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威瀬華位天誠愚連隊  作者: 若気野至利
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第一話 おっ始めようか

 


 閻魔子に異世界行きを言い渡されてからはあっという間だった。

 一度はゴネた俺だったが、とある事実を聞いて事情が変わった。


神崎 直人(かんざき なおと)もその世界にいるわ。まだ生きてる」


 神崎 直人。伝説の一角獣と呼ばれたレジェンドだ。彼の傘下の不良グループは500を超え、総メンバー数6000を超える不良の中の不良。何より一番の特徴は通り名に相応しいビシッと決まったリーゼントヘアー。俺の憧れの人でもある。

 しかしそれは俺が産まれる十何年も昔の話。

 俺が噂を聞きつけた時には既に還らぬ人となっていたらしい。

 そんなレジェンドに会える。喩えるなら戦国武将好きの奴が戦国時代にタイムスリップできるかのような。そんな願ったり叶ったりな世界に行けるというのだ。二つ返事で了承した。

 転生前に閻魔子が何やら不穏なことを言っていた気がするがもう忘れてしまった。

 そんなことより心から叫びたい悲劇が俺の身に起こっているからだ。

 それは…………。


「はいリュウちゃん。ご飯の時間ですよ。いっぱい飲みましょうねえ〜」


 なんで赤ン坊からなんだよッ!

 確かに新しく人生をやり直すとは言ってたが、17で死んだから17からやり直しだと思ってた。

 クソッ!体がまともに動きゃしねえ。言葉もまともに喋れねえし。何が悲しくて見ず知らずの女の乳を吸わされなきゃいけねえんだよ!……絶対嫌って訳じゃないが。

 しかしこの事態は想定外過ぎた。人間こんなに苦しい思いをしてデカくなっていったんだな。生命の神秘って奴を思い知らされたぜ。




 ☆





 そんなこんなで俺は気合で速攻乳離れした。むしろ半年もこんな生活を続けられた自分を褒めたい。

 さて、そんな俺の人生において最大の障害たり得る存在が一つ。


「ほう。リュウはもう離乳食を食べ始めてるのか。こりゃ強い子に育つぞ」


 親父だ。前の人生では親父は俺に対して自由に生きろと言ってくれた。お袋とはよく喧嘩したが、次の日になると仲良くなっていてそれにはかなり感心したっけ。


「俺の後を継いで立派な近衛騎士団になってくれよな」


 そう言って親父はゴツい手で俺の頭をぽんぽん叩く。

 コノエってのはよく分からんが、騎士団となると面倒だ。

 なんとなくのイメージだが、騎士団なんて所謂軍隊と変わりないだろう。つまりは規律だ何だと堅苦しいルールに縛られて生きなければならない。そんなのお断りだ。


「もうあなたったら!いくら騎士団長の息子だからって今から将来を決めてしまうのは早計よ!」


 そう。そうなのだ。

 騎士団長。この親父はその騎士団とやらのヘッドなのだ。

 つまり腕っ節はピカイチ。俺が死に物狂いで体を鍛えたところで親父に反抗するだけの実力を身につけられるかどうか。

 現状の課題はそれ一つに限る。親父を捩じ伏せ、俺は俺の生きたいように生きると宣言しなければ伝説の一角獣に合わせる顔がない。

 だから今のうちから鍛えておかなきゃならない。


「いや!こういうのは早い内が重要だ。ほら、リュウもやる気満々でそこらを這って回ってるじゃないか」


 都合のいいように勘違いしやがって。歩き回れるようになったら覚悟しやがれ。

 そんな決意を胸に俺の乳幼児期は瞬く間に過ぎていった。




 ☆




 5年後。俺は親父に対抗する為の策を練っていた。

 歩ける。走り回れる。喋れる。ちゃんとした物を食える。

 その辺はしっかりクリアできた。庭や家中を走り回ってある程度体も鍛えられてきている。

 しかし相手は王国騎士団長(話せるようになってから知ったが、かなりデカい国らしい)だ。軍隊で言うなら大将とか元帥あたりのポジション。実力は疑うべくもない。というか、庭で素振りしているのを見るが、結構離れたところから見ていても剣の風圧が届く。人間じゃねえ。


