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威瀬華位天誠愚連隊  作者: 若気野至利
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第二話 強き力は誰が為に



 いじめっ子達との喧嘩は速攻で終わった。

 どいつもこいつも図体だけで喧嘩のやり方も碌に知らなければ根性もない。顔面1発で悉く戦意喪失した。最初にヘッドを叩いたのが効いたのかもな。


「つ、強ぇ……俺らより年下なのに……」


「ヘッヘーン!雑魚雑魚!こんなんじゃ準備運動にも……痛ッ!」


 強がってはみたものの、攻撃に使った両腕が錨にでも繋がれたかのように重い。

 全力で殴った分、腕への負担がハンパなかったらしい。神経が切れたように両腕は意志なくダラリとぶら下がっている。


「あ、あのっ!」


 いじめられっ子がおずおずと話しかけてきた。


「おう!次はテメェだ!パン寄越しやがれ!」


「ヒィッ!」


 いじめられっ子は怯えるように再びバスケットを強く抱え込んだ。


「……って言いてえとこだけどな。今日は勘弁してやるよ」


「?」


 腕がこんなじゃパン一つまともに掴めやしねえだろうしな。

 とりあえず本気出せばこの辺のガキ共に勝てることは分かったんだ。収穫アリだな。


「お前もこんな奴らにナメられてんじゃねえよ。家族の大事なメシなら絶対取られねえように強くなるんだな。そしたら喧嘩してやってもいいぜ。じゃあな」


 動かなくなった両手を辛うじてズボンのポケットに突っ込み。俺は家路に就くことにした。夕方には早いだろうが今日はここまでだ。


「…………あ、ありがとう!」


 いじめられっ子は少し間を空けてから叫ぶように言った。背中で聞いてそのまま別れる。その方がなんか渋くてカッコいいのだ。


「さて、この腕のことなんて説明すっかな」




 ☆




「……よし、誰もいねえな」


 人目につかない道を選んで家の前まで辿り着いた。しかし馬鹿デカい家だけあって出入りしているのは俺の家族だけじゃない。使用人や庭師、メイドもちらほら。幸い、昼下がりの時間帯で忙しそうに出入りする人間はいないが、腕のことをこの内の誰かに知られたらお袋へ直行便だ。今は全員が敵と思ってもいい。家の門の前に立ち、堂々と入る。こういう時は敢えて堂々と帰った方が面倒臭くならないと俺の経験が言っている。


「あら?早かったのねリュウ」


 俺の経験の嘘吐き。直行便どころか地産地消じゃねえか。


「あ、ああ……ただいま」


 いきなりの張本人に思わず顔を背けてしまった。こうなってしまった子の後ろめたさを見逃す母親は世界広しと言えど少ないだろう。


「?どうかした?何か悪いことでもあったの?」


 お袋はそう言って俺の両肩に手をポンと置く。


「〜〜ッ!」


 その瞬間、肩から腕にかけて激痛が走る。両腕が利かない俺は全身をビクンと強張らせた。


「ど、どうかした?どこか痛いの?」


「平ッ……気だよ。ちょっとはしゃぎ過ぎて疲れただけ。少し部屋で休むよ」


 なるべく平静を装って笑顔を見せる。額の汗はこの際大目に見よう。


「そう?それならいいけど……」


 よし!なんとか誤魔化し切れ……


「それじゃあ先に手を洗って来なさい」


 しかし まわりこまれた!

 ここでゴネてもどの道バレる。八方塞がりって奴だな。

 俺は諦めて近所のガキ共との一部始終を話した。


「まあ…………」


 お袋は珍しく絶句し、数秒固まった。

 流石に5才の我が子が近所の子供達をたった1人で叩きのめしてたなんて話、信じられないし信じたくないよな。

 お袋はしばらく考え込んで、雇っている5人のメイドの内俺と最も顔馴染みのメイドに俺を部屋で見張るよう命じた。リン・ナグモという黒髪の若い姉ちゃんだ。物心つく前から何かと俺の世話を買って出てくれている。


