きみに似合う服4
家に帰ってそのままベッドに寝転んだ。そしてそのまま携帯を操作し、アプリを起動させると、一番上に馨さんの名前があった。馨さんの名前をまじまじと見て、連絡先を交換したのは夢じゃなかったと実感する。
ぼんやりと携帯の画面を眺めていると、軽快な音と一緒に携帯が震え、メッセージを受信したことを告げる。メッセージの相手は馨さんだった。
その内容はゆかりさんのお店で話すものと変わりなくて、なんだかほっとした。今から仕事だという彼に、お仕事がんばってください、と返事をして携帯を閉じた。
芸能人である彼と気軽に連絡を取れるようになったことがとても不思議で、現実味がなくてふわふわとした心地になる。
そのままぼんやりと天井を眺めていると、今度はタブレットの方が鳴り出し、わたしは慌ててタブレットを手に取る。
清水さんからの電話のようだった。
「もしもし」
『野田さんですか? 担当の清水です』
久しぶりに聞いた清水さんの声だけど、なぜか久しぶりに感じず、わたしは内心首を傾げた。
「はい、そうです。お久しぶりです」
『ご無沙汰しております。過去でのお時間はいかがでしょうか? 楽しんでおられますか?』
「はい、毎日とても楽しいです。あっという間に一年が過ぎてしまいそうなくらい」
過去に来てから、ずっと楽しかった。きっとゆかりさんがわたしに優しくしてくれてるからだろう。ゆかりさんには感謝してもしきれない。
『そうですか。それは、よかったです。なにか、困っていること等はございませんか?』
「いえ、特には」
『それを聞いて、安心しました。野田さんから連絡がないので、どうされているかと少し気になっておりまして……楽しんでくださっているのならよかったです』
「あ……すみません。毎日目まぐるしくて……連絡をするのをすっかり忘れていました」
『いえいえ、新しい生活でいろいろとお忙しいことは十分わかっておりますので、無理に連絡をいただく必要はありません。ただ、個人的に俺が気になっていただけで』
最後に茶目っ気たっぷりに言った清水さんに、わたしはなんと答えたらいいか迷い、無難に返事をすることにした。
「そうなんですか……? あの……気にしてくださってありがとうございます」
『それが俺の仕事ですので。なにか気になることがありましたら、いつでもお気軽に連絡ください。あ、気になることがなくても連絡してくれてもいいですよ。むしろ、連絡いただけると個人的に嬉しいです』
「えっと……じゃあ、今度はわたしから連絡しますね」
『野田さんからの連絡、楽しみにお待ちしております。それでは、良いお時間をお過ごしください』
「ありがとうございます」
清水さんとの通話を終え、馨さんと連絡先を交換して浮かれていたわたしは、水を被ったかのように冷静になれた。
わたしはここの時代の人じゃない。今、親しくさせてもらっている人と、一年後にはお別れをしなければならない。
それのことを忘れていたわけではないけれど、清水さんとの通話で改めて認識させられたような心地だった。
馨さんと、一年後にはさよならをしなければならない。
そう考えたとき、胸がずきんと痛む音がした。
★
連絡先を交換して以来、わたしと馨さんのやり取りはずっと続いていた。馨さんはわたしが好きそうなお店を見かけるたびに連絡をくれた。馨さんから教えてもらったお店はどれもわたし好みのものばかりで、わたしの好みはすっかり馨さんに把握されているようだ。
教えてもらってばかりでは申し訳ないと、わたしは馨さんの好きそうなお店を探すのが日課となった。いろんなお店に入るたびに、ここは馨さんが好きかな、と馨さんの好みのことばかり考えて、そんな自分に笑ってしまう。だけど、今の自分がわたしは決して嫌いではないのだ。
行く先々で考えるのは馨さんのことばかりで、最初は誤魔化せたけれど、今ではもう誤魔化しきれないほどに、わたしは馨さんに惹かれる気持ちを抑えることができない。
わたしのこの想いは決して叶うことのないものだとわかっている。彼はアイドルだ。わたしより可愛い人にも綺麗な人にもたくさん出会うことができて、なにより、女の子たちに夢を売るのが仕事の、わたしとは住む世界の違う人。そしてそんな自分の仕事を大切にしている、真面目で優しい人。そんな人と思いが通じることなんてきっとない。
それに、わたしと馨さんでは住む時代が違う。わたしは彼にとって未来の人で、わたしにとって彼は過去の人。一年後にはわたしは自分の時代に戻らなければならない。
だから、わたしはこの想いを大切にしまって、馨さんとは仲の良い友達でいることに決めていた。どれほど優しくされても、心を動かされても、わたしは決してこの想いを彼には伝えない。
──そう、決めたのだ。
そんな矢先だった。彼から『ごはん食べに行かない?』と誘われたのは。
わたしはその返事をどうしようかと真剣に悩み、結局『行きたいです』と返事をしてしまった。
馨さんのことを考えるのなら、そしてこれ以上好きにならないようにするためには、断るべきだった。だけど、わたしはどうしても馨さんと一緒に食事をしてみたかった。これが最初で最後だから、と自分に言い訳をして、そのお誘いに乗った。
馬鹿だな、と自分でも思う。しかし、その反面、食事をしに行く日が楽しみで仕方がない。
さっそくクローゼットを開いて、どの服を着ていこうかと今から悩む。気が早いかな、と思いながらも、わたしの頭の中は当日のことでいっぱいだった。




