対魔砲少女戦線 その1
遂に神奈川県のとある港へと、大陸から大型船が密航してきたという報告が届けられた。
自由時間を満喫し、作戦後もまた休日を約束されている戦闘員達の士気は十分に高い。既にその大多数が現地入りしている彼らは、夜闇に紛れるように目標のいる港へと急ぐ。
「では、我々も出発します。道中揺れますので、お気をつけて」
「了解です。お互い、頑張りましょう」
ツカサ達の乗る特別製のトラックも、他者に遅れぬようにと発進する。
事前にある程度の避難誘導や道路規制が行われた為、彼らを遮る物は何もない。
「さぁて、待ってろよォ……」
久々に黒雷へと変身できたツカサは、ようやく黒幕のツラを拝める事への謎の興奮を抱えながら、同時に椎名の身を案じつつ、トラックの荷台で揺れに身を任せるのであった。
◇
とある港の周囲は静まり返っていた。
港というのに船は一隻も停まっておらず、打ち寄せる波が立てる音のみが周囲へと響く。
しかし、人がいないワケではない。
春日井夜一郎忠文派。つまり、現総長の下で甘い汁ばかりを啜ってきた幹部連中や、彼らの子飼いの兵隊達がこの場に詰めているのだ。
彼らは待ち人が来るまで港を占拠し、思い思いに過ごしている。
ある者は黒塗りの車の中で高そうな葉巻を咥え、ある者は港の入口を警戒し、すぐ側に隠した銃火器をいつでも手に取れるように意識している。
「……ムサイ光景っス」
そう呟くのは、獅子身中の虫たるクノイチ。
彼女は今、霧崎の姿を借りて椎名の様子を監視するようにと命じられている。
監視とは言っても、椎名のすぐ側で水でも飲みながら待機しているだけだ。久しぶりに再会した彼女は既にどこまでも従順で、反抗らしい行動を一切見せない。
もしもの際の切札として、春日井にいい様に扱き使われるようになった椎名には、既にその顔に表情と呼べる物がまったく見えないのだ。
一体どのような教育をされたのか、房中術も身に付けているクノイチの身としては察して余りある状況ではあるのだが、今は何もしてやれない。
彼女の行動ひとつで、文字通り彼女のクビが爆弾で吹っ飛ぶ可能性があるのだ。その首輪のリモコンは春日井自らが握っている為、手出しはできない。
「……待ってるっスよ、椎名ちゃん」
彼女は先程と同じく、誰にも聞かれないように口の中だけで呟く。
そう、理由は多々あれど、彼女は結局、椎名という不遇な少女を哀れんでしまったのだ。
幸いにも首に爆弾を付ける事をされなかったのだから、逃げようと思えば逃げられる。それをしなかったのは、単純に椎名と他の気のいいおじ様達を助けてやりたいと願ってしまったが為。
分不相応な願いだとは分かっている。本来ならば、個人のチカラで大規模な組織に敵うはずがないのだ。
それを叶える事ができるのは、ヒーローと呼ばれる一部の者達のみ。
今の彼女に、そんな力はない。だが、なければ借りればいいのだ。
日本という国を、この半年ほどで5割以上も制圧した悪の組織ダークエルダー。
未だにその戦力は未知数で、先のデブリヘイム事変ではその力を大いに振るったらしいが。自衛で精一杯だった者からすれば、この短期間で日本中に溢れるほどいた昆虫モドキ達をどのようにして退治したのかは結局分からず終いであった。
そんな彼らに、彼女は助けを乞うた。
一度、椎名が消滅させてしまった公園で敵対に近い行為を見せてしまったため、対価としてどれほどのモノを要求されるのかはわかったものじゃないが。
それでも、彼らならやってくれるだろうと、妙な期待感はある。
「オイ、船が見えたぞ! 出迎える準備をしろ!」
考え事をしていると、一人の男が待ち人の到来を知らせに来る。
