君に出会ったあの時、あの場所で②
眠りについてどれくらい経った頃だろう。俺はふと意識を戻されるかのように目を覚ましていた。
眠っていた際に妙な夢を見た。
知らない場所、知らない少女。俺は、少女に何かを訴えていた。
なにを訴えていたのかまでは鮮明には覚えてはいないが、必死に訴えかけ説得をしているような光景だった。
しかし、その場所やその少女に全くの心当たりがない。
夢というのは本来、その人が見たり聞いたりした記憶から生成される物。だとすれば、あの場所もあの少女も俺は見ているという事になる。
でもわからない。一体何処でだ………。
寝起きで頭が回らない中、必死にその答えを見つけようと記憶を探ってみるがやっぱり思い出せない。
それどころか、寝る前まで確かにいたはずのチルの姿が周りを見ても何処にもいない。
「チル。チル」
名前を呼ぶが鳴き声も聞こえない。
「全く、何処に行っったんだよ」
いや、チルは猫だ。目を離し眠ってしまった俺の責任か………。
再び猫探しを、美術館内で開始する。
そして、一階にはいないことを確認して二階にへと向かった際にそれは起きた。
それが起きたのは二階の第二展示室に着いた時。展示室のちょうど中央付近で下を向いたまま佇む人影の姿を発見する。
その人影はよく見ると髪が長く女性なんだと認識するのに時間はかからなかった。
一体何処から………。
入り口や入れなさそうな場所は蔓に覆われ、出入りができない。
二階から入ったのだとしても、一階部分の高さがそれなりにある造りから梯子車などが無いと二階部分の窓には届かない。実質不可能に近い。
まぁだとしても、女性はここの中に入ってきた。きっと俺が知らない出入り口があるに違いない。
俺はそれを聞こうと女性に歩み寄り話しかける。
「あの、すいません。何処か出入り口を知らないですか?入って来た入り口が塞がれてしまい、出られなくて」
しかし、この判断が全てを狂わす間違いだった。いやっ、もしここで話しかけていなくてもチルを探している以上この先にいかねばならなかったから見つかっていたが………。
女性はそんな俺の問いかけに最初は無反応だった。聞こえていないのか………。
「あのぉ、すいません。出入り口知ってたら教えて欲しいのですが」
再び問いかける。
すると先程は無反応だった女性がゆっくりと此方にへと振り返る。
振り返った女性の姿が月の光によって見る見る鮮明に映し出されていく。そして、全てが見えた瞬間俺は背筋が凍った。
「うっ、うわぁぁぁぁ」
咄嗟に悲鳴を上げる。一瞬にして足がすくむ。
その女性は全身から血を出しており、その顔は原型を留めてはいなく見るに耐えない顔だった。顔は殴られたかのように大きく腫れていて、右まぶたも腫れ右目は隠れてしまっている。
「みぃ〜つけたぁぁぁぁ」
女性は不適に笑いそう言葉を発する。
足がすくんでしまい動かない。
くそっ、何だよ、動けよ。
ゆっくりと俺の方にへと近づいてくる女性。
やばいやばいやばい………。
逃げ出したいが完全に目の前の恐怖に身体が言うことを聞かない。
このままだと殺される。
そう感じた俺は、スタッフルームから拝借していたハサミの入ったズボンの右ポケットに手を入れる。足が竦んでしまって動かないだけなんだ。
だったら……。こうするしかない。
ハサミをなんとか取り出し、言うことの聞かない自身の右足に突き刺す。
激痛が右足に走ったが、痛みで体の感覚が次第に戻っていく。女性が俺に手を伸ばしたその寸前、女性の手を振り払うと同時に駆け出し一階のスタッフルームにへと逃れる。
俺がスタッフルームに来るまでに、美術館を覆っていた蔓が何故か俺を襲ってくる。昔から反射神経には自信があり、その蔓を交わすのに苦労はなかったが痛む足に力を入れるのはしんどかった。
今まで何もなかった蔓が、あの女と出会った直後から俺を敵対物だと認識し始めた。考えたくはないが、この蔓は間違いなくあの少女の意思で動いている。
そんなこんなとありながらスタッフルームに篭り今に至る訳だけど、ここからどうすればいいか正直皆目見当も付かない。
それにあの化け物はなぜかこのスタッフルームの中までは近づいて来ない。寸前の廊下までは来るが、何故かそこから引き返してしまう。
もしかしてこのスタッフルームにはお札でも貼られているのか……。
まさかな。幽霊じゃあるまいし、お札如きでどうにかできる様な相手だとは到底思えない。
まぁ、女性が来ないだけでも身の安全は保証できる。俺にとってはありがたいことだが………。
どっちにしても、こうなってしまっては無闇に動き回りチルを探すこともできない。蔓が俺を見付けては攻撃してくるのでは尚更だ。
それにこの足では長時間力を入れて走ったりするのは困難。落ち着いて考えればあの方法以外にも何かしらいい方法は必ずあったはず、しかしあまりに唐突すぎる出来事で俺自信はあの方法しか思いつかなかった。
「はぁ」
後々の事を考えてなかった自分が浅はかすぎたわ……。
