第六話 ライバル
ベーオウの強さは、正直言ってかなりのものだ。見た目は俺より2つか3つ年上のように感じるが、随分とケンカ慣れした身のこなし。拳を受け止められた時に漠然とだが分かった。今の俺が本気を出して勝てるかどうか……
「お前、リュウって言ったか?もしかしてアルフレッド卿の子息か?」
「そうだけど、今はいいだろ親父のことなんて。さあ、かかってこい!」
しかしベーオウは構えを解き、顎に指を当てて考え込んでしまった。まあお偉方の子供に手を出して厄介なことになるのは目に見えてるからな。
「うーん……あの人怒らせるとこの国にいられなくなるって父さんが言ってたんだよな。ここでお前をボコボコにしてしまうと俺たちの生活が危なくなる。やめておこう」
「あ゛ぁ!?誰がボコボコにされるってぇ!?安心しろよ。俺に負けて泣いて帰ってもお前の親父は仕方ないって許してくれるだろうぜ?」
「……年上には敬語を使えよな」
「ならお前が使えよクソガキ!」
同時に拳を互いの顔に叩き込む。骨同士がぶつかる鈍い音が響く。広場ということもあって通行人が何事かと足を止め始める。
「や、やるじゃねえか……」
「お、お前もな……」
クリーンヒットした拳を首の動きだけで逸らし、滴り落ちる鼻血に目もくれず追撃を放つ。ベーオウも、まるで鏡のように同じ動きをした。
殴り、蹴り、受け、躱す。一発打ち込む毎に、全神経がベーオウに集中していく。ベーオウも同じようだ。
事前に打ち合わせたかのように綺麗な攻防を続け、暫くして堪らず同時に距離を取った。
「人の動きマネしてんじゃねーよパクリ野郎!」
「あ?お前が先にマネしたんだろうが!これだからガキは聞き分けがなくて困る」
短い会話を終え、再びぶつかり合う。取り巻きの奴らは固唾を呑んで見守り、いつしか広場を埋め尽くす程の見物人が俺たちの周りに集まっていた。
「何事じゃ!」
最初のクロスカウンター気味の一撃以外はまともな有効打を与えられずにいると、野次馬の奥から声が響く。騎士団の警邏か。
「チッ……おい。ベーオウとか言ったか?」
「なんだ?」
半分乾いた血を袖で拭い、息を整える。
「俺の親父にバレるとやべーんだろ?続きはまた今度にしてやんよ」
「…………チッ!その口の利き方は気に入らないが、乗ってやるよ。このままじゃ終わらないことは忘れるなよ」
言葉を交わし、ギラついた目でニッと笑う。
警邏の男がこっちに辿り着く前にお互い素早く人混みに入り込んで雲隠れした。こんな時ばかりはちっさくて助かった。
ザワザワと人がひしめく広場を背に、人通りの少ない通りに逃げ込む。
「ったく、ガキのケンカなんざジロジロ見てんじゃねーっつの。暇人共め」
家と家の隙間にあるコの字状になったスペースに腰を下ろす。日光を遮断し続けた壁と地面はひんやりとしていて気持ちがいい。
ふと、両手を開いたり握ったりして感触を確かめる。ビリビリと淡い痺れが残るが、無茶をした時に起こる腕が動かなくなるといったことはなかった。
ベーオウの実力はドジャース達を軽く凌ぐはずだ。それに、強い奴とケンカした時のあの集中力。世界が目の前の敵と自分だけになり、次第に相手しか見えなくなっていくあの感覚。身体は今まで以上に酷使されたはずだ。
なのに、何故……?
「あっ」
俯いて考え事をしていると、正面で小さな悲鳴が上がる。顔を上げると、偶然通りがかっていたリーシャが俺を見つけて立ち止まっていた。
「よぉ、リーシャ」
「ど、どうしたのリュウ!?大変!凄い血が出てるよぉ!」
リーシャは駆け寄り、俺の顔にべっとりと付いた血を拭おうとする。しかし血はすっかり黒く乾き、布で擦っても布先を僅かに着色させるだけだった。
「ちょっと強い奴とケンカしてな。血が出たのは最初だけだ」
「大丈夫なの!?死んじゃったりしない!?」
リーシャは目に涙を溜めて俺の顔を覗き込む。
死ぬ時の出血量はこんなもんじゃないが……まあ子供にはまだ分からないよな。
「安心しろよ。せっかくできた友達を置いて死んだりしねぇって」
俺は立ち上がり、元気なことをアピールする。リーシャもそれを見てほっと安堵した。
「でも、どうしてそんな怪我してるの?やっぱり、ボクなんかと友達になったから?」
「あん?違ぇよバカ」
俯くリーシャの額にデコピンを飛ばす。
「あ痛っ!」
「楽しいケンカがしたかったからやったんだ。お前は何も悪くねえよ」
「楽しいケンカ……?ケンカって痛くて怖いから楽しくないよ?」
リーシャは首を傾げる。ま、ガキにゃ分かんねえよな。リーシャは女だし。
「ま、そういうケンカもあるってことだよ。ところでお前は何してたんだ?」
「うん。なんか広場の方が騒がしかったから見に行こうと思って……もしかして、リュウのケンカのせい?」
当たり。察しがいいのかカンが鋭いのか。
「ま、そういうことだ。騒がせて悪かったな」
「なんか鎧を着た人が一杯いたからあんまり近寄れなかったけどね」
「?多分騎士だと思うけど。なんでリーシャは近寄れないんだ?」
「あ、えと……ボクがハーフエルフ、だから」
リーシャはそう言って再び目を伏せた。
え?まさかハーフエルフってだけで捕まったりすんの?
この世界の人間どんだけハーフエルフ嫌ってんだよ。過ぎたことをいつまでもジメジメと鬱陶しい。んで、そんなこと気にしておどおどしてるリーシャを見てるのもイライラしてくる。
なんとなくで虐げる奴と、力無く俯く奴。
「気に食わねえな」
俺がボソッと呟くと、リーシャの体がビクリと強張る。恐る恐る俺の顔を見る。
「ハーフエルフってだけでよ。誰かを簡単に嫌ってる。嫌われる方も、隅っこに隠れて細々と暮らす。それが気に食わねえ」
やっぱ家出すっかな。というかこのまま家出しちまえばいいか。半分もうしてるようなもんだし。
「ご、ごめんなさい」
リーシャが俺の呟きを聞いてぺこりと頭を下げる。
え?なんで今謝ったんだ?
「えっと、隅っこで細々と暮らしててごめんなさい?」
何故謝ったか分からない顔をしている俺に、リーシャが疑問形で説明する。
「………………ぷっ」
「?」
「あはははは!いいぜ!今の最高だ!そうさ!隅っこでウジウジしてんじゃねえ!お前は何も悪くねえんだから、もっと堂々と生きろ!その方が気持ちいいだろうが!」
予想外過ぎるリーシャのアクションに思わず笑ってしまった。そんな謝り方するような奴、元いた世界にゃいなかったな。謙虚なのか、小心者なのか。いや、両方か。
「う、うん。えへへ……」
リーシャが笑う。なんとなく心が満たされたような感覚。胸のモヤモヤがスッとなくなった。
「さ、帰るか。お前も暗くならねえ内に帰れよ。また、明日な!」
「うん!また明日ね!」
リーシャも何か吹っ切れたように明るく手を振る。
堂々と生きろと言ったが速攻で実践するとは。思ったより行動力ある奴なのかな。
そんなこんなで家路に就く。さて、何て叱られるかな。