「リュウ。あなたの言ったことがもし本当なら、お父さんに相談しなければならないわ。お父さんが帰ってくるまで大人しく待っていること。約束できる?」


 お袋はいつになく厳格な態度で俺に言いつける。普段なら反射的に反抗しそうになる俺だが、お袋の強い眼差しを見て今回は引き下がることにした。


「分かったよ母さん。どの道こんな手じゃ何もできないし」


「お任せ下さい奥方様。リュウ様は私が責任を持って監視させていただきます」


 俺と馴染み深いメイドのリンはそう言って俺を強く抱き寄せた。

 痛ぇっつの。


「お願いねリン。私はお城へ行ってくるわ」


 お袋はパパッと支度を済ませて足早に出て行った。


「さて。今回は一体どんな無茶をなさったのですか坊ちゃん?」


「坊ちゃん言うな!あと痛ぇから離せ!」


 じたばたと暴れる俺を抱き抱えたままリンは俺の部屋に入った。


「とりあえず痛めた箇所を見せてください。軽い怪我程度なら私の治癒魔法で治せますので」


 リンは回復魔法の初歩である治癒魔法が使える。違いは分からんが治せる怪我が多くないらしい。

 リンが俺の右腕に掌を翳して目を閉じる。しばらくすると暖かくて優しい光がリンの手を伝って俺の腕に纏わりつくように広がる。

 骨の内側から針で突くようだった痛みがじんわりと溶け、やがて消えてなくなった。


「ふぅ。お加減はどうですか坊ちゃん」


 右肩を上げたり手を握って開いてを繰り返す。すっかり元通りだ。


「ああ。もうなんともねえ。次は左も頼む」


「かしこまりました。しかし城下町の子供達を相手にお1人で暴れ回られるとは。大っぴらに誉められたことではありませんが、坊ちゃんはきっと将来大きな武勲を上げることと思います」


 リンの誉め言葉に複雑なものを感じて苦笑していると左腕の治癒も終わった。


「ん。サンキュ」


「侍女として当然のことをしたまでです」


 リンは謙って深くお辞儀をする。

 しかしやっぱ便利だな回復魔法。才能無くても死ぬ気で頑張ればチャチいの1個くらい覚えられねえだろうか。


「なあリン。親父が帰ってくるまで暇だし、治癒魔法教えてくれよ」


「……申し訳ございません。リュウ様に魔法を教えることは奥方様に固く禁じられておりまして……」


「あー、そうだったか。スマン」


 多分俺の魔法適正の絶望っぷりに気を利かせてくれたんだろう。主人が禁止するという盾があれば従者も断りやすいって寸法か。

 つーかそういう時だけ畏まった呼び方するなよな。なんか気まずいだろうが。


「どうやら旦那様がお帰りになられたようですね」


 微妙な空気になったところで玄関の方から足音が聞こえる。リンに付いて親父を出迎えた。親父は俺を見るなり険しい顔つきになる。


「……ただいま。大体の話はサラから聞いたよ」


「…………そうかよ」


 ジッと見下ろす親父に対抗心を燃やして俺も親父を見上げるように睨みつけた。


「ああ。腕はもう平気か?」


「リンに治してもらった」


「そうか。じゃあ庭に出ろ」


 親父は手短に伝え、先に庭に出た。お袋は俺と親父を交互に見ながらその場でオロオロと立ち往生している。リンは目を閉じて俺の少し後ろに佇んでいた。家人に任せるってか。

 お袋に目配せして庭に出た。

 庭では軽装に着替えた親父が中央で仁王立ちしている。


「で、なんだよ?」


「ふむ……お前は前々から言葉遣いや素行に注意すべき点があったな。そうした細かいことを放置しておいた結果が今回の騒動の発端だと俺は思ってる」


 あ?


