きみに似合う服3
ゆかりさんは二人で話していたわたしたちを見て、にやにやとした笑みを浮かべた。
「へ~ほ~二人ともすっかり仲良しだね~。いやあ、私もうちょっと遅く帰ってくればよかったなぁ。ごめんね、気を遣えなくて!」
「へっ⁉ い、いえ、そんなんじゃ……!」
「俺たちそんなんじゃないですから。それに、ももかちゃんに彼氏いたら悪いでしょうが」
慌てて否定するわたしに便乗するかのように馨さんが言う。
彼氏なんていないけれど、もしこのことで馨さんに迷惑をかけてしまったら申し訳ない。彼は女の子たちに夢を売るアイドルなのだ。わたしのような平凡な人間には到底釣り合わない存在だ。
そう自分で考えて、ちくりと胸が痛んだ。
「『ももかちゃん』ねえ……?」
二人で否定しているのに、ゆかりさんのにやにやは止まらない。
そんなゆかりさんに馨さんは苦虫をかみ殺したような顔をしている。
「前から疑問だったけど、なんで名前呼びなの? 君、女の子は徹底して苗字呼びじゃない」
え、そうだったの? と、わたしが驚いて馨さんを見ると、馨さんは呆れた顔をしてゆかりさんを見ていた。
「なんでって……俺が彼女の名字を知らないからですよ」
「聞けばいいじゃない。そんな機会いくらでもあったでしょ」
「それは……タイミングを逃して……」
段々と馨さんの口調が弱まる。
確かに、一度名前で呼んでしまったあとに名字で呼ぶのはおかしいかもしれない。
「タイミングねぇ……ま、これくらいでいいにしてあげる。あ、そうそう。ももかちゃんに彼氏いないから、そのへんは大丈夫」
「大丈夫って……」
呆れて言葉を失う馨さんを支援するためにわたしも口を開く。
「全然大丈夫じゃないですよ! 立花さんはアイドルなんですから!」
そう言ったわたしにゆかりさんと馨さんはぽかんとした表情をした。
あれ? わたし、なにか変なこと言ったかな?
「……ふ、ふふふ……ももかちゃんに心配されてますけど、馨さん?」
「いや……うん、とてもありがたいです……」
笑いを堪えたようなゆかりさんとは対照的に、馨さんは微妙な顔だった。
やっぱりわたし変なこと言ったのかな……?
「えっと……もしかして、わたし変なこと言いました……?」
「いや……変なことっていうか……」
「年下の女の子に気遣われて居た堪れないだけだよね」
「松田さん……!」
言いにくそうにしている馨さんに覆い被せてゆかりさんが言う。そんなゆかりさんを馨さんは睨むけれど、ゆかりさんはけろりとしている。
馨さんは諦めたように首を振ったあと、わたしを見てちょっと困ったように笑った。
「……本当は俺が気をつけなくちゃいけないことで、ももかちゃんが気を遣う必要はないから。でも、俺のこと心配してくれて嬉しかった。ありがとう」
「いえ……その、なんかごめんなさい……」
わたしが言ったことは余分なことだったようだ。反省して謝ると、馨さんは優しい笑顔で「謝らないでよ」と言ってくれる。馨さんの笑顔はとても安心する。好きだなあ……としみじみと思ったところで、ハッとする。
なに思っているの、わたし! ああ、いや、これは馨さんの笑顔が好きって意味で、深い意味があるわけじゃない。うん、そうだ。だから、気にしない、気にしない!
そう自分に言い聞かせている間に、ゆかりさんと馨さんはいつものように軽快な会話を交わし続けていた。
「せっかく仲良くなったんだから、二人とも連絡先交換したら?」
「え……?」
突然のゆかりさんの提案にわたしは戸惑う。
馨さんはアイドルだ。軽率に連絡先を交換していい人じゃない。馨さんの方を見ると、少し困っている様子だった。だからわたしから断ろうと口を開きかけたとき──
「あの、わたしは別に──」
「──いいっすよ」
「え?」
まさかの了承だった。
わたしが驚いて馨さんを見つめると、馨さんはにっこりと笑う。
「せっかくだし、交換しよっか」
「え……でも、迷惑じゃ……」
「……まあ、普段は連絡先の交換とかしないんだけどね。でも、ももかちゃんいい子だし、話していると楽しいし、なにより松田さんのおすすめだから」
「おすすめ……?」
「あ……いや、こっちの話。うん、とりあえず交換しよう」
急に焦った馨さんに疑問を思いながら、わたしは自分の携帯を取り出して、馨さんと連絡先を交換する。この時代ではSNSのアプリで連絡を取るのが主流で、馨さんとの連絡もSNSでのやり取りが主になるだろう。
交換し終えると、さっそく馨さんが『これからよろしく』とアプリからメッセージを送ってきた。わたしもそれに『こちらこそよろしくお願いします』と返し、ひとまず携帯をしまう。
「ももかちゃんに似合いそうな服とか見つけたら連絡するね」
「あ……じゃあ、わたしも、美味しいケーキ屋さん発見したら連絡します!」
馨さんは甘党なのだ。特にケーキが好きなんだとか。しかし、辛いものも好きらしく、激辛と書かれているものを見かけるとつい手に取ってしまうらしい。辛いものは好きだけど、あまり得意ではないのだと聞いた。
「若いっていいねえ」
黙って聞いていたゆかりさんがぽつりと呟く。
それに馨さんがすかさず「いや、だからそんなに年変わらないでしょ」とつっこんだ。
それから少しして馨さんは帰っていった。
馨さんはお客さんの少ない時間帯を狙ってきているので、お客さんが来る時間帯には帰ってしまう。
その帰り際に馨さんはわたしにタオルのお礼を再び言って「洗って返すから」とタオルを持って帰ってしまった。このタオルはわたしの私物だから、わざわざ洗って返してくれなくもいいと言ったけれど、馨さんは悪いからと引かなかった。なので、わたしが折れた。
心の片隅で、これで馨さんに会う口実ができたと喜ぶいやらしいわたしがいて嫌になってしまう。
自己嫌悪に陥っていると、ゆかりさんがやってきて「私がいない間、馨くんとなに話してたの?」と楽しそうに聞いてきたので、馨さんと交わした会話をかいつまんで話した。
「へえ……馨くんが弱音をねえ……」
意味ありげに呟くゆかりさんにわたしが首を傾げると、ゆかりさんは茶目っ気たっぷりな表情を浮かべた。
「あのね、馨くんは他人に弱音を吐かない子なの。馨くんが弱音を吐いたなんて、びっくりしたわぁ」
あの馨くんがねぇ、と感慨深そうに呟くゆかりさんの台詞を聞きながら、わたしの頭には困ったように笑う馨さんの顔が浮かんだ。




