魔霊と異霊空間③
意識がなくなり、ふと起き上がるとそこは何もない暗い場所だった。ここは一体どこなんだ………。
一瞬分からないでいたが、すぐに察しがつく。
「あぁ、死んだのか」
そう最悪な現実が頭を過った。
笑い話でしかないな。何もできないのに調子に乗って首を突っ込んで、結局命まで落とす。
お姉ちゃんの真実を追うには強くならないとダメだと思ったばかりなのに、気持ちだけで力がないんじゃ結局意味なんてなかった。
「英太………」
途方に暮れる俺の耳にどこかしらか声が聞こえてくる。
その声はどこか懐かしく聞き覚えのある声だった。
「お姉ちゃん」
そう、その声はうっすらと記憶に残っている姉さんの声に似ていた。
俺は辺りを見回し声の方向を探る。断続的に聞こえてくるその声に体が吸い寄せられるように向かう。
声に呼び寄せられしばらく歩くと、暗くなっている空間に一筋の光が見えてくる。その光に向かって走る足をより一層速くする。
光を通過し抜けた先には祭壇が置かれている部屋が存在していた。
祭壇周りには、火が灯された蝋燭が何本も蝋燭立てに乗せられ均等な感覚で取り囲むように並んでいる。
「ここは一体」
ここが何処なのかは見当もつかなかったが、やばい空間であることは間違い無かった。この空間に姉さんが居るのか。
誠に信じ難かったが、その部屋をくまなく見渡す。
「英太」
部屋をくまなく探している俺の後方から先程の声が聞こえてくる。
「姉さん」
声の方向に勢いよく振り返る。
「英太、大きくなったわね」
そう言って頭を撫でてくれた女性は間違いなく姉さんだった。
「姉さん、6年も何処に行ってたんだよ。それに、この場所は一体なんだよ」
声を荒げながらそう問う俺の唇を指で押さえるとニコリと笑う。
「今はここが何処なのかも。なにがあったのかも言えないわ。それに今は、英太の魂を消える前に一時的にこちらに呼んでるだけだから。少し時間が経てば、英太の魂は肉体に戻ってしまう。戻る前にやることがあるの。時間がないの」
「じゃぁ、俺はまだ死んでないのか」
「えぇ。一種の仮死状態にすれば、魔霊から守れると思ったからね。あの魔霊は魂を食べたばかりだったらしいし、すぐには英太の魂には手を出そうとはしないと考えての判断よ。そしてもう一つ、ここに呼んだのには理由があるわ」
そう言いながら姉さんは祭壇よりある物を取り出す。
「これを英太に授けるわ」
そう言って渡されたのはエリスさんが持っていた様な一太刀の剣だった。
「これは…」
「これは浄霊師が使う武器「神器」と言われる物よ。昨日会ったエリスと名乗る少女が持っていたのも、これと同じ神器なる物。エリスと名乗る少女から、魔霊や異霊空間について多少は聞いてるわね?」
俺が昨日エリスさんと会っていたことを、何故か姉さんは見ていたかの様に知っている。
エリスさんの件だけではない…。
先の体育館の件でもそうだが、姉さんは俺をずっと見ていた様な言いぶりだ。一体何処から…。
姉さんの言動に一抹の疑問を抱いたが、時間がないということなので余計な詮索はせずに話を合わせることにした。
「うん」
「なら話が早いわ。私からはまだ話されていない浄霊師と神器について話す。本来今日エリスに教えてもらうであろうその事を。事態が事態なだけに教えるわね。それには英太の浄霊師への認識が重要になってくるわ」
「認識……?」
「そう。浄霊師になれるのは一部の人間だけ。誰しもがなれるものではないの」
「どう言う意味?」
間髪入れずに聞き返す。
「浄霊師になる人は体内に特殊な血を持っている。その血は、「神」の血だと言われているわ」
「神の血……」
つまり俺の中に神の血が流れている……。釈然としなかった。
それもそのはずだ。急にそんなことを言われて、はいそうですかとは言えない。
「姉さん。ごめん、話が飛躍しすぎててよく理解できない」
正直に今の気持ちを伝える。
「つまり、貴方は神の生まれ変わりなのよ。貴方だけじゃない、浄霊師になる人間は元々神だった人たち。但しそのことは浄霊師になる際には伏せられている」
時間がない以上、自分で理解して自分で処理するしかない。頭をフルで回せ、回せばなんとかなる。
「伏せられる理由は、神だった頃の記憶を誰しもが持っていないからよ。神だった頃の記憶を取り戻した場合、その人間は神器無しに能力を使えてしまう場合があるからね。結局のところ恐れているのよ、組合の連中はね。いやっ、恐れているのは天上界全体といった方がいいかしらね」
「天上界って……次から次へと」
失笑する。
困惑する表情の俺に姉さんは笑いながらこう続ける。
「ごめんごめん。一気に話しすぎたわね。まぁ、天上界の事は今後英太が自分で歩んでいく中で必ず理解するはずだから、この話はここで一旦お終いね。本題に行きましょう。今から、この神器を英太と契約させるわ」
姉さんはそう言いながら一本の日本刀を祭壇裏より取り出す。言われるがまま俺は神器との契約をする。
神器との契約には、使用者の血を神器に覚えさせリンクをし契約をすると言うシンプルな方法だった。
「それじゃぁ、ここの箇所に血を垂らして」
