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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゾイア・サーガ

マオロンの超戦士

作者: セレソン28

 中原ちゅうげんでは、もう千年近く戦乱が続いており、様々な国があられては消え、消えてはまた別の国がおこされ、栄枯盛衰えいこせいすいり返していた。

 そうした中、激流に飲み込まれずに浮かぶ泡沫うたかたのように、どこの国にもぞくさない自由都市がいくつもあった。

 有名なところでは、すでにほろんだ魔道師のみやこエイサ、商人あきんどつくった商業都市サイカなどであるが、ここに、まったく異質な自由都市があった。

 その名はマオロン。

 いや、マオロンが自由都市というのは表向きの話。

 実態は、東方の暗黒帝国マオールの植民都市である。

 住民もマオール人が半数以上をめている。

 マオールが暗黒帝国と呼ばれるのは、中原では禁じられている奴隷どれい貿易をいまだに行っているからであり、マオロンは、そのかくみのになっているとうわさされていた。


 そしてまた、マオロンは大規模な擬闘グラップル試合を連日行っていることでも有名であった。

 グラップルとは、木剣や刃引はびきした剣を使って行う試合を、見物料けんぶつりょうを取って見せるものである。

 けの対象ともなるが、八百長やおちょうが多いとされている。

 マオロンの中央にある、巨大な擂鉢状すりばちじょう円形闘技場えんけいとうぎじょうは、今日も中原中から集まった観客の興奮に包まれていた。


 その試合を待つ擬闘士グラップラ控室ひかえしつに、首輪をけられ、そこからくさりで壁につながれた大柄おおがらな男がいた。

 ほとん半裸はんらで、薄汚うすよごれた下帯したおびぐらいしか身にけていない。

 髪はやや茶色がかった金髪ダークブロンドで、ひとみの色はめずらしいアクアマリンであった。

 その目の焦点しょうてんさだまらず、ひどく疲れているように見える。


 そこに、馬に使う短めのむちを持った人相にんそうの悪い男が入って来た。

 顔に大きな刀創かたなきずがある。

「おい、ガイアック、もうすぐ試合だ。準備しろ!」

 だが、ガイアックと呼ばれた首輪の男は、「ガイアック? それが、われの名か?」とつぶやいている。

 すると、刀創の男がツカツカと歩み寄り、持っていた馬用の鞭で、ピシリとガイアックのはだかの背中を打った。

「いい加減かげん、自分の名前を覚えやがれ! おまえは、このリゲスさまにかねで買われたんだ! おまえはグラップラのガイアックだ!」

 リゲスは叫びながら、更に何度も鞭で打った。

 ガイアックはうめきながらそれにえている。

 鞭で打たれたガイアックの背中には真っ赤な蚯蚓腫みみずばれが何本も走ったが、リゲスが手を止めると、みるみるスーッと消えていった。

 リゲスはれているのか驚きもせず、「ふん。化け物め」とき捨てるように言った。

「いいか、ガイアック、よく聞けよ。おまえは今日まで八戦はっせん負けなしだ。きん途轍とてつもなくがってる。おれも、おまえがここまで勝つとは思ってなかった。だが、今日の相手は今迄いままでとは違う。去年から無敗むはい王者おうじゃウパンジャだ。どうすればいいか、わかるな?」

「われの覚悟かくごは決まっている。向かって来る相手は、全力で倒すのみだ」

「この、阿呆あほう!」

 リゲスは激昂げっこうし、ガイアックの背中を力任ちからまかせに何度も鞭で打った。

 仕舞しまいには、打ち疲れて、ハアハアと肩で息をした。

「空気を読め! ウパンジャは、この闘技場おかかえのグラップラだぞ! 勝っていい相手かどうか、考えればわかるだろう!」

 鞭打ちの痛みに、歯をしばってえていたガイアックが、初めて正面からリゲスの顔を見た。

「八百長しろ、と言うのか?」

 だが、リゲスはずるそうな笑顔で、フンと鼻をらした。

「おれは何も言っちゃいねえよ。状況を説明してやっただけさ」

「八百長は、しない。それは、われの矜持きょうじに反する」

 また鞭で打とうとしたが、ガイアックの背中がもう綺麗きれいな状態に戻っているのを見て、リゲスは舌打ちした。

「おれは親切で言ってやってるんだぜ。この闘技場は、マオロン太守たいしゅチャナール閣下かっかの持ち物だ。しかも、ウパンジャは一番のお気に入りだそうだ。自分の大事にしてるグラップラの戦歴にきずがつくようなことを、閣下が許すはずがねえ。おまえも、生きて年季明ねんきあけをむかえたいなら、精々せいぜい考えるこった」

「その、年季のことだが、本当なのか? われには何の記憶もないのだが」

 リゲスは、とぼけたような顔をした。

勿論もちろんだ。おまえの元の持ち主のバポロって親爺おやじから買い取るさい、ちゃんと年季も確認した。ただ、おまえはバポロんとこにいる時、試合中に何度も頭を打ったらしいぜ。それで記憶がねえんだろうさ。さあ、もう御託ごたくならべてねえで、サッサと試合の準備をしやがれ!」

