。

 特に「実験艦」と言うところに、マックスはそこはかとない危機感を抱いていたのだ。

 

 だから、この際、リンが何をしているのかを一応確認しておこうと考えたのだ。


「縮退炉のエネルギーを元に、無限に近い魔力が利用できるようになったので、それを溜めて一気に放出するための魔力キャパシタくっつけたのだ」

「魔力キャパシタ?」


 無限に近い魔力などと言う不穏な単語もあったが、とりあえずマックスは、聞いたことのない部品について尋ねた。


「電気部品のキャパシタと同じようなものだ」


 キャパシタ、またはコンデンサは、電気をためたり放出したりする部品だ。つまり魔力キャパシタは、魔力をため込んでおいて瞬間的に放出するための部品と言う事だろう。

 画期的なのだろうが、話だけ聞いていると不穏な気配しかしない。


「科学の本をいくつか読んだのだが、電力とは電子の流れなんだろう?」

「まあそうだな」

「魔力と言うのは、それとよく似ていて、言ってみれば魔素の流れのようなものなのだ」

「ほう」

「だから、電力で培われた科学技術は、そのまま魔力にも応用が効きそうだったのだ!」


「それでキャパシタなのか」

「うむ。トランジスタもインダクタも、ついでにダイオードも実に素晴らしい!」


 それらは、はるか昔に実用化された技術だが、電気と言うものを文明の基礎に置いた場合、それが飛躍する力になったと言える部品群だ。

 魔力に対しても同じような効果を得る部品が作れるのだとしたら――


「もしかして、魔力を増幅したり……」

「くっくっくっく、その通りだ。八千年前からいろいろとアイデアはあったのだが、実現が難しかったのだ。科学技術のお蔭で目から鱗がぽろぽろなのだ」


 マッドなサイエンティストよろしく、怪しい笑みを浮かべるリンに、マックスは少し引いていた。


「い、いや、まあ、あんまり、やりすぎるなよ?」

「もちろんだ! それにしても縮退炉は素晴らしいぞ!」

 

 リンは人間としては桁外れに強大な魔力を持っているが、周囲の空間にある魔素を利用したとしても、まるで桁違いの魔力が必要になるような実験は、思考実験しかできずにもやもやしていたらしかった。

 自然界のエネルギーと言えば、せいぜいが落雷だろうが、魔法でも再現できる程度のエネルギーではまるで足りなかったのだ。


「ちょっと待て、リン。お前ここで縮退炉を動かしているのか?」


 確か、プリックリーの縮退炉は、惑星の重力圏でも比較的安定しているとは聞いていたが、アルミテージが潰れている以上、惑星上で利用できるような仕組みではなかったはずだ。

 

「うむ。あまりに不安定だったので、縮退炉の周囲の重力を遮断したのだ」


 それを聞いた俺とサージは、同時に声を上げていた。


「重力を――」「――遮断した?」


 航宙艦が惑星から飛び立つ際に利用されている反重力システムは、あくまでも質点AとBの間に働く力を制御するシステムだ。

 ある空間内に影響を及ぼしている重力そのものを、その空間から排除するなんてことはできるはずがない。

 だがもしもそれができるのだとしたら――


「な、目茶苦茶だろ?」


 ギリーが頭を掻きながら、諦めたようにそう言った。


「いや、お前、その技術を売ったら――って、ギリーがそれを考えない訳がないよな。何か問題があるのか?」

「いや、嬢ちゃんに聞いてみたんだが……魔法なんだとよ」

「魔法?」


「なんだぐんそー。重力魔法も知らんのか?」

「いや、知らんのかって……」

「つまり原理もくそもまるで分んねぇし、どう考えても嬢ちゃんにしか再現できなさそうだから、売りようがないのさ」


「良く分からんが、あいつの縮退炉は惑星上でも安全に運用できるんだな?」

「その通りだ! これでほぼ無限の魔力が生み出せるというものだ!」


 縮退炉を地上でも動かせるようにしたことで、使用魔力量を気にすることなく、いろいろな実験を行うことができるようになった、それは素晴らしいことなのかもしれない。

 しかしこの場合、最大の問題は――


「いいか、リン。調子に乗ってやりすぎるなよ? 絶対だぞ?!」


 ――リンの倫理観ってやつなのだ。


「それはフリというやつか?」

「違う!」


 誰だ、そんなものを教えた奴は!


