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威瀬華位天誠愚連隊  作者: 若気野至利
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第四話 はぐれ者

 


 翌日。俺は朝食を食べながらお袋に外出する旨を伝えた。


「うん……お昼には一度帰ってくること。あまり遅くならないこと。守れるなら、いいわ」


 お袋は言いにくそうだったが渋々承認してくれた。親父の方を見るとウインクを返してきたので何かしら手を打ってくれたのだろう。恩に着る。

 ゴンスケと運動がてら少し戯れてから街へと繰り出す。昨日の一件は特に知れ渡っている様子もなく、昨日よりは大分落ち着いたが道行く人が謙った挨拶をしてくる。鬱陶しいのでそれなりに返し、すぐに人気の少ない道に出た。


「今日はアイツらいるかな?」


 昨日子供達がいじめっ子を囲っていた所に行ったが誰もいなかった。まああれだけコテンパンにされた場所にまた近付こうとする筈もないか。

 辺りを適当に散策し、昼の鐘が鳴ったので家に帰ることにした。


「あっ」


 曲がり角を曲がった所でいじめられっ子の方に出くわした。昨日と同じ年季の入ったバスケットに布が被せてあるのを提げている。


「よぉ。今日は虐められてないのか?」


「……ッ!」


 いじめられっ子は数歩後退って警戒する。そういや昨日は最後にパン盗ろうとしたっけ。


「まあそう警戒するなって。今日はこれから家に帰って昼飯だからよ。何もしないって」


「ほんと?」


 信じるのか。いやでもこいつも5才くらいだし、それくらいの年なら疑わねえか。


「そういや名前聞いてなかったな。俺はリュウ。お前は?」


「…………リーシャ」


「リーシャか。なんか女みたいな名前だな」


 俺がそう言うと、何故か微妙な沈黙が流れた。


「もしかして、女なのか?お前」


 リーシャはこくりと頷く。気付かなかった。だって5才の頃なんて男も女もないもんな。本人もそんなに気にしてないみたいだしあまり触れないでおこう。


「そっか。自分のことボクって言ってたから男かと思ったぜ。ま、改めてよろしくなリーシャ」


 そう言って右手を差し出す。リーシャは俺の手と顔を交互に見て、ゆっくりと手を伸ばした。


「よろしく……リュウさん」


「水臭ぇなリュウでいいよ。俺たちもうダチなんだし」


「ダチ?」


「あーっと。友達ってことだ。最初はイロイロあったからちょっとムシのいい話かもだけどよ」


「友達……」


 リーシャはぽつりと呟いて俯いた。やっぱ冗談めかしてパンを盗ろうとしたのがダメだったか?


「いいの?ボク、ハーフエルフだけど……」


「あ?それがなんか問題あるか?ハーフエルフは友達作っちゃいけねえ決まりでもあんのかよ?」


 だとしたら面倒だな。このファンタジーっぽい世界に色んな種族がいることはお袋の読み聞かせとかで知っていたが、詳しい掟とか常識は全然知らされてない。せっかくのこっちでのダチ1号だと思ったのに。


「ううん!そんなことない!と思う……でも……」


 リーシャはもごもごと言葉を切る。言いたいことがあるならしっかり言えばいいのに。こういうの一番イライラすんだよな。


「あーもう!とにかく俺とお前は友達なの!文句言う奴がいたら俺が黙らせてやる!だから、そういうことでいいよな!な!?」


 両肩をガッシリ掴んで説得する。


「は、はいっ!」


 リーシャも俺の必死の説得が効いたのか勢いよく頷いてくれた。

 腹の虫が鳴ったのでリーシャと一旦別れ、帰宅した。




 ☆




「母さん。ハーフエルフってどんな種族なんだ?」


 昼飯をかっ喰らいながらお袋に訊いてみる。するとお袋は食べる手を止め、俺をじっと見つめた。


「どうしてそんなことを訊くの?街で何かあった?」


「いや、大したことじゃねんだけどよ。リーシャっていうハーフエルフの子と友達になったんだけど、なんか妙に」


 ガタン


 お袋の激しく立ち上がる音に言葉を遮られる。顔を見ると、恐怖と戸惑いの混ぜ合わさったような表情をしていた。


「どう、して……どうしてそんな子と関わろうと思ったの?ハーフエルフなんて、どうしてこの国に?リュウ、駄目よ。そんな子と付き合っちゃ。だって、だって……」


「奥方様。お気を確かに」


 最年長メイドのナタリーがわなわなと震えるお袋の肩を抱く。


「……ひょっとして、ハーフエルフって人間から嫌われてる?」


 お袋の反応と昨日のいじめっ子達の会話からなんとなく察する。

 俺が答えに辿り着いたことで幾分落ち着きを取り戻したお袋が席に座り直し、ハーフエルフについて説明し始めた。


 ハーフエルフとは、人間とエルフの混血(ハーフ)のことで、外見は人間かエルフのどちらかに寄るか中間的な見た目になるそうだ。エルフは小柄で華奢な体躯に尖った耳先が特徴らしい。そう言えばリーシャは髪を伸ばして耳が隠れるようになっていたような。

 何故人間から嫌われているのかというと、異種交配によってそれまで人間が感染しなかったエルフ特有の伝染病に罹るようになったり、エルフ側もまた似たような被害が発生したらしい。当時は治療薬もなく、解毒魔法の効能が発展途上だったため多くの死者や後遺症に苦しむ人が出たらしい。当時はそれを種族の壁を超えるという神に背いた罰として恐れられ、今尚その名残としてハーフエルフが災厄を呼び込む者として人間にもエルフにも忌み嫌われているそうな。


