対魔砲少女戦線 その4
本日の同時投稿3本目。
読み飛ばしにご注意を。
本日の投稿は以上となります。
昨日を含めて4本投稿しておりますので、読む順番にはお気を付けください。
かつて、歌うのが好きな少女がいました。
彼女は施設でもよく歌い、周りの誰からも上手い上手いと持て囃されました。
しかし怪物が現れてから、少女の生活は一変しました。
少女は怖いおじさんに連れていかれ、言うことを聞かなければ酷い目に遭わされるようになりました。
やがて少女は喋らなくなり、その心を他人に開くことはなくなりました。
……ひとり、不思議なおじさんが居ましたが。
でもおじさんは何をするまでもなく、少女を監視するだけ。
話さない少女に、それでもなお、話しかけてくれる不思議な人。
少女がそんな不思議な人と一緒に行動するようになってしばらくした時。
広い公園で迷子になってしまった時に、ナンパという行為にあいました。
少女は知らない人に話しかけられたらとりあえず逃げなさいと、そう教わっていたので逃げようとしましたが、それはナンパというにはタチの悪いものでした。
しかしそこに、見知らぬ青年が現れ、少女を助けました。
少女はお礼も言うことができず、更にはそこに不思議なおじさんが現れて、青年と殴り合いを始めてしまいました。
……そこからどうなってか、何度も共に食事をするようになりましたが、少女には詳しい事は分かりません。
でもそれは。その時間だけは。
少女にとっては、久しぶりの平穏な時間で。
無くしたくないなと、少女は思いました。
そこから更に時は流れて。
少女にとって辛い日々は、クスリによって考える暇も与えられませんでしたが。
ぼんやりと、冴えぬ頭で歌っていると。
不思議と、頭に直接割り込んでくるような、そんな歌声が聴こえてきて。
いつもの聞き慣れた、好きな歌だと。
でもどこか、違う歌だと。
なんだろうと考えようとしても、少女の思考は纏まらず、ぼんやりと歌い続けるだけ。
(──本当に、それでいいの?)
でも不意に、頭のどこかで違う声が聞こえて。
(今の貴女には分からないかもしれないけれど、ここが正念場なんだよ?)
声はだんだんと大きく、ハッキリと聞こえるようになり。
「私の好きな……貴女の好きな歌は、今の貴女が歌っているものではないでしょう?」
そう言われてようやく、少女は意識を取り戻したのでした。
◇
「──駄目、止まってぇ!」
不意に少女……椎名が叫んだ。
でもそれは、何とか長く引き伸ばした歌の切れ目で。
少女の魔砲は既に完成していて。
純白の光線が、少女より放たれる。
それは触れたもの一切を消却する、破壊の閃光。
その光線の先には、椎名がずっと憧れたアイドルがいて。
「いや、嫌! 止まって! 誰か止めてよ……!」
無常にも椎名の手を離れた魔砲は、一直線に伸びていく。
「任された」
だがひとり、射線上へと割って入る影がある。
それは、全身を黒い鎧に包んだ一人の男。
「君の願い、確かに聞こえたよ」
黒雷だった。
◇
「悪いなヴォルト、付き合ってもらって」
「今更よ、そんなの。精一杯サポートはするわ」
黒雷は強面の漢を吹き飛ばした時点で、魔砲発動には間に合わない事を悟っていた。なので、近付くよりも魔砲を迎撃する方向へとシフトし、ギリギリ射線上へと割ってはいる事ができたのだ。
後は、この魔砲をどうやって迎撃するかだが。
一応の策は用意してある。最悪は射線上の全員が緊急脱出する事も含めて、念入りに準備を重ねたのだ。
「轟雷、簡易召喚!」
まずは第一手。デブリヘイム『マザー』に使用した最終決戦用の巨大杭打ち機の、専用の杭のみを召喚する。
その杭は怪人スーツよりも頑丈で、内部に大量の炸薬を仕込んでいるため、魔砲を中から爆散させようというのだ。
「射出!」
杭を磁力の力で操作し、魔砲の中心部を狙って打ち出す。
その杭は確かに内部へとエネルギーの奔流を掻き分けて到達し炸裂したが、威力の減衰はできても消滅させる事はできなかった。
「2本目!」
