魔霊と異霊空間①
俺とエリスさんは美術館から外にへと出ていた。
相当な時間が経っているのかと思ったが、異霊空間内での時間経過は通常の時間経過と違うらしく俺が美術館内に迷い込んでから数十分ほどしか経過していなかった。
その証拠に、近くにある時計台の時刻はそれほど動いていなかったのだ。
「英太君。私がこの場所に来たのは彼女を還すためじゃなく。本当の目的は、貴方に会うため」
「俺に………」
何で俺なのか心当たりはなかった。こんな可愛い金髪女性に来てもらうような事を俺は何かしたのか。
考えても答えは見つかるはずもなかった。
「そうです。貴方は先の魔霊が見えていました。それは、貴方があの空間に入ってしまったから。魔霊は、普通の霊とは違い霊感があるから見えると言うものではないんです。空間に入れる限られた人間だけが認識する存在。君には、私と同じその空間に入れる素質がある」
「素質ですか………」
わかりやすく困惑する。
俺に素質があったとしても、俺は結局何も出来ずに隠れていただけ。俺がエリスさんのように立ち振る舞うことはまず出来ない。
「俺には無理ですよ。ほらっ、何も出来ないですし。足手まといになるだけです」
そうだ。俺は今の日常で事足りてる。変な面倒ごとに手を貸すほど人間できていない。
「エリスさん。助けていただいてありがとうございました。しかし、俺は貴方が思うような人ではないんです。失礼いたします」
エリスさんの横を足早に通過する。するとエリスさんは、俺が通過する瞬間ある言葉を呟いた。
俺はその言葉を聞いて足を止める。
「何で、何で貴方がそれを知っているんですか」
その言葉を聞いた瞬間、どうしようもない感情が心の底から湧き上がってくる。
「言ったでしょう。私は貴方に会いに来たって。貴方の情報はちゃんと持っているわ。二年前、貴方がまだ小学生だった時。貴方はその時に、今回と同じような空間に閉じ込められたことがあったはず。そして、その際に貴方を助けたのは実の姉。姉の行動により運よく貴方は空間から出られた。しかしお姉さんの方はその後行方不明になり、今も尚行方がわかっていない。違いますか?」
エリスさんの言っていることは全て正しかった。
しかしその時は魔霊や異霊空間の存在なんか知らなかったから、道に迷った俺を姉さんが探しに来てくれて助かったのだとばかり思っていた。
だがそれだと、姉さんがその後に行方不明になった理由がずっと分からないでいた。
あれから二年。未だに姉さんの行方は分かっていない。
「エリスさん。貴方は一体何なんですか」
エリスさんに対して恐怖にも似た感情が出て来ていた。一体、この人は何者なんだ。
「私は、魔霊を排除し異霊空間を壊す。ただそれだけに動く者。そうね言うなれば「浄霊師」かな」
「浄霊師………」
「そう、浄霊師。私が貴方に会いに来たのは、私たち浄霊師の仲間になってもらう為。もしお姉さんの失踪について知りたいなら、私たちの仲間になることは決して損ではないと思うけど」
この人は姉さんの失踪に関して明らかに何かを知っている。直感でそう感じた。
ここで知っている事を教えてくれと言ったところで教えてはくれないだろう。もしそれで教えるなら、こんな情報と等価交換のような誘い方はして来ないはず。
「英太君、どうするかは貴方が決めること。ただね。異霊空間の数が最近は急激に増え始めている。私たち浄霊師の数も足りていないのが現状。お姉さんの失踪の謎を紐解くのと、お姉さんのような被害者を出さない為にも手伝ってもらえないかしら」
淡々とそう口を走らせるエリスさん。
「俺は………」
どうしたらいいんだ…。しばらく沈黙が続いた。
言葉にしようとしてもうまく口からその言葉が出てこなかった。浄霊師になれば間違いなく危険な目に合うし、もう普通の日常には戻れない。
でも、お姉ちゃんの失踪の謎も知りたい気持ちもある。
複雑な心境の板挟み状態………。
「今決められないなら、また明日この時間にここに来て答えを聞かせて頂戴。私も忙しいから」
そう残しエリスさんは去ろうと俺に背を向ける。
その背中を見た瞬間、何故だかあの時最後に見たお姉ちゃんの背中を思い出した。
「あっ、あの。まってください」
「なに」
エリスさんの目が俺を凝視する。蛇に睨まれた蛙のように一瞬怯む。
「俺が役に立てるかはわからないですけど。姉さんの失踪の理由も分かるなら、俺を浄霊師の仲間に加えてください」
もう後戻りはできない。自分に対してこれでよかったんだと言い聞かす。
「そう。それなら、また明日この時間にこの場所に来てね。今日は色々あって疲れたでしょうから日を改めましょう。その時に、我々浄霊師と浄霊師が使う武器について話をします。その話の後に、浄霊師組合に案内するわ」
そう言い残しエリスさんは去っていった。
俺はチルをおばさんの家に返しに戻った。
おばさんは泣きながらチルを抱き抱え、何度も俺にお礼を言ってくれた。家族が戻ってくるのって、こんなに嬉しいんだろうな。
もし俺が浄霊師になって、姉さんが生きていて戻って来たら同じ気持ちになるんだろうな。
「それじゃ、おばさん。俺はこれで」
「あぁ、ありがとうね。英太君」
おばさんの家から帰る際に少し駆け足になる。もしかしたら姉さんが生きているかもしれない。
そう、少しの希望が見えたからだった………。