「どうしたリュウ?お前も振ってみたいか?」


 親父が俺が凝視しているのに気付いて剣を渡してくる。


「いらねえ。剣には興味ねえんだ」


「そうか。しかしお前には魔法の素養も無かったからな……まあ気長に得意なことを見つけるんだな」


 親父が若干残念そうに言って稽古に戻っていった。

 魔法。この異世界には魔法があるらしい。流石は異世界。そういや閻魔子もそんなことを言っていたような気がしないでもない。

 他人を攻撃する魔法や治す魔法。物にかける魔法なんかもあるらしいが、それぞれの呪文には得手不得手の適正があるらしい。

 この世界にも七五三みたいな行事があるらしく、3才になると長寿に効くという甘草で作ったクソ不味い飴を舐めさせられたり写実魔法とやらが使える画家に晴れ着姿をスケッチしてもらったりした。ちなみにお袋に訊いたら写実魔法なんてものは公的には存在せず、その画家だけが使えるらしい。すげぇ才能だ。

 閑話休題。魔法の一次適正診断とやらを受けてみたところ、俺の魔法適正は全属性絶望的らしい。一次でははっきりとした結果は出ないとか剣の道に進むなら無関係とか色々言われたが、そもそもどっちにも大して興味はない。強いて言うなら回復魔法を覚えておけばいざって時便利だなくらいにしか思わなかった。

 そんなことに俺がショックを受けていると勝手に勘違いしてか、それから両親は俺のやることにあまり制限をかけなかった。親父の書斎に潜り込んで字の読み書きを練習したりペットのゴンスケ(犬)に跨ってロデオごっこしたりしても軽くたしなめるくらいだ。

 そして5才の二次適正診断。結果は変わらず。

 二次は一次と違って9割方方向性が決まるらしい。たった2年で、と思ったが子供の2年というのは中々長く感じたから多分重要な2年だったんだろう。ボケッと過ごしてたけど。


 とまあそんなイベントを挟みつつ、今日俺は新たな世界へと踏み出すのであった。


「じゃあおふ……母さん。俺遊びに行ってくるよ」


 お袋呼ばわりした時は流石に少し怒られたので今日は遠慮しておく。

 5才になり外出の許可が出たのだ。機嫌を損ねる道理はない。


「気をつけるのよ。空が赤くなったらすぐに帰ってきてね?」


 お袋はそわそわと俺の周りを確認し、ポケットに小遣いとハンカチを入れたり服の襟元を正したりした。


「……じゃ、行ってきます」


 完全に坊ちゃんの初めてのお出かけだ。間違っちゃいないけど。

 なぁに敷地を出ちまえば俺は自由なんだ。ほんの少しの我慢。


「嗚呼!偉大なる女神アリシア様!どうか息子に加護を……」


「うるっせえな!何もねえからいつも通りにしてろよ!じゃ!」


 いい加減嫌気が指して戸を強く閉める。

 一呼吸し、扉を背に駆け出した。


「ひゃっほう!」


 自由。自由だ。これが自由。

 5年もお預けを食らっていた自由の味を噛み締めるように俺は街の中を駆け巡った。煉瓦造りの道は凹凸が少なくて走りやすい。少し走って振り返ると我が家が見えた。かなりデッカい。

 そしてそんな我が家を見下ろすかのようにその奥に聳え立つのが王城らしい。

 やっぱ外はいい。新しい発見ばかりだ。


「おお!アルフレッド様のご子息であらせられるリュウ様だ!」


 アウトドアを堪能していると、どこからか声をかけられた。


「おおあれが!父上に似てなんと毅然としたお姿なのだ!」


 ……え?


「確か今年で5才になられたと聞くが……」


「なんと!僅か5才だというのにお1人でお出かけになるとは!」


 街行く人々は俺を見る度にどよどよと騒ぎ立てる。確かに5才っつーと幼稚園とかに通ってる頃だから1人で外出ってのは珍しいと思う。

 けどいくらなんでも騒ぎ方が大袈裟過ぎないか?