効果が見込めそうならば、2本目を。ここまでは打ち合わせ通りである。しかしこれでも、閃光は止まらない。
「アイギス!」
ここで新兵器の登場である。
それは、アイギスと名付けられた巨大な大盾。
轟雷と同じように空中へと召喚されたそれは、自らを支えるように周囲へと杭を打ち込み、堅牢な城壁を思わせる姿へと変貌する。
デブリヘイム『マザー』の大鎌を加工して作られたそれは、確かに消滅のチカラを拮抗し、本流だけは抑えることに成功したが。
「きゃああ!」
「イオナ!」
大盾で拡散したチカラの一端が、イオナ達のステージへと迫る。
今この場で、その閃光に対して間に合うような行動を取れる者はいない。
彼女達は強制脱出させれば助かるだろうが、事情を知らない椎名には、彼女の魔砲が憧れのアイドルを消滅させてしまったように映るだろう。
それでは、せっかく取り戻した彼女の心がまた壊れてしまう。
「ヴォルト!」
「お人好し」
たった一言だが、確かに二人は通じあった。
黒雷の全身をヴォルトの電流が駆け抜け、思考を、肉体を加速させる。
それは下手をすれば後遺症を残しかねないほど危険な行為だが、なりふり構っている余裕はない。
「──────!」
それは閃光を放ち、地を駆ける黒き雷。
あらゆる障害物を避け、瞬時にトラックの前へと辿り着いた黒雷は、右腕に溜めていた電力を解放し。
「オラァ!」
消滅の閃光を、真正面から殴りつけた。
「うがぁぁああああぁぁぁぁあああぁぁー!!」
電力によって被膜のような物を構成しているので直接触れているわけではないが、それでもなお拮抗する力強さに、一瞬で体内をボロボロにした黒雷の方が負けそうになる。
弾けたチカラの一端とはいえ、元々は怪人スーツすらボロボロにするような威力だ。ここで押し負けては、腕の一本くらい簡単に持っていかれるだろう。
だがそれでは意味が無い。
「……ごめんなさいね、ツカサ。私も結構振り絞っているのだけれど、これが精一杯みたい……!」
ヴォルトも珍しく弱音を吐いているので、これ以上の助力は無理と考えるべきだろう。
かといって、ここからどうすれば助かるかなんて、もはや黒雷に手段は残されていないのだが。
(いや……手はある)
内心で黒雷はひとつだけ思いつく。
しかしそれは、今まで一度も成功していない手段ではあるのだが、それでも今試さずしていつ試すというのか。
(心を内側に向けて、チカラを湧き出させるイメージで……)
右腕は未だにせめぎ合っている中、心は別の場所に向ける。それがどれほど難しいかは今まさに実体験中だが、四の五の言ってる暇はない。
(一欠片だけでいい。……俺に眠るチカラというものが、本当にあるのなら!)
椎名を、助けてやりたい。
──ポっと、心に火が灯った気がした。
「う、お、お、おお、おおおおおお!」
黒雷は、心にその火を宿したまま拳へと全霊を掛ける。
それに答えるかのように、黒雷の全身へと走っている金色のラインの内、右腕に伸びている物だけがベルト側から徐々に赤みを帯びていき。
それが右の拳へと辿り着いたその瞬間、閃光を押し返し腕が振り抜かれた。
打ち返された閃光は、しかし消滅する事無くまっすぐに飛び、運悪く直線上へと来ていた大陸マフィアを乗せた船を貫通し、消える。
ちょうど海面との境目を撃ち抜かれた船に対応する術はない。どう頑張っても着岸の前に沈むだろう。
一石二鳥である。
「よくやってくれたっス! ささ、早く椎名ちゃんの首輪を外すっスよ!」
全ての余波が消え去ったところで、見たことも無い女性が椎名を連れて黒雷の横へと現れた。
口調からして、彼女が協力者として名乗り出たクノイチなのだろうか。
詮索は後である。
「はい、壊したわよ。これでもう爆発の心配はないわ」
仕事の早いヴォルトの手により、椎名の首輪爆弾は解除された。
それで気が抜けたのか、椎名は崩れるように気を失ってしまったが、クノイチ? の女性によって支えられ、ステージトラックへと運び込まれていく。
これでもう、なんの憂いもない。
決着の時である。