プロローグ
わたしのひいおばあちゃんが亡くなった。
現在、平均寿命が百歳に近い日本だけど、おばあちゃんはその平均寿命よりも十年長く生きた。おばあちゃんの死因も老衰で、最期は眠るように安らかに、家族が見守る中で息を引き取った。
わたしもその場にいたけれど、おばあちゃんはとても満足そうな微笑みを浮かべて天へ旅立ったように見えた。だからきっと、おばあちゃんはなんの悔いもなかったんだろう。素敵な人生だったと、笑って逝った。
ひいおばあちゃんとわたしの関係はといえば、曾祖母とひ孫というよりも、親友と呼べるような間柄だった。昔からわたしとおばあちゃんは大の仲良しで、お母さんに言えないことも、誰かに話すのを躊躇うようなことも、おばあちゃんになら話せた。
いつも明るくて笑顔が絶えないおばあちゃん。見た目も性格もとても若くて、そんなおばあちゃんがわたしは大好きだった。わたしにとって、誰に紹介しても恥ずかしくない、自慢のおばあちゃんだった。
そんなおばあちゃんが亡くなる少し前、わたしに言ったことがある。
「ねえ、ももちゃん。時間旅行に行ってみたくない?」
ももかというわたしの名前もおばあちゃんがつけてくれたものだという。漢字を使わず、ひらがなで『ももか』と書くわたしの名前が、わたしは大のお気に入りだ。
「時間旅行? なんで突然……」
その時のわたしは、唐突なおばあちゃんの言葉に戸惑った。
わたしが生まれて少しした頃、過去へタイムワープできる技術が確立し、誰でも過去へ行くことができるようになった。
今でこそ当たり前だけど、その当時は大騒ぎだったらしい。なにせ、過去へ行くことはできないのでは、と言われていたのが覆ったのだから、あちこちで大騒ぎなるのは仕方のないことだと思う。
その技術を求める人が殺到して、警察沙汰になることも多々あったとか。
そんな時間旅行だけど、行く人は限られてしまっているのが現状である。確かに時間旅行は誰でも行くことができる。しかし、行くためには莫大なお金が必要になるのだ。そのため、一般人にはとても手が出ない。時間旅行なんて行くのはお金持ちだけだ。
そのうえ、過去に行くにはさまざまな制限がかけられる。なぜなら、過去への干渉は慎重にならざるを得ないからだ。
もし、過去を変えてしまったら、それが例えほんの些細なことだとしても、わたしたちの“今”にとってはすごく大きな変化となり、最悪の場合、多くの人が“いなかったこと”になってしまうかもしれない。
だから、過去へ行くときは過去へ干渉しても大丈夫なギリギリのラインを見極め、行動しなくてはならない。そのため、過去へ時間旅行をする人はさらに少ない。
「時間旅行に行くことができるとしたら、行きたい?」
にこにこと、わたしの大好きな笑みを浮かべて聞いてくるおばあちゃんに、わたしは戸惑いながらも、おばあちゃんに嘘はつきたくなくて、わたしは正直に答えた。
「そりゃ、行けるなら行ってみたいよ」
でも、無理でしょ、と続けようとしたわたしの言葉は、おばあちゃんのとても嬉しそうな声にかき消された。
「そう……うふふ。じゃあ、私がももちゃんを時間旅行に連れて行ってあげる。だから、楽しみにしていてね」
「え……う、うん。楽しみにしてるね……」
ご機嫌なおばあちゃんにわたしは曖昧な返事をする。正直なところ、わたしはこのおばあちゃんの言葉をこれっぽっちも信じていなかった。
だって、時間旅行にはすごいお金がかかるのだ。百歳を超えたおばあちゃんにそんな大金があるとは思えなかった。
ところが、おばあちゃんは至って本気だったらしい。
そのことを知ったのは、おばあちゃんの遺言からだった。
なんとおばあちゃんは、死ぬ前にしっかりと時間旅行の手続きを済ませていたのだ。それも、わたしの名前で。旅行代もしっかりと支払いを済ませてあり、旅行の日はおばあちゃんの命日からちょうど三カ月後で、一年間滞在するような契約になっているのだという。
あまりの準備のよさに、わたしは思わず呆然としてしまった。そして複雑な心境のまま、旅行者の証だというリストバンドを受け取った。
リストバンドが入っていた封筒の中には、おばあちゃんからの手紙が入っていた。
手紙なんてものを見かけなくなって久しい昨今だけど、おばあちゃんの綺麗な字で書かれた手紙はとても温かくて、手紙ってこんなにいいものだったんだって思えて、涙が出た。
ももちゃんへ、と始まった手紙は、おばあちゃんらしい、とても明るい内容だった。
『ももちゃんへ
サプライズプレゼント、驚いた? ももちゃんに喜んで貰うために、おばあちゃん頑張ってみました!
時間はおばあちゃんが勝手に決めちゃったけど、許してね。できれば時間旅行に行ったら若い頃の私に会ってほしいな。きっと仲良くなれると思うから。
ももちゃん、きっとあなたはその時間で、たくさんの素敵な出会いがあるわ。だから、ももちゃんはももちゃんのしたいように、真っ直ぐに進んでね。
時間旅行から帰ってきたら、おばあちゃんに旅行のお話、聞かせてね。楽しみにしてる。
ゆかりより』
おばあちゃん。旅行の話、する前にいなくなっちゃ、だめじゃん。
そう思ったけど、それがまた、実におばあちゃんらしくもあって、わたしは泣き笑いをした。おばあちゃんはとても変なところで抜けてる、おっちょこちょいだった。遺言に書いたのは、念のために書ておいただけなんじゃないだろうか。
わたし、変な顔していると思うけど、今だけは許してほしい。今まで泣くの我慢してたから。だって、泣いたらおばあちゃんが悲しむもの。だけど、こんな変な顔なら「泣くか笑うかどっちかにしなさいよ」って笑ってくれる。
ねえ、おばあちゃん。
わたし、過去に行って昔のおばあちゃんに会ってくるよ。それで、昔のおばあちゃんと今よりももっと仲良くなってくる。おばあちゃんが嫉妬するくらいにね。
だからおばあちゃん、過去でまた会おうね。