 親父は国の騎士団長らしいけど、その息子ってだけでこうも注目されちゃ堪ったモンじゃない。

 俺は居心地の悪さから人通りの多い場所を避け、静かな道へと辿り着いた。


「ふぅ。こんなんじゃオチオチ遊びにも出られねえな」


 適当な建物の陰に入ってしゃがみ込む。人通りは少ないが道路はしっかり舗装されていて治安が悪い感じはしない。個人的には目つきの悪い奴らがたむろしてるくらいがちょうどいいんだが。


「ーー……!」


 一息ついていると遠くから人の声が聞こえた。何やら騒いでいるようだが、視界に映らないところを見ると俺のことではないだろう。声のする方に近付き、少し聞き耳を立ててみた。


「コイツ……の癖に人様のパンを持ってやがるぜ!」


「……にゃ勿体ねえご馳走だ!俺たちが代わりに食ってやるよ!」


 なんだ、ただのカツアゲか。前いた世界じゃ普通のことだったし。

 ……ちょっと覗いてみるか。


「薄汚えハーフエルフ風情が人間様の食いモンに触るなよな〜!」


「う、うぅ……」


 交差点の角から顔だけ出して見てみると、体躯の大きい子供達がバスケットを抱えている……少年?少女?とにかくガキを囲うようにして立っていた。


「さっさと寄越せよ!俺たちゃ育ち盛りだからいっぱい食わなきゃダメだって母ちゃんが言ってたんだからよ!」


 一際体の大きい奴がそう言ってバスケットを強引に引ったくろうとする。


「や、やめて!これは僕のだけじゃなくて、お母さんと妹達の分で……」


「知ったことかよ!ハーフエルフに食わせる飯なんざこの街にゃねえんだよ!木の実でも齧ってろ!」


「あ〜、もしもしチミ達?」


 俺が声をかけると、全員が一斉に振り向いた。


「なんだよお前?見ない顔だな」


「良かったら僕チンも混ぜてくんない?ちょうど小腹空いてたんだ。なんでもするからさ」


「ああ?なんで見ず知らずのテメェなんか……」


「待てよ。コイツにパンを奪わせりゃいい。なんかあったら全部コイツがやったことにすれば俺たち無実だぜ?」


「確かに。よ〜しじゃあ新入り。お前、コイツからパンを奪え。この大事そうに抱えてるバスケットに入ってっからよ」


「ッ!」


 少年(僕って言ってたし)は必死にバスケットを抱え込むが、小さな体ではどうやっても庇い切れない。

 俺は手を伸ばし、バスケットの持ち手に手をかけて引っ張った。すると重量感のあるバスケットは簡単に少年の手から引っぺがせた。


「よし!よくやった新入り!俺はドジャースってんだ。この辺の子供達は皆俺の子分なんだ。お前も可愛がってやるぜ」


 なるほど。こいつが親分か。


「うぅ……ぐすっ……」


 啜り泣く少年を脇目に、ドジャースと名乗った小僧の前に歩み寄る。


「ヘッ!さあそいつを寄越しな!」


「…………」


 俺は無言でドジャースにガンを飛ばす。


「あ?なんだその態度は?いいから大人しく……」


「やなこった。くたばれ」


 右手を振りかぶり、ドジャースの顔面に思いっきり拳を叩き込んだ。


「ぶげっ!」


 ドジャースは鼻血を噴いて仰向けに倒れ、そのまま気絶する。


()ッ!」


 右拳がビリビリと痛む。多分甲の皮が少し剥けてやがるな。


「ドジャース!この野郎何しやがる!」


 取り巻き達が俺を囲って臨戦態勢に入る。

 片手じゃ流石にマズイか。


「おいお前!これ持ってろ!」


 俺はドジャースが倒れたのを呆然と見ていたいじめられっ子の少年にバスケットを投げ渡す。


「えっ!わっ!」


 少年はわたわたとお手玉をしながらなんとかキャッチする。


「さあて、おっ始めようか!」


 この世界に産まれて5年半。初めての喧嘩に血が滾っていくのを感じた。

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