「いいか、ぐんそー。無限の魔力が使えると言うことは、いままで実験不可能だった試験――例えば多数の積層魔法陣のテストなどができると言うことだ! 地上では危なくて使えないが、空の上に広がる星の世界なら誰にも迷惑をかけることはないだろう?」

「あ、危なくて使えない?」


 不穏な単語のオンパレードに、マックスでなくても頭を抱えそうだった。


「それって本当に大丈夫なんだろうな? 衛星や惑星を吹き飛ばしたりしたら、星系の重力バランスが変わって結構大変なことになるんだからな?!」

「使ったことがないから分からないが、理論上は大丈夫だ!」


 だめだ、こいつ。

 マックスは、自分が監視していないとリンがいつ暴走するか分かったもんじゃないと、一気に不安に陥った。


「まあまあ、マックス。それでお前、ドックはどうするつもりなんだ?」

「あー、それがあったか……軍艦ってどうなってるんだ?」


 こいつは登録こそ商船だが、元になった船が軍艦だ。ポートによっては、軍艦に分類されてしまう恐れがあった。


「宙港か? スペースポートか?」


 宙港もスペースポートも意味は同じだが、慣例的に、惑星表面に作られたものが宙港、軌道エレベーターの上に作られたものがスペースポートと呼ばれていた。

 宙港は空港も兼ねている場合が多いが、スペースポートは、当然のことながら航宙艦専用の港だ。


 以前は地上からの発進に非常に大きなエネルギーを必要としたため、スペースポートが作られた経緯があるのだが、現在では反重力システムの普及によって、その点は大した問題ではなくなっている。

 しかし、物理的なスペースの問題で、今でもスペースポートは活発に利用されていた。

 地上に巨大な航宙艦を大量に留めておくスペースを用意することは難しかったし、航宙艦の中には地上に着陸することを想定していないデザインの物も数多くあったからだ。


「それぞれ、いくらくらいかかるんだ?」

「いくら登録が商船だと言っても、元が軍艦だからなぁ……もしも軍艦扱いされたとしたら、プリックリーのサイズなら、上なら年20万クレジットってところだろうが、宙港内だと200万クレジットくらいはするだろうな」

「くそっ、やっぱり金食い虫じゃねーか。20万クレジットでも、年収と変わらんぞ?!」

「軍艦は基本的に高いからなぁ……」


 特殊な例を除いて、バイアムが航宙部隊を所有していない理由がここにあった。保険が掛けられない軍艦によるポートやドックの利用は非常に高額になるのだ。


「大きな武装がなけりゃ、ぎりぎり最大サイズのメガヨットの商船転用と言い張れそうなんだが」

「それだとどうなる?」

「民間なら、一時寄港用のポートが使えるから、下でも週に1万クレジットってところだろ。ただし一時寄港用のポートは2週間以上連泊できない制限があるけどな」

「うーん」


 マックスが腕を組んで悩んでいると、リンがとんでもないことをぽろりと言った。


「ぐんそー。この船に、この世界で武器と認定される武装はないぞ?」

「……なんだと? 駆逐艦級のシステムだとか言ってなかったか?」

「この世界でパーソナルユースにおける自衛の範囲と見なされる武装は改造が間に合わないからそのままだが、荷電粒子砲も、大口径レーザーも、光子魚雷も、レールガンも、全部取っ払って資材にしたぞ。邪魔だし」

