典型的なボーイ・ミーツ・ガール
齧りかけの石鹸を母に投げつけ、僕は玄関の扉を破壊しながらこう言った。
「知ってるか、サメには硬骨がないんだぜ」
驚き戸惑う母を尻目に、颯爽と外世界に飛び出した僕には一つの確信があった。
今日の晩御飯はハンバーグになるだろう。勿論、僕の好物はハンバーグなどでは決してないが、嫌いな人間などこの世に一人としていないはずだった。嫌いな人間は僕が全員殺したから。
竜王谷 婆羅門。それが僕の名前で、僕の唯一の汚点でもあった。なんてたって、・・・平凡すぎる。友達の「無常瓦 激烈公団」君や「اكاديميه فينيكس هول للمساواة」君、それに「山本 太郎」ちゃんなどと比べると、僕の平凡さはやはり際立つ。
「やれやれ、アニサキスによる食中毒が世界から根絶すればいいのになあ」
なんて、メランコリックな感傷に浸っていた僕が曲がり角の向こうから走ってきた女の子の存在に気付くわけもなく、極めてテンプレートな展開ではあるが、僕が持ち得る豊富な語彙でできる限り格好良く表現すると「ガールとスマッシュしてしまった」のであった。
「いてて・・・」
食パンを一斤咥えた少女は外れた顎の関節をもとの位置に戻しながら痛みを訴えた。
けれど衝撃で数十メートル吹っ飛ばされた僕ができることなんてあるはずもなく、僕は僕で全身の細胞を活性化させることで発生するエネルギーをもとに、破裂した臓器の再生を行うことで命をつなぎとめることに必死であった。
ようやくほぼ全ての器官が正常に作動し始めた僕は彼女に近づいて手を差し伸べた。
「もしよかったら、・・・僕にもパンを恵んでくれないかな?」
一瞬、なぜか僕の指を反対側に曲げようとした少女は、差し出した手の意味をようやく理解したのか満面の笑みで答えた。
「大丈夫! あと三斤あるから!」
これが僕と彼女の最初の出会い。その時はこの出会いが世界の命運を左右する大事件に巻き込まれる切っ掛けになるなんて思いもしていなかったけれど、今思えば確かにその予兆はあったのだろう。なぜなら彼女は僕の異能力『全知無悩』をすりぬけて僕と衝突したのだ。
ここで僕は気づくべきであった。しかし後悔ほど意味のない作業はない。どのみち、僕と彼女は出会う運命であった。おそらく、そうだったのだろう。