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きみに似合う服5


 約束の日まであっという間だった。あれこれと考えているうちに、気づいたら約束の日になっていて、時間の速さに驚いた。

 その日はバイトの日だったので、いつもよりもそわそわしてゆかりさんのお店に行き、仕事中も落ち着かなかった。そんなわたしの様子になにかを察したのか、ゆかりさんはにやにやとして「若いっていいねぇ」と年寄りのようなことを呟いた。

 ゆかりさんに揶揄われながらバイトを乗り切り、わたしはそのまま約束のお店に向かった。いつもよりも気合の入った服装のわたしにゆかりさんはにまりとした笑みを浮かべていたけれど、それに気づかないふりをして「お先に失礼します」と言って帰った。


 服装はさんざん悩んだ結果、前に(けい)さんに選んでもらったワンピースを着ていくことにした。それに、馨さんに教えてもらったお店で買ったアクセサリーを組み合わせ、自分なりに精一杯のお洒落をした。

 いつもお洒落な馨さんにどう思われるか心配だし、馨さんと一緒にいるところを見られて騒ぎになったらとか、心配事はいくつもあるけれど、それ以上にわたしは緊張していた。緊張しすぎて心臓はドキドキではなくバクバクといっているし、手も若干震えている。


 馨さんとはSNSで毎日やり取りをしているけれど、実際に会って話をするのとSNSでのやり取りをするのでは、緊張感が全然違う。SNSのやり取りも最初こそ一つ返事をするのにすごく悩んだ。段々と慣れて今では随分気安くやり取りができるようになったけれど、だからといって実際に会ったときに同じようにできるかと言われれば、答えはノーである。


 何度も深呼吸を繰り返しながらお店に向かっていると、携帯がメッセージの受信を知らせる音を鳴らす。携帯を確認するとメッセージの相手は馨さんだった。馨さんの名前にどきりとしながらメッセージを読むと、仕事で少し遅れそうだから先に店に入っていてほしい、という内容だった。わたしはそれにわかりましたと返事をして、携帯をそっとしまう。

 どうやら心を落ち着かせる時間が増えたらしい。

 そのことに喜ぶべきなのだろうかと少し複雑な気持ちになりながら、事前に教えてもらっていたお店に入って馨さんの名字を名乗ると、店員さんは個室の部屋に案内してくれた。


 馨さんが予約を取ってくれたお店は、落ち着いた雰囲気の居酒屋のようだった。レストランだと言われても納得できそうな雰囲気のお店である。

 わたしは案内された席に座り、身だしなみの最終確認をしてほっと一息ついたとき、馨さんが「遅くなってごめんね」と言ってやってきた。

 馨さんの声にどきりとして顔をあげると、馨さんは申し訳なさそうな顔をしていた。


「俺から誘ったのに遅れるとか、ほんとありえないよね。ごめん」

「いえ! お仕事大変なのわかっていますから、気にしないでください」

「……ももかちゃんなら、そう言ってくれそうな気がしてた」


 ありがと、と柔らかく微笑んだ馨さんにわたしの心臓が暴れ出す。

 静まれ、と心臓を必死に宥めていると、馨さんはわたしをまじまじと見つめた。


「その服、前に俺が選んだやつだよね?」

「は、はい、そうです……」


 なにかおかしなところがあっただろうかと不安になっていると、馨さんはにこっと笑顔になった。


「やっぱり! うん、似合っている。そのアクセも可愛いね」


 お洒落な馨さんに褒めてもらえて、すごく嬉しい。だけど、それ以上に「可愛い」という単語にドキドキしてしまう。

 落ち着け、わたし。可愛いのはわたしじゃなくてアクセサリーだから!

 そう自分に言い聞かせて、冷静を装って「これ、前に馨さんに教えてもらったお店で買ったんです」と答える。


「ああ、あそこか~。あそこ、どうだった?」

「アクセサリーも可愛くて、それ以上に可愛い服がいっぱいで、服選ぶのにすごく悩みました……」


 あそこのお店は本当にどれもこれも可愛くて、お店ごと服を買い取りたいくらいだった。結局そのお店でトップスとガウチョパンツを一着ずつ購入した。

 そのときの苦渋の決断を思い出して、思わず力を込めて話をすると、馨さんはくすくすと笑いを零す。ちょっと力を入れすぎたかも、とわたしが顔を赤くするのと同時に、馨さんは「ごめん」と謝った。


「別にももかちゃんがおかしくて笑ったわけじゃなくてさ……なんか、可愛いなあって思って。まあ、とにかく気に入ってもらえてよかった」


 再び馨さんの口から出た「可愛い」という単語にどきりとする。

 今回はアクセサリーじゃなくて、わたしのことを指して言っているのだとわかるから、余計にドキドキしてしまう。

 黙り込んでしまったわたしになにを思ったのか、馨さんはぽつりと「今日、やっぱ誘ってよかった」と呟いた。

 馨さんの呟きに、思わず馨さんの顔を見つめると、目が合う。そして馨さんは優しく笑った。


「アプリでやり取りするのも楽しいんだけど、やっぱももかちゃんとちゃんと会って話がしたくなってさ。あと、この間借りたタオルを返したくて誘ったんだけど……正直、断られるかもって思ってたから、今日来てもらえてすげー嬉しかった」


 にこにこと本当に嬉しそうに話しながら、「あのときはありがとね」と茶色い小さめの紙袋を差し出した馨さんに、やっぱり断らなくてよかったと心から思いながら、紙袋を受け取った。


「俺の仕事は特殊だし、ももかちゃんにいろいろ気を遣わせちゃうかなとも思ったんだけど……どうしても会いたくなって。松田さんのとこ行けば会えるんだろうけど、あの人いると揶揄ってくるから」


 馨さんの言葉に、わたしも「ああ……」と納得する。確かにゆかりさんはそういうところがある。特に最近はなにを思ってなのか、よくわたしに馨さんの話を振ってきたりする。


「……とりあえず、なにか頼もっか」


 メニューを手にして馨さんがそう言ってくれたので、わたしは頷く。

 馨さんと話しているうちに、あんなにガチガチだった緊張は随分と解けていた。


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