あの日。
え? 今日は宜しくお願いしますぅ!?
ずいぶん、他人行儀やん?
アオイちゃんとあたしの仲やのに。
ああ、いちおー取材だから?
うそ、名刺までくれんの?
へえ。まじで記者なんだ。うん?
疑ってたっていうか、興味なかった!……落ち込むなよ、おい。
へー。35歳なんだ。あたしとお……じゃなくて、10歳上か。オッサンやな!
ていうか、うっそー。アオイちゃんって本当に 『葵』 なん?
ソープ嬢に本名教える客っているん? まじウケるわ。
そーそー。めちゃウケ。
でも、葵って名前、あたし、嫌いじゃないよ。
なんでって?
あー……昔の知り合いにいたからね。
好きだったのかって?
そんなこと、どーでもいーでしょ。
で、ナニ? 阪神・淡路大震災の話?
東日本じゃなくて?
今さらなんで? 25周年だから?
えー。絶対それ、後でデスクとかに見せてボツにされるんじゃない?
イイから、って?
ふぅん。
だけど忘れないでよね。
この後、スペシャルコースで延長2時間だからね。
そんなんでよければ、ってナニまたスケベな顔してんの? ほんっと、つくづく男ってバカだわぁ。
え? あたしに罵られるとホッとする? ふうん。キモっ
まぁでもさ、アオイちゃんってイイ客だよ。ほんと。
真面目に通ってくれるし、本番とか言ってこないしさぁ……え?
そら沢山いるわぁ。
中には 「本当はもう30超えてんでしょ? 惜しむトシでもないやん」 とか。まじムカつく。
看板見ろや! (25) って書いてあるでしょーが、頭と目、悪いの?
実はモーロクしてんじゃね?
モーロク男のふにゃ○ンとか、お断り。
そんだけバカでちっちゃいのに良く人間やってられんね。カエルになって卵から生まれ直せば?
……とか罵るだけでも、まぁ満足して引き下がるヤツばっか、あたしの客やから、ほかのコたちよりマシだけどね。ふふ。
あーはいはい。本題ね。
っても、ほとんど話すことなんてねーよ。
何言えばイイかなんてわかんないし。
え?順番でイイの?
タバコ? だめ。お肌の大敵だから。吸うならもう話さない。
諦めてイモでも食いな。うん、それで良し。
えっと、じゃあねー、最初。
まず、ズドンってきたんだよね。それからゆさゆさゆさゆさ、いっぱい揺れた。
長くて、このままずっと揺れてたらどーしよー、って怖かったよ。
ハハの上にタンスが倒れてきて、チチがとっさに庇って。
チチはその時の打ちどころが悪かったのかな、軽いムチウチが残ったよ。今どーしてるか、知らないけど。
で、とりあえず、外に出ようってことになったんだけどさ。
階段が……その頃はウチ、2階に寝ててん……階段がなくなってんの!
ビックリだよね? 今考えたらめちゃウケるんだけど、本気で 「ひぇー!」 って叫んだのあの時だけだよ。
もちろん、出口もなくなってるから、出られなくてね。
え? ウチ?
うん、後で外から見たら、1階が全部潰れててさぁ。
あーそういうことなのか、あははは、って。
笑い事? だよ?
だって現実感なんか、全然なかったもん。
隣から、その時、中学生くらいだったかな、いつも優しいお姉さんが、「お母さん、お母さん」 って呼んでる悲鳴が聞こえてたな。
……うん、結局ね、死んじゃったみたいなんだよね。
たまんねーよな、きっと。
自分のタメに弁当作ってたせいでハハオヤが死んじゃうって。
もーいっそ、ウチのババアが本当に代わりに死ねば良かったんだよ。
え? ひどくないって!
だってあの女、地震の後ずっと、あたしが家出するまで 「死にたい」 「死ねば良かった」 って言い続けだったからね。
聞かされる方も拷問だよ、あれは。
「じゃあ本気で殺してやろーか、あたしがよ!」 って包丁持ち出したこともあったけどね。
そしたらあの女涙ぐみやがって、「そしたらアンタが犯罪者になる」 とか言うんだよ。
え? PTSD? それなに? トラウマ、ふぅん。
そーかもしれないけど、んなことかまってられねーほど、こっちも被害受けてんだよ。
「じゃあ自分でこの包丁ぶっさして死ねや! 見ててやるからよ!」
って……なにそこで懐かしそうな目してんの?
あ、そっか。アンタ、Mの変態だもんね、あたしの客だけに。
後で絶対スペシャルコースの延長2時間半にしてよ?