「待てよ。勝手に話進めんじゃねえ。俺は」


「お前のせいじゃない。全て俺と母さんの育て方が悪かったんだ」


 話聞けや。


「だから今日は俺の手できっちり教育を……っと!」


 無言で近付いて膝に向かって繰り出した蹴りはすんでのところで親父にかわされた。


「チッ!」


「ハハッ!中々抜け目ない奴だな!いいぜ!この際ガッツリ躾してやるよ!」


 親父はそう言って犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを見せる。その威圧感に後退りそうになったが、気合いで耐える。ビリビリと空気が全身を叩くかと思わせる程のプレッシャー。どうやらさっきの不意打ちで虎の尾を踏んだらしい。


「上等!」


 親父のプレッシャーを振り切るように叫んだ。

 グリフォニア公国近衛騎士団長アルフレッド・ラインガルド。相手はいきなり特A級。ガキの体でどこまでやれるか試してやる。


「オラァ!」


 思い切り振りかぶって見え見えの右ストレートを顔面に叩き込む。当然親父はそれを難なくかわし、伸びきった俺の腕を掴む。


「いい踏み込みだ。けどまだまだお粗末だな!」


 親父は勢いをそのまま利用して俺を投げ飛ばした。俺も負けじと空中で体勢を立て直して向き直る。


「なるほど。何処で習ったかは知らんが喧嘩の腕は確かなようだ」


「軽く抑えといてよく言うぜ」


 やっぱ一筋縄じゃいかねえな。なら……


「何やってるのアルフ!?」


 家の玄関からお袋の声が聞こえる。親父が「うげ」と呟いたのを聞き逃さなかった。


「いや、これは教育の一環で……」


「どこの世界に5才の我が子に対して闘気を全力で放出する親がいるのよ!いくらなんでもやり過ぎです!」


 お袋がピシャリと言って締め、俺たちの喧嘩は一旦おあずけとなった。


「リュウも、お父さんがどれくらい強いか少しは分かったかしら?お父さんが強いのはね、皆を守る為に必死で努力したからなのよ。だからリュウも強い力を持っているなら誰かを守る為に使いなさい。分かった?」


「…………」


「分かった?」


「うるせーな!分かったよ!ったく、せっかく自由になれたと思ったのによ」


 前のお袋と同じこと言いやがって……


「自由なんて簡単に手に入るものじゃないの。それが身に染みて分かるいい日だったわね。さ!もう日も暮れてきたわ。ご飯にするから2人ともお風呂済ませちゃいなさい」


 お袋がパンッと手を打ってその場はお開きとなった。

 強い力……自由……前いた世界とあんまり変わんねーな。より強い奴が弱い奴らを守るのが正しい。自由には責任が伴う。

 どこも一緒だ。魔法やら何やらが増えたこの世界でも変わらない。


「……つまんねえな」


 俯きながらそう呟く俺を、親父が深刻な眼差しで見ていた。




 ☆




(俺は、父親失格なのかもな……)


 夕暮れの近付いた頃、俺は我が子の背中を見つめながらため息を吐いた。

 リュウが近所の悪ガキ達を懲らしめたと聞いた時はリュウにも正義の心が芽生えたのだと期待していたが、話を聞き進めるに連れて正義とはかけ離れた悪逆非道ぶりを発揮していたことに気付く。

 その時俺は確信した。育て方を間違えたのだ、と。

 魔法適正が全くない人間など滅多にいない。王国の近衛騎士団長として様々な政府要人やその周りの人間を数多く見てきたが、全員が何かしらの属性魔法に対して強い適正があった。中には複数、全属性に対して極めて高い適正を持つ所謂天才にも出会ったことがある。

 そんな中、リュウは全ての才能が皆無。その結果を聞いてしばらくサラは思い詰めたような顔を見せることが多かった。

 俺自身息子の歩む道に落ちた大きな影に対して如何ともし難い状態で接していた。才能ある者がない者に対して投げかける励ましの言葉に何の説得力があるのか。ああ見えてリュウは意外に頭が回る。恐らくどんな励ましも「適正のある奴に何が分かる」と一蹴されるのが関の山だろうと決め付けていた。

 決め付け、あまり刺激しないように日々を過ごしていた。その結果がこれだ。

 どこかで聞いた話だが、子供と接することなく育てている家庭の子供は親の気を引こうとして悪戯ばかりするらしい。

 リュウもその例に漏れなかったのだろう。

 これからは家族の時間についてちゃんと考え直さないと。

 とりあえずは風呂で仲直りだな!

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