「邪魔って……それじゃ、この船はただ飛ぶだけで、自衛の手段すらないってことか?」


 物理的に実体のある光子魚雷なんかは、どうせ補給ができないだろうから取り外すのも分かるが、他の兵器も取っ払うとなると、体当たりするくらいしか攻撃方法がないはずだ。


「そんなことはないぞ。この船は、現代科学と魔導工学のハーモニーを奏でる船だからな」


 リンが夢見るような目つきで、ステージに立つ女優のようにそう言ったが、何を言っているのか意味不明だった。


「何を言ってるのか全然わからないんだが……とにかく大丈夫なんだな?」

「任せておけ」


 なにしろリンは、個人で大気圏内のフリゲートを打ち落とす、文字通り人間兵器といえる女だ。きっと何かがあるのだろう。


「ならまあ、商船で保険のチェックも通るだろ。ついでだから手続きはやっといてやるよ」

「悪いな」


 それにしても、とマックスはその船を見上げた。この短期間にどうやってそんな大改造をやってのけたのだろうか? 外見に大きな違いは見られないようだが……


「ただなぁ……ぐんそー」

「なんだ?」

「資材が足らん」


 それを聞いたマックスは、腰をかがめてリンと視線を合わせ、真剣な顔で彼女に訴えた。


「いいか、もう借金は無しだ。とりあえず今のところは、今ある範囲でやりくりするんだ」

「ええ……」

「ええ、じゃねぇ! お前はちょっと、節約とか工夫とか言う言葉を覚えろ!」

「工夫……工夫かぁ……」

「そうだ、工夫だ」


 そう言って立ち上がったマックスは、ギリーにくぎを刺すべく、彼の方へと踵を返した。


「言わなくても分かってるな?」

「あ、ああ」


 マックスの発する殺気然とした圧力に、さすがはバイアムの古株とひるみながら、ギリーは話題を変えた。

 

「だけどな、マックス。その嬢ちゃんはかなりおかしいぞ。なにしろ素材を前にして、なにやらぶつぶつ言ってたかと思うと、次の瞬間には、新しい何かがくっついてるんだ。ありゃ一体どんな技術なんだ?」


 ギリーの話を聞いて、妙に納得したマックスは、達観したような眼差しで答えた。

 

「さあな。きっと錬金術か何かなんだろうぜ」


   ****


「はぁ……」


 晩の祈りを終えて、いくつかの文書に目を通したポッペウスは、午後の秘密会談を思い出していた。


 ノーライアは、露骨にロマリアの遺産についてほのめかし、それを手に入れたのではないかと追及して来た。

 つまりそれを手に入れたことを隠しているということは、星間国家のすべてに対して野心を抱いているということで、ひいてはノーライアの安全保障にも影響をもたらすという論理だった。


 ロマリアの遺産を手に入れたものは世界を統べる手段を手に入れる――確かにそういう伝説は残されている。しかしそれは、遥か太古の王が書き記した手記の一節にすぎないのだ。

 なぜそんなものを二大星間国家の一翼を担うノーライア帝国が気にするのか、ポッペウスには理解ができなかった。


 かといって、ノーライアに従属を誓うことはできなかった。なぜなら我々は神のしもべであるのだから。

 我々は、神以外の何物にも従属しない。星間国家に広がる数百億人にも上る信者の頂点がこの場所なのだ。


 とは言え、相手はノーライア帝国だ。

 もしも直接クレリアに乗り込んでこられたとしたら、中央協議会の抗議など物の数ではないだろう。

 なにしろ、ノーライアとテラバウムでは、戦争にすらなりはしない。もし戦闘行為が起こったとしたら、それはただの蹂躙となるだろう。


「やはり、カーマインに助けを求めるしかないか」


 ポッペウスは力のない自分を顧みて、憂鬱な気分に浸りながら、失意のままベッドへと体を滑り込ませ、生まれて初めて心から神に祈った。

 

 そうしてその夜、不思議な感覚にとらわれ目を覚ましたポッペウスは、自分の枕元に浮かぶ光の天使から本物の神託を授けられることになるのだった。


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[一言] 面白い、オレの好み。 完結させてね。
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