あーババアの話? 本題からズレてない? え? いいの?
うん、とにかく、そー言ってやっても、結局は死なねーんだよ、あの女は。
しょーがねーからあたしが家出して、今の仕事。え? 何歳の時かって?
えーと、ちょっと待ってね……あれ?
そうそう、あたし、生まれたばかりだったんだよね! あの地震の時で! だって今25歳だからね!
そ、そりゃ、覚えてるでしょ!
あんなスゴい地震だったんだもん!
で、ハハオヤがイヤになって家出して、ここで働き出したのが17歳。歳? 誤魔化したよ。とーぜんじゃん。
……何が言いたいん?
えーアオイちゃんが人生について説教?
まじウケるわぁ。Mの変態やのになアンタ。
いーんだよ。ひとってさぁ、どんなに頑張って真っ当に生きてたって、理不尽に殺されるモンなんだよ。
んでもって、ウチのババアみたいなクソが、死にたい、とかほざきつつ生き残んだよ。
フザけんな、って思わね?
けど、あたしの幸せ? はぁ!?
それ、アオイちゃんに関係ないやん!
……あー……ウソウソ。そんなにショボくれないで、イモ食えイモ!
うん、あたしの幸せはアオイちゃんがスペシャルコース延長入れてくれた時だよ!
だから今日もヨロシクな!
でもさ、思わね?
幸せを追い求めるのって、生き残ったヤツらの傲慢やんな?
あたし、あの地震の後さ、何べんも聞いたわー。
思考力停止してる大人たちが 「亡くなった人たちのタメにも、一生懸命生きて、幸せになりましょう」 とか言うのな。ヘド出る。
テメーらの幸せなら、テメーらで勝手に追い求めろや! わざわざ死んだヤツら引き合いに出すな!
何の勝利宣言やねん、それ!
テメーが一生懸命生きて幸せになってさ、隣のおばちゃんに、何の関係がある!?
ってさ。思わね?
おばちゃんだって、絶対お姉さん泣かせたくなんか無かっただろーよ。
できたら生きて、毎日弁当作ってお姉さん送り出したり、したかっただろーよ。
昨日まで、普通に挨拶してたのに、死ぬなんて、ないやん。
あたし、おばちゃんにめっちゃ世話になってたのに、何もできんかったっつーの。
それなのにさぁ、言えるかよ?
「アタシ一生懸命生きて、幸せになります!」 とかさ。
厚顔無恥っての? そやろ?
……あ? 泣いてる? んなわけねーじゃん。
マツゲがちょっと目に入っただけや!
とにかくさ、地震の後は、死にたいとかいうハハオヤにもマイッタし、澄ました顔で 「亡くなった人々のためにも」 発言する大人どもも信じられねーしで、世の中すっかり嫌いになったよ。
特に最悪なのが学校だよなぁ。
ほかの大人が言ってもさ、校長がそれ言うな、って思わね?
なのに言ったんだよな。あのモミ子。え?本名のはずねーじゃん。
モミアゲが長くて、ちょっと女っぽいからモミ子。オッサン!
え? なんでモミ子は特に言うな、かって?
そらさぁ。生徒だって、その親だって、チラホラ死んでるわけよ。
生徒は2人だったかな……親の方は、ちょっとわかんねーけど、絶対にひとりはいたんだ。
……例の、葵くんがそうでさ。
もともとチチオヤがいなかったのに、地震でハハオヤまで死んで、天涯孤独っていうの?
結局、遠縁の親戚の家に養子になって転校したんだよね。
もともとは明るくて、顔は普通なんだけど何だかオーラ? みたいなんで女子にキャアキャア言われるタイプだったけど、地震の後はめちゃくちゃ、しょぼくれてたな。
まぁ、子どもがひとりぼっちになったんだから当然だよな。
久々に学校来たと思ったら、それが最後の挨拶でさ……
「僕は運命に流されるままに生きようと思います」 って言うんだよね。10歳の子がさ。まるっきり表情死んでる顔で。
もー泣くよね。あたし、トイレにこもって号泣したよ。……え? とてもそうは見えなかった?
なんでアオイちゃんが知ってんのよ。
じゃなくて、見えない?
失礼やなオッサン!
アタシやって、昔は泣き虫やってんで!
葵くんおらへんかったら、いじめられっこやってんで!
……まぁ、ええわ。
でな、そんな生徒がおるのにさ。
モミ子のやつ、初めての登校日でこー挨拶したわけよ。
「この度の地震で感じたのは、私たちは大きなモノに生かされているということです。
亡くなった方々のためにも、大きなモノからいただいたこの生命を、精一杯、大切にして、前を向いて生きましょう」
なんや?