 リゲスは、ガイアックの首輪からくさりはずすと、パッと距離をとった。

 内心ではおそれているのは明らかであった。

 ガイアックはそれ以上反論もせず、大人しく闘技場の中に向かった。

 途中、武器庫に寄って、木剣を二本取り、両手に一本ずつ持った。


 ガイアックが会場に姿を見せると大歓声だいかんせいがった。

 八連勝で人気も鰻登うなぎのぼりのようだ。

 対するウパンジャは、ガイアックより頭二つは大きな男で、身長が高いだけでなく、体重もガイアックの三倍はありそうであった。

 髪の毛は一本もなく、いかつい大きな顔には、短刀で切り込みを入れたような細い目が光っている。

 マオール人と巨人ギガン族の混血とのうわさであった。

 手にしている得物えものは、子供の拳大こぶしだい鉄球てっきゅう穂先ほさきを付けた、長柄ながえやりである。

 柄の長さだけで、ウパンジャの身長を超えている。

 それを軽々かるがると頭上で回して見せた。

 ガイアックの時以上の歓声が上がる。

 ちなみに、のある槍は違反だが、鉄球は認められていた。


 二人が近づき、審判役が試合上の注意をしている間中あいだじゅう、ウパンジャは薄気味悪うすきみわるいニヤニヤ笑いを浮かべてガイアックを見ていた。

「始めよ!」

 審判役の声が掛かった瞬間、鈍重どんじゅうそうに見えていたウパンジャが、猛烈もうれついきおいで突きを入れて来た。

 ガイアックはピクリとも動かない。

 あわや穂先の鉄球で顔面がくだかれるかと見えた刹那せつな、ガイアックの身体からだがフッとしずんだ。

 髪の毛を数本引き千切ちぎられながら、ギリギリのところで鉄球をかわすと同時に、ガイアックの二本の木剣が一度にとうじられた。

 顔に向かって飛んでくる二本の木剣のうちからくも一本はけたウパンジャも、もう一本は真面まともに鼻に当たり、盛大せいだいに鼻血がき出した。

「ふぁめるな!」

 恐らく、めるな、と言いたかったのであろうウパンジャは、突き出していた長槍をブンと横に振った。

 ガイアックは横っびにそれを避けたが、ウパンジャは巨体に似合にあわぬ素早すばやさで、第二撃、第三撃と息もかせない。

 木剣を二本とも投げてしまったガイアックは、只管ひたすら逃げ回っている。


 観客席からも不満の声が上がった。

 ウパンジャも、鼻血を流しながら再びニヤニヤ笑いを浮かべている。

「ふぁふぉうめ、ぶひをふてるふぁらだ!」

 阿呆め、武器を捨てるからだ、ということであろう。

 ガイアックは逃げながらもニヤリと笑い、「武器にこだわらぬのが、われの流儀りゅうぎでな!」と言い返した。

 その時、ウパンジャの身体からだがよろめいた。

 ガイアックの投げた木剣の一本をんでしまったのだ。

 一旦いったんり、あわてて上体を曲げて長槍の先を地面に着けた。

 と、ガイアックがポーンと跳躍ちょうやくして長槍の柄を踏み、その反動でさらに大きく跳んで、両足でウパンジャの鼻血まみれの顔面をり上げた。

「ふがっ!」

 仰向あおむけに倒れたウパンジャに馬乗りになって、ガイアックは顔面をガンガンなぐりつける。

 たちまち、ウパンジャの顔がれ上がる。

 すでに気絶しているようだ。


「もう、やめろ!」

 そう叫んだのはウパンジャではなかった。

 審判役である。

 手に短剣を持っていたが、ベットリ血が付いている。

 その時になって、初めてガイアックは背中に激しい痛みを感じたらしく、顔をしかめた。

 審判役は、さらに何度も短剣で突いた。

「な、何故なぜだ……」

 出血で朦朧もうろうとしながら問いかけるガイアックを、審判役は「ウパンジャに大金を賭けてるんだ!」とくるったような目でにらんだ。


 会場中が、何事が起ったのかとザワついている時、大声で呼び掛ける声が聞こえた。

「ゾイア将軍! お気を確かに! あなたは記憶と変身を封印ふういんされているのです!」

 ガイアックが声の方を見ると、前を切りそろえた銀色の髪に、薄いブルーのひとみをし、耳がややとがっている男が、周囲の人間から取り押さえられていた。

「ゾイア、それが、われの、本当の名なのか」

 ガイアックは、いや、ゾイアはそうつぶやくと、グッと身体に力をめた。

 された背中の血が止まり、スーッと傷口きずぐちが閉じる。

 腕や肩の筋肉が岩のように盛り上がり、首も太くなって、ブチッという音と共に首輪が切れた。

 すると、はだこまかな黒点が多数しょうじ、見る間に剛毛ごうもうとなって全身をおおった。

 髪の毛の部分もげ茶色に変わり、たてがみのようになる。

 指先からは鉤爪かぎづめが伸びてきた。

 それに並行へいこうするように、顔がボコボコとふくらみ、あごがヌーッと伸びると、くちびる隙間すきまから大きなきばえ出てきた。

 その口がひらくと、闘技場中にひびき渡る猛獣の咆哮ほうこうがった。


 恐慌状態パニックおちいった会場をけ抜け、獣人と化したゾイアは、銀色の髪の男を助け出し、そのまま疾風しっぷうのように去って行った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガイアックのミステリアスさ、血生臭い戦いなど、印象に残る部分がたくさんあって良かったです。
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