この出迎えには春日井本人も出張るため、護衛として椎名が呼び出される。つまり必然的に霧崎に化けている彼女にも動けるという指示があるわけで。
「よし、椎名。……向かうぞ」
「………」
椎名は喋らない。元々喋ることは無かったが、最近は頷く事すらしなくなった。
仕方が無いので、手を引いて連れていく。
椎名の手を触れても一切の反応をせず、ただなすがまま。
(霧崎のダンナが、まだ動ける状態でいてくれたらなぁ……)
椎名を唯一支えようとしていた霧崎は、彼女が自らの手で腹を刺し、椎名の魔法で吹き飛ばしている。ダークエルダーの連中が助けていたとしても、まだ動ける状態ではないだろう。
助かっていてくれないと困るのだが、その辺りはもう祈るしかない。
そうして、彼女は椎名を連れて男の前に立つ。
「うむ、ようやく来たか」
その男の声はヤケに野太く、力強い。
「お待たせしました、春日井様」
そう言って、霧崎の姿をした彼女は見上げる。
そこにいるのは、齢80歳を超えながらも衰えを一切見せない偉丈夫。
見た目だけならまだ40代と言っても通るであろう容姿に、今でも鍛えているであろう、スーツの上からでも見て取れる筋肉。そして尚更目立つのが、その2mを超えた身長。
本当に一世紀近い年月を生きたのかと疑いたくなるような、そんな存在が、春日井夜一郎忠文なのである。
「……椎名、お前はワシの護衛だ。ワシが命令したらすぐに魔法を撃て」
彼は椎名達を一瞥すると、そう言い捨てて海へと向き直る。
彼の興味は既に椎名達にはないようで、部下に用意させた椅子にどかりと座り、腕を組んで目を瞑った。
(命令したら、ねぇ。それって、『例え味方が射線上にいても』って、言外に言ってるも同然じゃないっスかねぇ……)
彼にとっては、全てが自分にとっての駒なのだろう。役に立つ者は取っておいて、必要になればいつでも切り捨てる。
上手いこと周囲を騙し、成り上がった野心家。
それが成功し続けてそれなりに規模のデカいヤクザの総長となり、今はそれすらも捨てて更なる組織に取り入ろうとしている。
彼が一体何を目指しているのか、それを知ろうだなんて彼女は微塵も思わないが。
そんな物思いに耽っていると、ふと誰かが周囲を見渡し、告げる。
「……ん? おい、なんだよありゃあ……?」
この場の誰もが海へと注目したところで、港を囲むように続々とトラックやら黒タイツが現れてヤクザ共を囲い込んでいた。
それはもはや、人混みではなく壁だ。
夜闇に紛れ、全身黒タイツの戦闘員達が一言も発せずに彼らを囲んでいる。
「ほう。ダークエルダーが報復に来たのか? ……くく、この戦力を前に、か?」
春日井という男は、この期に及んでなお嗤う。
そんな自信がどこから来るのか、彼女には理解できない。
雇われという立場なのもあるが、単純に彼のご自慢の戦力が直接動いた場面を見た事がないのだ。
椎名の魔法は確かに凄いが、彼女は『歌う』という動作を挟む必要がある。その間を埋めて余りある戦力を、彼は保有しているというのだろうか。
「悪いがウチのは霧崎ほど甘くはねぇ。ワシの邪魔をするなら、まとめて消えてもらうだけだ。……上客を迎える前に、ゴミは綺麗に掃除しておかなきゃなぁ」
春日井は日本最大の悪の組織を敵とも思っていない。まさか本当に、ダークエルダー以上の戦力を用意しているのだろうか。
(いやいやいや、ただのヤクザがどうして……)
「やれ」
彼女が考える隙もなく、火蓋が切って落とされた。
決戦は一気に投稿するつもりで書いていましたが、思っていたより長くなりそうなのでノルマ分だけ先に投稿しておきます。
間に合ったら一気に上げるので……何卒……