 くだらねえな。


「ふーん。事情は大体分かったよ」


 それだけ言うと俺は食べかけの飯を置いて自室へ向かおうとする。


「待ちなさい!何処へ行くのリュウ?まだご飯の途中じゃない」


「荷物纏めんだ。家出てくよ」


「え……ええええええ!?」


 お袋の甲高い声が響く。ナタリーも目を見開いて驚愕の表情で俺を見た。


「ハーフエルフと関わった俺がいると母さんや家の皆に迷惑かかるかもしれねえんだろ?だったら出てくよ」


「あ、あのねリュウ?お母さんが言いたかったのはそういうことじゃなくてね?」


 あからさまに動揺するお袋。まあまだ5才の息子が1人で家出するなんて言ったら動揺くらいするわな。

 けどな。俺の心中は動揺なんて生易しい感情は全くねえ。表面上は淡々と告げていた俺だったが、段々とハラワタにごった返す熱量を抑えきれなくなっていった。


「分かってるよ。『何も悪いことしてないけどリーシャはハーフエルフだから性格や見た目なんか関係なく仲良くするな』ってことだろ?」


「そ、それは……」


 棘をたっぷり含めた俺の言葉にお袋が狼狽える。母親とはいえまだ若いお袋が少し気の毒に思えたが、それはそれ。


「さっきの迷惑云々は建前だ。俺がこの家を出て行きたいと思ったのは、思ったのはな……」


 自分でもはっきり分かるくらい声が震えている。顎は奥歯を擦り減らす勢いで噛み締められ、両手も爪が食い込んで皮膚が裂けるんじゃないかという程に握り締められていた。別に昨日今日会ったばかりのリーシャを軽んじられて頭に来た訳ではない。


「よく知りもしねえ相手をこんな簡単に見下せるクソみたいな風習に囚われてる奴が家族にいるからだ!俺の初めてのダチを見もしねえで好き放題言いやがって!お袋の言う『そんな子』ってどんなだよ!説明できんのか!?」


 怒気を込めた叫びはその場の時間を停めた。肩で息をして怒りを露わにする俺。ナタリーに支えられてその場に立ち尽くすお袋。


「結局こっちに来ても変わりゃしねえ。はぐれ者ははぐれ者のままってこったな」


 独り言のように呟き、2階の自室へと上がっていった。そんな俺を引き止める者は1人もいない。

 ……参ったな。リーシャ(アイツ)に文句言う奴は俺が黙らせるって約束したばっかなのに。まさか身内から出てくるとは。




 ☆




 私は、間違っていたのかしら……?


「奥方様……」


 居た堪れない様子のナタリーを尻目に、私の胸中では様々な想いが錯綜していた。


『何も悪いことしてないけどリーシャはハーフエルフだから性格や見た目なんか関係なく仲良くするなってことだろ?』


 我が子の言葉が図星に深々と刺さる。

 その通りだわ。反論らしい反論もできない。

 私が子供の頃から教えられ、周りも同じように教わっていたから全く考えもしなかった、なんて言い訳でしかない。ハーフエルフの誕生に際してどれだけの人間やエルフが被害を受けたかなんて、今を生きているハーフエルフ達には何の関係もないじゃない。ましてや罪なんて……


「……様。奥方様!」


 耳元の声にハッと我に帰る。ナタリーが私の両肩を抱いて必死の剣幕で声をかけていた。


「奥方様。心中お察しします。どうかお気を確かに……」


「ありがとうナタリー。私は大丈夫よ」


 ナタリーの細かな気遣いを労い、立ち上がる。

 私はあの子の母親。あの子を正しい方へと教え導かなければならない。私がいつも正しいとは限らない。けれど、正しいと思ったことを曲げてはいけない。私がブレてはあの子が混乱してしまう。さっきは動揺してしまった。今度は毅然とした態度でしっかり話をしないと。

 そう考えている内にいつの間にかリュウの部屋の前に来てしまった。


「……ッ」


 ドアに手をかけ、ごくりと生唾を呑む。ついさっき固めた覚悟が、いざ行動に移そうとした瞬間に容易く霧散する。ドアをノックする手が一瞬躊躇ったように動かなくなる。けれど、行かなければ。

 私は、リュウの母親なのだから。


 コン コン


「リュウ?入ってもいいかしら?」


 返事はない。私もお母様にこっぴどく叱られた時は部屋に閉じ篭って口を利かなかったっけ。そんな時もお母様は優しく、何度も語りかけてくれて……母親って凄く大変なのね。


「リュウ?入るわよ」


 そう言ってドアを開けると、そこには誰もいなかった。


「リュウ?」


 全開の窓から強い風が吹き込む。肌に刺さる冷たさが凶兆を連想させる。窓から外へ出て行った?自分の意思で?それとも……


「リュウ!?何処なの!?リュウ!」


 ベッドを引き剥がしクローゼットを開け放つ。服や荷物は減っていない。本格的な家出ではない。突発的なもの?……誘拐?


「リュウ!!」


 不安を搔き消すように叫ぶ。返事は、なかった。




 ☆




「おーおー騒いでら」


 部屋の窓から飛び降りた俺は家から聞こえてくるお袋の叫び声を聞きながら街へと繰り出していった。暗くなる前には帰ってやるか。約束だし。

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