刀の言われた箇所に血を垂らす。姉さんの話だと、神器は色々な系統が用意されている。
神器ごとに契約者に与える力は多種多様。その契約者に一番合う能力を授けてくれる。
もうここまで来たら驚きもない。急かされるように色々な事を言われ、昨日の時点で非現実な体験をしてきている身としては当然だった。
「これで契約は終了よ。異霊空間内であればいつでも神器を呼びだせるわ」
「でも、呼び出してもどう使えば」
「願うのよ。神器は願えばすぐにその形を生成するわ。そして、神器を手に取れば自然とその使い方や自分に付与された能力の本質を脳が理解する。神器はね、能力の失われた私達神の生まれ変わりに間接的に能力をを使わせてくれる。誰がこんな物を作ったのかは不明だけどね」
姉さんはそう言い終えると、手に持った神器を俺にへと渡してきた。
受け取った時、見た目以上の重量感が手にのしかかって来た。こんなに重いのか………。それを姉ちゃんは片手で軽々持っていた。もしかして、姉ちゃんも浄霊師だったのか。
そう訊こうとしたが、その言葉を出そうとした瞬間に俺の体が光に覆われる。
「なんだ、これ」
「時間のようね。英太最後に忠告をしておくわ。エリスや組合の連中には充分に注意しなさい。特に、組合を取り纏めているあの男だけには心を許しちゃいけないわよ」
「それって、どういう……」
そう最後に叫んだが遅かったようで、目を開けると俺は先ほどの体育館の天井を見ていた。
「一体、今のは………」
体を視認する。先に投げ飛ばされた鈍い痛みはあるが、それ以外に外傷は特にはなかった。
「そうだあいつは」
辺りを見回すが奴の姿がない。
「一体どこに行って………」
その瞬間、今まで以上の殺気を感じとる。殺気を感じた方から体を逸らすように避ける。
「あれれぇ、殺し切れてなかったか」
殺気を感じた方とは真逆の離れた場所からそいつの声が聞こえる。今の殺気は奴のものでは無いのか。
奴がいる方とは真逆の方から殺気を感じ取り俺は体を逸らした。超能力かと思ったが何か裏がありそうな感じがしてならなかった。
ただのサイコキネシスではない。見えない何かが体育館内に間違いなくいる。
あの空間に行ったからか、神器と契約を交わしたからかは分からないが先まで分からなかった気配を感じ取れている。
俺は手を翳し神器を願い呼び出す。
神器は空間を裂きその姿を生成する。俺はそれをしっかりと握り空間の亀裂から神器を手中に収める。
「確かにな……」
先は両手で持っても重量感を感じたのに、今は片手でも軽いくらいだ。
初めて使う気がしないほどに、その神器は俺の手に馴染んでいた。
これなら行ける。
「チッ。やっぱり浄霊師だったのか。だったら、数を増やして丁度いいよな」
そう奴が言うと同時に、周りにあった殺気が倍では効かないぐらいに増して感じた。
「なるほど。そう言う仕組みか」
先までは見えなかった殺気の正体もはっきり見える。
周りには透明な大小様々な人形をした何かが俺を取り囲んでいた。恐らく奴の能力は、姿が見えないその何かを生成する能力。
一番の厄介は、この数を押し除けてあいつの元に辿り着けるかだ。俺をぐるっと取り囲むようにして生成されたこの得体の知れない何かをどう処理していくかだ。
「さぁ、楽しく踊ってくれよ。浄霊師さんよぉ」
そう奴が声を上げると、一斉に俺にへと間合いを詰めてくる。
やるしかないか………。
そう思うと勝手に体が反応して一体また一体と次々にその分身達を消していく。考えるよりも先に体が動く。
攻撃を先読みするかのように、その攻撃を華麗に交わしていく。針の穴に糸を通すようなそんな繊細な交わし方だった。
一歩でも交わすタイミングが崩れれば攻撃をモロに受ける。
よくもまぁ、この数を相手に攻撃を交わし続けていると思う。それを一番感じているのは恐らく、遠くから傍観しているあいつだっただろう。
その証拠に奴の焦る気持ちが肌で感じ取るように分かる。しかもそれだけじゃない……。
(おいおい、嘘だろ。俺の能力で作り出されるそれは俺以外は視認できないはず。なんでこいつは見えてるかのように攻撃を交わしているんだ)
これは奴の心の声……。
心の声が直接俺の中に流れ込んでくる。これも神器の能力なのか……いや今はそんなことはどうでも良い。
それから何分と動き続けたのかは分からない。だけども、俺の体はあれだけ動いたのにも関わらず息一つ乱れていなかった。
気付けば奴の作り出したそれは全て消えていた。
「おい、お前は一体なんなんだ。どうして」
体が軽い。一瞬で間合いを詰められそうなぐらいに。
奴との距離は三十メートルほど開いていたが、そう思い足に力を入れた瞬間その距離を一気に詰め気づいた時には奴の体に刃を突き立てていた。
突き立てた刃を引き抜くと同時に前のめりに倒れ込み、その姿は塵のように跡形もなく消えていく。
主人を失った異霊空間が音を出しながら崩れていく。
そうだ、襲われていたあの人たちは……。
そう思い周りを見るがらしきものはどこにも無かった。
「見間違いだったのか」
いや間違いじゃない。間違いなく奴は誰かを襲っていた。だったらその残った体はどこへ消えたんだ。
崩れて行く空間を見ながら一つの疑問が残ってしまった。