過去での新たな生活4
「馨くんは私が店を開く前からの付き合いでね。あ、付き合いって言っても変な関係じゃなくて、馨くんはファッション関係が好きだからその関係で知り合ったんだけど、彼とは話が結構合って、この店を開くときにもいろいろアドバイスをしてもらったの」
「いやいや。俺はたいしたこと言ってないですよ。むしろ、俺の方がいろいろしてもらってるし」
気安く話をする二人からは確かな絆を感じた。
おばあちゃんに芸能人の知り合いがいたなんて知らなかった。教えてくれればよかったのに、と思うけど、それでこそおばあちゃんだとも言える。
「で、なんの用だっけ、馨くん」
「今度、ツアーやることになったんですよ。その衣装に合うものないかなーって見にきたのと、松田さんをちょっと揶揄いに」
「私を揶揄いに来たとはいい度胸だ、青年」
「いや嘘ですすみません」
怖い顔をして見せたゆかりさんにケイさんは慌てて真顔を作ってゆかりさんから距離を取る。そしてわたしの方を見て、「この人、見た目に反して凶暴だから気をつけて」と小さな声でアドバイスをしてきて、わたしがその言葉に吹き出したのと同時に「聞こえているんですけど」というゆかりさんの声がした。
「地獄耳……いやなんでもないですごめんなさい」とケイさんはゆかりさんにもう一度謝ったあと、わたしを見て「それで、彼女は?」とゆかりさんに尋ねた。
「ああ……彼女はうちのお客さん。服を見ている間に気分が悪くなっちゃって、奥で休んでもらっていたの」
「へえ、松田さんのお客さん」
改めてまじまじとわたしを見つめたケイさんにわたしはもじもじとする。
ケイさんはアイドルという職業をしているだけあって、とても整った顔をしている。格好いいというよりも、どちらかというと可愛い印象が強いけれど、彼は紛れもなくイケメンの部類に入る。そんな男性にじっと見つめられたら照れてしまう。
「あ、その服可愛いっすね。松田さんの店の服?」
「い、いえ……これはおばあちゃんが作ってくれたもので……」
「あれ? 違った? てっきり松田さんの作ったものだと思ったんだけど……でも、おばあさん、とてもセンスいいですね」
「でしょでしょー! 私も同じこと思った!」
「いやいや。なんで松田さんがそんな自慢げなんですか」
ケイさんはすかさずツッコミを入れたけれど、ゆかりさんは完全にそれを無視した。
わたしはそんな二人のやりとりに笑おうとして──ぽろりと温かいものが頬を伝った。
「え……?」
突然涙を零したわたしに、ケイさんはものすごく焦った顔をして、「どうしました? もしかして俺、なにか気に障ることを言っちゃいました⁉」とわたしに尋ねる。
そんなケイさんにゆかりさんは「あー、馨くん泣かせたー」と揶揄い、そんなゆかりさんにケイさんは「うるさい!」と怒る。
わたしは慌てて涙を拭い、笑顔を作る。
「ご、ごめんなさい、突然泣いちゃって。わたしは大丈夫です。この服のことを褒めてもらえて嬉しくて、涙が出ちゃっただけなんです」
「そうですか……? なら、よかった」
ほっとしたような顔をするケイさんにわたしは申し訳なく思う。
自分で思っているよりもどうやらわたしは弱っているらしい。これ以上迷惑をかける前に帰るべきだろう。
そう考えてわたしはそろそろお暇すると伝えると、二人は揃って申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんねえ、あんまりゆっくりさせてあげられなくて」
「なんか、気を遣わせちゃってすみません」
「いえ、お二人とお喋りできて楽しかったです。あの……また来てもいいですか?」
「もちろん! ももかちゃんならいつでも大歓迎だから! あ、そうだ。美味しいケーキ屋さん、ここの通りをまっすぐいって最初の交差点の右角にあるから、ぜひ行ってみてね」
「はい! また今度行ってみます。いろいろとありがとうございました」
「こちらこそ来てくれてありがとう。またね」
「はい、また」
ぺこりとわたしは二人に頭を下げて店を出ようとしたとき、不意にケイさんがわたしの名前を呼んだ。
「──ももかちゃん!」
「はい……?」
振り返ったわたしにケイさんはにこりと優しい笑みを浮かべた。
「またね」
「え……? あ、はい、また……」
彼は芸能人だ。わたしよりも忙しいのだし、もう会うことはないだろう。
そう思ったけれど、わたしもまた、と返す。ぎこちなく頭を下げて、わたしは今度こそお店を出た。
家に帰って、なんとなしに備え付けのテレビをつけた。
するとそこには、先ほど会ったばかりのケイさんの姿があって、わたしは驚いてリモコンを落としてしまった。
『来月からアリーナツアー始まります。今回のテーマは──』
明るい笑顔でツアーの話をするケイさんと三人の男性。きっとケイさんのいるグループのメンバーだろう。四人とも系統の違うイケメンで、たくさんの女の子が彼らに熱をあげているに違いない。
そんな人たちのうちの一人にわたしは会って話までできたのだ。これってすごいことなんじゃないだろうか。
そんなことを思いながら、先ほど会ったばかりのケイさんの姿をぼんやりと眺めていた。
そして知ったケイさんの名前の漢字を見て、女の子みたいな字だな、と思った。