縮まる距離、越えられないもの1
季節は移り変わり、もうすっかり夏だ。じめじめとした梅雨は例年よりも早く開け、カラッとした晴天が続いている。昼間の気温は三十度を超す日が続いていた。
日も長くなり、日が沈むのも遅くなってきた。昼は蝉の鳴き声が響き、暑さを強調させるようだった。
夜は昼に比べて気温が下がるとはいえ、それでもまだ暑い。ちょっと歩いただけで汗が出てきてしまう。
その汗をこまめに拭いながら、わたしは馨くんに教えてもらったお店へと急いでいた。
時間に余裕を持って家を出てきたつもりだったけれど、それよりも先に馨くんから『先に店に入っているね』というメッセージを受け取り、待たせるわけにはいかないと足を速めた。
馨くんに指定されたお店は、少し奥まったわかりづらいところにある場所で、辿り着くまでに時間がかかってしまった。お店を見つけたときは、心からほっとした。
お店の前で少し乱れた髪を整えてお店に入ろうとすると、「あったあった! 絶対ここだって!」という、明るい声が聞こえて、わたしは思わず振り向く。
そこにはタクシーから降りてきた三人の男性がいた。その三人の顔を見て、わたしは固まってしまった。なぜなら、わたしはその三人の顔を見たことがあったからだ。
三人のうちの、先頭を歩いていた人がわたしに気づき、にっこりと笑った。
「君もこの店に入るの?」
「え……あ、は、はい。そうです……」
一瞬、わたしに話しかけられたことに気づかなくて、わたしは答えるのに一拍遅れてしまう。
反応の遅いわたしに構うことなく、彼はわたしに話しかけてくるけれど、その内容は全然頭に入ってこなかった。
なぜなら、わたしの目の前にいる三人は、馨くんの所属するグループのメンバーだからだ。
なんでSNOWの三人がここに? とか、こんな偶然ある? とか、わたしの頭は混乱していた。もしかして、馨くんに聞いてきたのだろうか、とも思ったけれど、それだったらきと馨くんは前もって言ってくれる。そういう気遣いは欠かさないのが馨くんだ。
じゃあ、なんでここにいるの? という疑問が再び浮上したけれど、わたしはその疑問の答えを知らない。
わたしはどうしたらいいんだろう、と途方に暮れていると、店の扉が開き、店の中から馨くんがひょっこり顔を出した。
馨くんはわたしを見るとにっこりと笑い、そしてわたしの目の前にいる人物を見て固まった。
「え……は? なんで洸がももかちゃんと一緒にいんの?」
それはわたしが聞きたいです。
そう答えたかったけれど、それよりも先にわたしに話しかけてきた彼──松下 洸介さんがにこにことした顔で馨くんに話しかけてきた。
「やっほ、馨! ほらね! おれの勘って、すごいでしょ~!」
「ほんと、洸の勘すごいわ……」
「野生児だ……」
自慢げに振り返り、後ろにいた三人に松下さんが話しかけると、榑林 慎介さんと野田 紘希さんが、感心しているとも呆れているともとれる微妙な発言をした。
「やっほって……まさか、俺のこと追いかけて来たの?」
いつになく低い声をして言った馨くんに、榑林さんは焦ったような顔をし、野田さんは我関せずという風に顔を逸らし、松下さんは馨くんの機嫌なんて気にしてないかのように明るく答えた。
「だって、気になったんだもん♡」
「『気になったもん』って……あのさぁ……」
馨くんは出かかった言葉を飲み込む代わりに深いため息をひとつ吐いて、わたしを見て謝った。
「ごめんね、ももかちゃん。こいつら、勝手についてきちゃったみたいで……」
「いえ、その……来てしまったものはしょうがないですし……」
残念だけど、わたしはここで帰った方がいいだろう。
馨くんと一緒にごはんを食べるのはすごく楽しみだったけれど、仕方ない。きっとこれもわたしへの罰に違いない。
そう思って「じゃあ、わたしは帰りますね」と言って帰ろうとしたわたしに、きょとんとした顔で松下さんが声をかける。
「え? なんで? おれたちと一緒にごはん食べる流れでしょ、これ」
「え……? でも、わたしが一緒だと迷惑じゃ……」
「……むしろ迷惑なのはこいつらだけど」
ぼそっと呟いた黒い馨くんの発言に、榑林さんが「ごめん、本当にごめん。洸介を止められなくて本当に申し訳ない」とへこへこと謝りだす。野田さんは相変わらず我関せずといった感じだ。ある意味、この人すごいなと思う。