それやったら、死んだ子らは神様か何か、そういうモノから選ばれなかったってことか?
だから仕方ないのか?
何の選民意識やねんそれ!
それに、生き残ったら、どんなに心が痛くても、前を向いて生きなあかんのか?
そんなことは、前向けるヤツらだけが言うことやろ!
それモミ子が言うことで、絶対に何人かの子は、ぼっちで取り残された感、味わったと思ってるんやけど、違うか?
……あれ。なんでアオイちゃんが泣くん。……泣いてへん?
……まー。そーゆーことに、しといたるわ。
んでやな、あと1つ言えるのが、『大いなるモノに生かされてる』 あれも大ウソやでな。
あたしの住んでたあたりやと、あの辺で倒れたのは、地盤の弱いとこに立ってる家か、古い木の家だけやったで。
そんでな、早起きして朝飯やら弁当やら一生懸命作ってるお母さんたちが使ってた火がな、燃え広がって、大火事になって、地震やなくてそれで死んだ人らも、たくさん、おんねん。
……あの日、やっと助け出されてみたら、空の端っこが見たことないくらい真っ黒な雲で覆われてて、そこに赤い火がうつってたなぁ……
あの下にいた人、救助が遅れて、ほぼ全員死んだらしいわ。
古い長屋が建て混んでて、燃え広がるのが早くて、どーしょーもなかったとか、後で、きいたわ。
つまりな、死んだヤツらは、皆、貧乏やねん。
モミ子みたく、山手のこじゃれたお家に住んではる人は、全然、死なへんかってん。
神様じゃなくてな。
金が、モミ子を生かしただけやろ。な?
別に神様とかに選ばれたわけでも何でもないねん。
だからモミ子はウソつきや。
あたし、神様って基本、何にもせーへんと、思うねんな。
だからなぁ……あたし、やっぱり葵くんには今でも、「運命なんざ信用してるとロクなことねーぞ」 って言ってやりたいんだよね。
……あれ、なんでアオイちゃんが泣いてるの?
なに?
転校する時? 葵くんに言ったこと……? あー……あれはなぁ……忘れたいなぁ。黒歴史やで。
知りたい? 悪趣味やな。
じゃ、延長3時間な。サービスは1時間で打ち切って、あと放置やけども。
……言い訳するとな、あたしはあの頃ハハオヤのことで、かなりイライラしとったし、あんな悲しい顔した子に、なんて言ってあげたら良いかも分からんかったんやって。
イジメようと思ったわけやなくて、激励しようと思ったんやで。
ほんまやで。
……え? どうしても言わなあかん?
じゃ、延長時間中のサービス30分でイイ?
ほんまにイイの?
……わかったわ。
……いくで。
「じゃあテメーは、運命が死ねって言うなら死ぬのかよ。なら見ててやるから、今すぐここで死んでみせろや、ホラホラ!」
……あれ?
アオイちゃん?
何ガッツポーズしてんの?
え? あたしの本名?
ユリだよユリ! もとから!
え? だ、誰それ?
く、来栖 茜?
知らねー! 知らねーってば!
……なに? アオイちゃんって、葵くん?
他村 葵くん?
だって名刺、塩崎……え? 養子になったから? ……まじ?
うっそー! え? まじ?
ああ……まぁ……うーん……そっかぁ。
……ふぅぅん……そうなんだぁ……
……なんていうか、なんてまぁ……立派なMの変態になって……
お母さん、天国で泣いてるんとちゃう? ふふふ。
え?
ああ、そろそろね。
うん、じゃあ、この後は約束通り、スペシャルコースで3時間延長ね!
……え? なに? もっと?
もっとはねーよ。知ってんだろ?
ええ!? 一生?
はぁぁぁぁぁっ!?
なにこれ。指輪!?
まじ? 冗談? うそ?
……え? まじなん……?
あ・ほ・か。
企画の趣旨とは少しズレるかも、と思いつつ、「冬」 で 「ドラマティック」 となると、私にとってまず思い出すのはこの震災です。
いつの間にか、遠い昔の話になりました。
こちらの作品は、おそらく当時からあまり話題にはのぼらなかった 「前を向いて歩くことができない人の気持ち」 を主題にしたものです。
作中では、批判するような物言いになっていますが、被災地の現在の復興は、「残された人々が前向きに努力した結果」であることは間違いありません。
「前向きの努力」や「生命を大切にすること」を批判するための作品ではありませんので、その点をどうぞご理解くださいますよう、お願い申し上げます。




