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9.大家さんとバーベキュー

 バーベキューの準備を急ピッチで済ませた俺は一人日陰で一息ついていた。


 前方に見えるのは楽しそうに会話しながら、買ってきた食材を焼いていく大家さんと須藤さんの姿。この光景を写真とかで見ていれば実に眼福であっただろう。

 しかし、実際の会話が聞こえてしまっている俺にとっては全然そんなことはなかった。


「そういうわけで実はこっちの方が素なの。今まで騙していたみたいでごめんなさいね」

「い、いえそんなことはないです。大家さんが女性ならそれだけで私は満足ですから」

「そう、良かったわ。ところであそこにいるあの男だけれど彼、優しそうに見えて実はとても変態なのよ」

「そうなんですか?」

「そうよ、この前なんて私の靴下のために庭の草むしりまでやったんだから」


 さらりと事実をねじ曲げて伝えないで下さい。


「へーそうなんですね……」


 ほら、大家さんが変なことを言うから須藤さんの俺を見る視線に若干変なものが混じったから。ちょっと引いてるから。

 流石にこれ以上の風評被害を看過(かんか)できなかった俺は多少声を張って大家さんに反論する。


「何変なことを須藤さんに吹き込んでるんですか。須藤さん、今の話は全部嘘ですから信じないで下さい」

「あら、聞こえてしまっていたのね。でも草むしりをしたのは事実でしょう?」

「ええ、でもそれはスイカを頂くってことで引き受けたんです。断じて大家さんの靴下ではありませんから」

「そうだったわね、私のスイカを食べさせてあげるってことで引き受けてもらったんだったわね」


 それ、かなりニュアンス変わってきますから。

 もしかしてわざとやってるんですかね、この人は。


「ス、スイカ!?」


 須藤さんも今ので顔が赤くなってるし、もう俺を見る目がすごいことになっている。完全に親の敵を見る目だよ、これ。


「須藤さん、ちなみにここで言うスイカはウリ科スイカ属のちゃんと食べられるスイカですからね。変な勘違いはしないで下さい」

「し、してないです! そちらこそ変な推測をするのは止めて下さい!」


 本当に分かっていたのかは疑問だが、誤解が解けたのならそれで良い。それにこれ以上追及したらセクハラとかで訴えられそう。……大家さんに。


 というわけで無事、俺の名誉は回復したわけだが俺にはどうにもまだ腑に落ちない点が一つだけあった。


「あの、さっきから思っていたんですけどこれってバーベキューですよね」

「そうね、バーベキューよ」

「でもさっきから見てる感じだと野菜ばかりで肉が一向に出てきてない感じがするんですけど」

「それはそうよ、だってお肉は買ってきてないもの」


 え、なんでですか。新手の嫌がらせですか。

 しかし、大家さんはそんな俺の勝手な予想に反して至極真っ当な彼女らしくないことを口にし始めた。


「今回は二人の健康を気遣って野菜バーベキューにしてみたのよ。ほら、特にナッキーは普段麺類ばかり食べているでしょう?」

「……なるほど」


 なんというか善意での行為なだけに文句が言いづらい。そして嫌がらせとか思ってしまった自分が恥ずかしかった。

 でもそうか、俺の普段のずさんな食生活がこの結果を招いてしまったのか。だとしたら普段からもっとまともなものを食べておけば良かった。


「でも私はこういうバーベキューもたまには良いと思いますけどね」


 肉が無いというショックの中、須藤さんを見ると彼女は美味しそうにピーマンのチーズ詰めを頬張っていた。

 大家さんも上品に焼きプチトマトを食べている。


「そうでしょう? たくさんあるから遠慮しないで食べて頂戴」

「ふぁい、おおふぁさん」

「ほら、一気に口に入れたら火傷するわよ」


 何だか急にお腹が空いてきた。

 よくよく考えれば野菜というのも久しく食べていない。もしかしたら普段摂取しない分、今の俺の体は目の前にある野菜達を欲しているのかもしれない。


 喉がごくりと鳴ってしまう。


 それに長い時間、掃除やらバーベキューの準備やらで体を動かしているのだ。それでお腹が空かないはずがなかった。


「俺も食べて良いですかね」


 自然と足が動き、バーベキューをしている彼女達のもとへと向かってしまう。


「貴方の歓迎会も兼ねているのだし、そんな遠慮なんて最初からしなくて良いわよ。ほら、ここに丁度食べ頃の椎茸があるから取ってあげるわ」

「ありがとうございます」


 渡された皿の上には先程まで網の上にあった焼きたてほやほやの椎茸が乗っていた。椎茸の笠の内側にはプツプツと水分が出てきており、それがまるで椎茸の旨味が外に溢れだしているように見えて、より食欲をそそられる。


「お醤油をかけるか、お塩でいただくかどちらでもいいけど。笠の内側にお醤油をちょっと垂らすのが美味しいわよ」


 言われた通り醤油を椎茸の笠の内側に垂らすと、椎茸から湧き上がる白煙に紛れて醤油の香ばしい匂いが鼻腔の中に届いた。

 これは絶対に美味しい。

 匂いだけで確信出来る。これは一度食べたら止められないやつだと。

 俺は恐る恐る椎茸を口の中へと運ぶ。


「どう? 中々美味しいでしょう?」


 食べた瞬間に感じた。これは中々美味しいなんて口が裂けても言えない代物だと。


「……旨すぎる」


 この椎茸は中々美味しいのではなく、率直に言って美味しすぎた。噛んだ瞬間口に広がる椎茸の凝縮された旨味、それを引き立てるように醤油が後から風味を追加する。

 一口、また一口と椎茸が口の中に消えていく。

 そして気付けばいつの間にか椎茸は皿の上から消えていた。


「そんなに慌てて食べて、椎茸は逃げないわよ」

「そうですよね、でも美味しすぎてつい」

「気に入ったみたいね。じゃあ今度はこのピーマンのチーズ詰めなんてどうかしら?」


 スッと皿の上に乗るピーマン、咄嗟に先程の須藤さんが美味しそうに頬張る姿が思い起こされる。

 食べたい。本能が俺にそう訴えかけていた。


「いただきます!」


 既に視線はピーマンのチーズ詰めに釘付け。そのまま自然とピーマンに手が伸びる。


 もう何なんだ、これは。

 始めは肉が無いことに少し納得のいっていなかった俺だが、今はただ目の前の野菜さえいただくことが出来れば、それだけで良いと思えるような体になってしまっていた。


 本当にこのバーベキューを企画した人はどうかしている。もちろん良い意味で。


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