これから一体どうすればいい。
相手は人間ではない何か。普通の知識でどうこうできる相手ではない。
なにをすることもできずに、無情にも時間だけが過ぎていく。相変わらずあの化け物はこの場所までは入ってこなかった。
今思えば、他にも部屋があったのにも関わらずこの場所に一直線に来たのは運が良かったと言わざる終えない。
あいつがこの場所に入って来れないなんて事は知らない上で来たんだからな。
「そういえば………」
あの化け物の顔を思い返しているとふとあることに気づく。それは、俺が最初にここの場所に来たときに見つけた一枚の新聞記事とその記事が挟まれたとある一つの日記だった。
初めは何か蔓を切る物はないかと物色していただけなのだが、偶然にもその物を見つけた。
俺は再び机に入っていたその日記を手に取り日記を開く。先は流し読み程度にしてしまったが、自分の記憶は正しかったとすぐに優越感に浸る。
「やっぱりだ」
新聞記事に載せられた写真は、あの化け物の女性に似ていた。
いやっそれどころか、この顔って姉さんの顔に似てないか……。
先のあれは顔があまりにも酷い状態でそうは思えなかったが、この記事に映る女性の写真はいなくなった俺の姉さんにそっくりだった。
「……まさかね」
姉さんがいなくなったのは三年前。この記事自体それ以上の物だしありえない。
「似ているだけだよな……」
それよりもここからどうするかが問題だ。この記事の女性があの女性だとしたら、行方は掴めていないとなっているが間違いなく生きている人間ではなくなる。
だってこの新聞記事は今から20年ほど前の物なのだから……。行方不明になって、当時と同じ容姿というのはつまりそういうことだよな。
しかし、この日記は一体誰に宛てて書いた物なんだ。こんな場所にひっそりと隠しておいて……。
そう思いながら日記の一ページ目に目を向けた瞬間、脳内に映像が流れ込んでくる
「なんだ、これ」
この日記を書いた人の記憶なのだろうか……。
一周目ー
時代が戻ったのだろうか?
恐らくそうだろう。
前の時代の記憶はほとんど覚えていない。ただ、私が直前までいた日付よりも遡っているのは分かる。
そしてこの場所に来たのは何故だか分からないが、勝手に体がここにへと来ていた。
廃美術館となってしまったこの場所に何で来たのかは正直分からない。もしかしたら、直接この場所に飛ばされたのかもしれない。
でも、この場所が大事な場所だと言うことは薄々分かる気がする。これから欠けたピースを集めに行かなくてはいけない。
ここに日記を隠しておこう。
また同じ目にあった時にここにくれば、もしかしたらこの日記が役に立つかもしれないから……。
そうだ、この事件の記事が役に立つかもしれないから挟んでおこう。
二周目ー
また時代が戻った。
また止められなかった。今度は寸前まで行ったのに、結局彼の能力でまた振り出しに戻ってしまう。
彼とは一体誰だ?
いやっ、そんなことはどうでもいい。まずはこの日記が大丈夫なことだけ確認できたのは良かった。
この日記に全てが消える前に記入できるから……。
また激しい頭痛がしてきた。忘れる前に書かなくては。
この世界の崩壊を止めるのは……。
あれっ、何を書こうとしていたんだ。
三周目ー
間に合わなかった、また間に合わなかった。
今回はこの美術館で起きた事件が問題だと分かった。だからこそ私は、彼の能力を利用してこの事件よりも前に行こうとしたがこの有様だ。
でも今回は自分の能力を割り込ませたことで、以前よりも記憶が定着している。
ごめんね。こんな駄目なお姉ちゃんで。
必ず貴方をちゃんと救い出す。また駄目だったとしても、私は諦めないで救い出すから。
四周目ー
何度、何度やっても終わりにできない。
日記に直接、前の時代の重大な事を書こうとすると激しい頭痛に襲われる。
頭が勝ち割れるようなそんな痛みだ。恐らく痛みを我慢して書き続けたら最後、記憶どころか脳までも持っていかれる。
だからこそここには書けないんだ。でも、次こそはちゃんとやるから。
待っててね。お姉ちゃんが必ず救い出してあげるから。
その瞬間に映像がプツンと途切れる。日記が終わっていた……。
いやっ、違う。意図的に次のページが破られているんだ。事件に関係あったとも思えないような殴り書きの日記を破る理由とは一体なんだ。
誰かがこの日記を俺より先に見つけているのは間違いなかった。でも、なぜこの日記が破られているのか。
それにお姉ちゃんって……。誰のお姉ちゃんが残した日記なんだ。
俺の姉さんが残した日記……でも意味がわからない、どうしてこんな場所にこんな日記を。
考えるには考えたのだが、どうしてもある一点の推測にしか行き当たらなかった。
「もしかして……」
この日記を先に見つけた人間は、この後の文章に見られてはまずい何かが書かれていたのを知っていたからこそ破り捨てた。
そう考えれば考えるほど、破られているページには一体何が書かれていたんだと言う探究心が沸沸と湧いてきてきたのだった。