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きみに似合う服2


 (けい)さんの視線を辿ると、そこはアクセサリーが置いてあるコーナーだった。

 そこは先日わたしが陳列をしたところで、アクセサリーの並ばせ方や見せ方を悩んで作ったところだった。ゆかりさんがわたしに初めて任せてくれた仕事でもあったので、気合を入れて作った。

 そんなコーナーをじっと見ている馨さんにどきどきしてしまう。

 ファッションに拘りがある馨さんだから、なにか気になる点があるのではないかと、そわそわする気持ちを抑えて、努めて普段通りに話しかける。


「お待たせしました、タオルです」


 そっと馨さんにタオルを差し出すと、馨さんはありがとうと言いながらタオルを受け取り、濡れた髪を拭く。その間も、ちらちらと視線がアクセサリーコーナーの方に向いていた。


「……このコーナーが気になりますか?」


 馨さんの様子が気になって我慢できなくなったわたしは、思い切って聞いてみた。

 いったいどんな反応が返ってくるのだろうかと、胸が痛いくらい高鳴る。


「そうだね……なんか、変わったなあと思って」


 やっぱり変だったのだろうかと気落ちしかけたわたしに、馨さんは朗らかに話を続けた。


「変わったっていっても、悪い意味で言ってるわけじゃないよ。ちょっと新しい感じの見せ方だなって、感心してた。良い意味で松田さんらしくなくて、それがまたいいよね」


 心から感心したように言う馨さんの言葉に、わたしは先ほどとは違った意味で胸が高鳴った。

 ……どうしよう。すごく嬉しい。

 あの馨さんに褒められたのだ。これって、とてもすごいことなんじゃないだろうか。


「もしかしてさ……ここのコーナーを作ったのって、ももかちゃん?」

「え……? どうしてそう思ったんですか?」


 不思議に思ってそう問いかけると、馨さんはにっこりと笑った。


「俺の勘。……って言いたいところだけど、さっきも言った通り、あまり松田さんらしくない見せ方だし、なにより俺が褒めたあとの君の顔を見れば、ねえ……」

「ええっ⁉ そ、そんなにわたし、顔に出していましたか……?」

「まあ、結構出ていたかな」


 そんな嘘だ……。でも馨さんは嘘をついているような感じではない。

 ものすごくショックを受けているわたしを馨さんはくすくすと笑う。


「素直なことはいいことだと思うよ」

「……笑いながら言われても全然説得力ありません……」

「あはは、ごめん」


 だから、笑いながら言われても困るんですってば。

 そんな思いを込めて馨さんを見ると、笑いのツボに入ってしまったのか、馨さんはお腹を抱えて笑い出す。まったく失礼だ。

 馨さんを放って置いて仕事をしようかとも思ったけれど、馨さんはお客さんでわたしは店員だ。なにも言わずにお客さんから離れるのはまずいだろう。そう考えて、わたしはムッとしながらも、笑っている馨さんを見続けた。


「あー……笑った。俺、久しぶりにこんなに笑ったかも」

「……それはよかったですね」

「あれ、ももかちゃん、怒った?」

「別に怒ってないです」

「怒った顔をしているけど」

「気のせいじゃないですか」


 ツンとわたしが顔を逸らすと、馨さんは困ったように頬をかいた。

 別に、本当に怒っているわけではなくて、ちょっとムッとしているだけなのだ。これ以上馨さんを困らせるのも悪いと思い、わたしは逸らした顔を戻し、明るい声で馨さんに話かける。


「……そういえば、テレビでツアーをやっているって聞いたんですけど、ここへ来ても大丈夫なんですか?」


 わたしから話しかけると馨さんはあからさまにほっとした顔をした。


「ツアーはこの間終わって、今はようやく落ち着いたところ。そろそろ服も新作入っているんじゃないかと思って来てみたんだよ」

「そうだったんですね。お疲れさまでした」

「ありがとう」


 馨さんの笑顔はとても優しい。会うたびに思うことだけど、馨さんの顔立ちとか雰囲気が優しくて癒される。きっと、馨さんの人格が現れているんだろうなあ、とぼんやりと思う。


「ツアーの衣装は馨さんが考えているんですよね」

「そうそう。俺、服が好きだから。この曲にはこういう衣装で、メンバーにはこんな感じが似合うのにな~って常々思っていたら、じゃあそれで衣装作ってみればいいんじゃないって言ってもらえてさ。ありがたいことにそれ以来、衣装担当させてもらっています」


 全部ってわけじゃないんけどね、と馨さんははにかんで、でも少し誇らしげに言った。

 そんな馨さんをわたしは素直にすごい、と思う。わたしも服は好きだけど、あくまでも服を見ているのが好きなだけで、デザインだとかこうすればいいのにというアイデアとかはまったく思いつかない。

 テレビでちらりと見たツアーの様子の中の馨さんたちはとても格好良かった。


「馨さんって、すごいですね」

「え?」

「だって、歌って踊れて衣装まで作れるなんて……すごいです!」


 わたしは歌も上手じゃないし、踊れもしないし服だって作れない。いくつもできることがあるって、すごく素敵で格好いいことだと思う。だから素直にわたしはすごいと言ったのだけど、馨さんはどこか戸惑った様子だった。


「……いや、歌って踊れるのはアイドルなら当然だし……衣装だってデザイン考えているだけで俺が作ってるわけでもないし……俺よりすごい人はたくさんいる」

「デザイン考えられるっていうだけですごいことだと思いますけど……だって、他の人はデザインとか考えないでしょう?」

「そうかもしれないけど……俺は服への拘りが強いから……」

「それだって立派な長所だと思います!」


 なぜか弱い口調で言う馨さんに若干イラっとしたわたしは、きっぱりと言い切った。

 一人一人にあった服をデザインするのって、すごく大変なことだと思う。馨さんは生地にだって拘っているという。それだって、すごく考えて選んでいることだろうし、思う通りの生地を探すのだって大変なことのはずだ。

 それなのに、馨さんはたいしたことじゃないかのようにいう。それは謙遜というよりも、どこか後ろ向きな考えで言っているように感じて、わたしは余計にイラついてしまった。

 しかしそのせいで、いつもよりも強めの口調になってしまい、わたしは反省する。


「ご、ごめんなさい……! 偉そうなこと言ってしまって……」


 慌てて謝ると、馨さんはちょっと困った笑みを浮かべた。


「……俺の方こそごめん。弱音吐いちゃって。……ももかちゃんの言葉、すげえ嬉しい」


 ありがとね、と頬を掻きながらはにかむ馨さんに、どきりとしてしまう。

 なんだか見てはいけないものを見てしまったかのような、そんな感じがする。


 少し気まずい雰囲気が漂いつつも、わたしと馨さんがぽつりぽつりと会話を続けていると、ゆかりさんが帰ってきた。


「ただいまぁ。帰るときに雨ちょうど止んでラッキーだった……──あれ? 馨くん来てたんだ。いらっしゃーい」


 明るいゆかりさんのお陰で、さっきまで漂っていた気まずい雰囲気は消えた。

 ゆかりさんってすごいな、とわたしは改めて思った。


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