「三人が帰れば問題ない。だから今すぐ帰れ」
「そんなつれないこと言わないでよ、かおるちゃ~ん」
「『かおるちゃん』言うな!」
「本当に帰れよ!」と怒り出した馨くんにわたしは「お、落ち着いて……? ね?」と宥めるように話しかける。
それが功を奏したのか、馨くんは大きく息を吸い込んだあと、わたしを見てもう一度謝った。
「……本当に申し訳ないんだけどさ、洸介は一度言い出したら聞かないから、こいつらも一緒でいい?」
「わたしは全然構わないけれど……いいの?」
「ももかちゃんさえ良ければ。そもそも、突然押しかけてきたのはこいつらだし、文句は言わせないから」
怖い顔して三人を見た馨くんにわたしは乾いた笑いを零した。
馨くんを怒らせたら怖いんだな……怒らせないように気をつけよう。
そんな決意を固めた瞬間だった。
馨くんはあらかじめ予約をしてくれていたようで、わたしたちは個室へと案内された。二人から五人と人数が増えても、問題はなかったようだ。
個室へ案内される間も馨くんは不機嫌そうで、そんな馨くんにわたしと榑林さんはおろおろするのに対し、松下さんと野田さんは気にしていないようだった。
この三人の中では、榑林さんと一番話が合いそうだなと思った。
個室に案内されてから、わたしはどこに座ればいいんだろうと悩んだ。
わたしがもたもたしていると、馨くんがわたしの手を引っ張り、「ももかちゃんはここ」と奥の席にわたしを座らせ、自分はその横に座った。
その距離が思いのほか近くて、どきどきしてしまう。
わたしの目の前に松下さん、その隣に榑林さん、野田さんと座る。目の前に座った松下さんは、隣に座る馨くんとは真逆にご機嫌そうで、にこにことしてわたしを見ていた。
「知っているかもしれないけど、自己紹介するね。おれは松下 洸介。馨の大切な仲間でーす! そして隣にいるのが榑林 慎介、さらに隣が野田 紘希」
「榑林です。今日は突然すみません」
「……野田です」
「野田 ももかといいます。SNOWの皆さんとこんな風にご一緒できてすごく光栄というか……なんだか現実味がなくて……」
テレビでよく見る人たちが目の前にいて喋っている。馨くんや誠一さんのときもそうだったけれど、すごく不思議な感じがする。
「ねえねえ! 野田さん……っていうと、紘を他人行儀に呼んでいるみたいな気がするから、ももかちゃんって呼んでもいい?」
「は、はい……」
「ももかちゃんって学生? 馨とはどこで知り合ったの?」
ぐいぐいと質問してくる松下さんに押され気味になりながら、わたしは言える範囲で答えた。
「えっと……大学生なんですけど、今ちょっと休学中で……馨くんとはわたしのバイトしているお店で偶然知り合ったんです」
大学生だというのも休学中というのも本当だ。大学には家の事情で一年間休学すると申請してある。だけど、ここで大学名を聞かれたらちょっと困る。わたしの通う大学はこの時代には存在していない。その前身の大学はあったはずだけれど。
わたしの心配に反し、松下さんは「そうなんだ」とこの話についてはあまりつっこまなかった。そのことにほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあさ、普段馨とは──」
「──洸介。ももかちゃんに根掘り葉掘り聞く前に、なにか言うことない?」
明らかに不機嫌な声音で言った馨くんに、さすがの松下さんも気まずそうな顔をする。
「……勝手に押しかけてごめんなさい」
押しかけた自覚はあったらしい松下さんは、わたしと馨くんを交互に見て、しょんぼりした顔をして謝った。それはまるで叱られた子犬のようで、仕方ないなぁとつい許してあげたくなってしまう。
「ほんとだよ。次やったら容赦しないからな」
馨くんはいまだに険しい顔をしているものの、結局は許してあげるようだ。そんな馨くんに榑林さんと野田さんもほっとしたような顔をして、「俺たちも洸を止められなくてごめん」と謝り、馨くんは「洸介が言い出したら聞かないのわかっているから」という。
本当にこの四人は仲が良いなあ、と微笑ましくなった。




