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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第三章 『悪の組織ととある抗争』
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倒すべき相手と、成すべき事 その4

 ヴァーチャルアイドル裏見 恋歌の唐突ライブのあった日の帰り。

 ツカサはロビーにて、裏見 恋歌の中の人たる社員コードネーム:イオナを待っていた。

 ほぼ同時刻に上がったのだが、女性の準備に時間が掛かるのは通例である。

 「……ツカサ、ちょっとは落ち着いたら? 童貞感が溢れ出して止まってないわよ?」

 普段はあまり物言わぬヴォルトにすら言われるほどである。重症なのだろう。

 「うるさいな。ちょっとくらい夢を見させろよ」

 イオナ(女性)にサシ飲みに誘われた。これはツカサにとって初めての経験なのである。

 無論、非モテを拗らせたツカサは甘い話なんて1%程しか期待してないが、経験は経験である。

 ましてや、同級生との思わぬ再会というのもあってそのテンションはニチアサを観る瞬間と同じレベルにまで上昇していた。


 「ツカサくん、お待たせ」

 「あいよ。んじゃ、どの店に行こうか」

 裏見 恋歌の姿ではなく、本来の姿で現れたイオナ。ナチュラルメイクで、薄らと香る香水の匂いも相まってか、ツカサはずっとドキドキしっぱなしである。

 「軽くだし、近いトコでいいよ。私はこの町に来てまだ初日だし、ツカサくんにお任せします」

 「あいあい」

 ツカサ、距離感が掴めない。

 こりゃ先が思いやられるわねなんて、ヴォルト・ギアの中で会話を聞いていたヴォルトは、精霊の身でありながら嘆息した。



 ◇



 「……という感じで、同じクラスに居たあっちゃんも何度も「仕事は? 今何やってるの?」とか会う度に言ってくるのよ。ネットの中でとはいえアイドル活動しているなんて言えないし、あの……治安維持組織だっけ? あそこに所属しているって言うような柄でもないじゃない。だからどうしたもんかなーって」

 「確かに、正体を隠して活動する以上はせめて表向きの所属くらいは欲しいところだね。……分かった、その辺も含めて相談してみるよ」

 「ありがと。……個人勢のつもりで始めたのに、いつの間にかスカウトされて。あれよあれよと言ってる間にこうなっちゃって。相談できる相手もいなくて困ってたのよ」

 「ははは。まぁネットアイドルも我々と同様に、正体を隠してこそ、みたいなところもあるしね。そりゃ相談相手が作れないワケだ……」

 支部の近くの居酒屋で、ふたりは個室へと案内され、サシで飲み交わしていた。

 しかしついぞ甘い話は一切なく、ツカサはもっぱら愚痴を聞く立場におり、相槌を打っては折を見て注文を頼むだけの存在と化していただけである。

 同級生という接点しかないのに好感度なんかあるわけがない。現実は非情なり。


 「イオナさん、電車の時間とか大丈夫?」

 気付けば既に午後10時。定時退社後から店に入って喋り通しであった(主にイオナが)。明日の為にもここら辺で切り上げるのがいいだろう。

 「あら、時間見てなかった。……じゃあ、この辺でお開きにしましょうか」

 「うい。家まで送ろうか?」

 「ううん、軽くしか飲んでないから全然ヘイキ。……ありがとね。ツカサくんを信用してないわけじゃないんだけど」

 「気にしないで。それなら駅までは送るから。店員さん、お勘定お願いします」


 ちゃちゃっと身支度を済ませ、店を出れば既に空は暗く。

 未だにデブリヘイム事変の爪痕が遺る町中を、ふたりは肩を並べて駅へと歩く。

 「……なんか、ごめんね? 私ばかりずっと喋っちゃって。誰にも話せなくて、ずっとストレスを抱えてたっていうか……」

 「そんな、気にしてないよ。……俺もまともな人間の女性と気軽に長く話すのは久しぶりだから、楽しかったし」

 ツカサの身の回りには、雷の精霊(ヴォルト)幼女おじさん(カシワギ博士)黒タイツ戦闘員(ほとんどが男)しかいない。

 家族とは別居だし、椎名とはほとんど話さなかったし、夕焼けの公園組(美少女ふたり)とは気を使わなければ話せない。

 そう、ツカサにとっては、女性と話す機会自体が稀なのだ。


 「なんか、苦労してるんだね……」

 支部に来て初日とはいえ、イオナもこの支部の噂くらいは聞いていたのだろう。凄い同情的な視線を向けられていた。

 「ま、まぁ……今はそれなりに楽しいから。あの子も助けてあげないとならないし、悩んでる暇なんかないよ」

 今はともかく例のヤクザの壊滅と救出を優先すべきだと、そう思ってないとなんだか虚しくなる気がしたのだ。

 「……そっか。ツカサくん、独身って言ってたもんね。いつか素敵な人に出会えるといいね」

 ツカサ、内心で吐血。

 気を使って言ってくれているのだろうが、遠回しに「今の君に魅力はない」と言われているようなものである。

 気にし過ぎなのかもしれないが、非モテ男子の心は硝子なのだ。


 その後もなんとか話を合わせつつ、駅へと到着。

 「それじゃ、ここで。また明日ね」

 そうやってちょっとだけ赤い顔で手を振るイオナを見送って、ツカサ自身も帰路へとつく。

 帰り際にコンビニに寄って、朝飯等を買い込んで部屋へと帰ったらもう時刻は午後11時近く。

 シャワーを浴びて身支度を整えればもう寝る時間である。

 「どうだった、『人間の女性』との会話は。私とはまた違う刺激があったのかしら?」

 そこで、最後の最後でからかってやろうと、ヴォルト・ギアから飛び出したヴォルト。

 ちょっとムッとしているのは多分気のせいだろう。


 「ああ……楽しかったよ」

 久しぶりに人と酒を飲んだせいで、普段以上の倦怠感に襲われているツカサはまともに返事を返せない。

 「へぇ。じゃあツカサが寝付くまで、その辺を根掘り葉掘り聞かせてもらいま」

 「でもやっぱ、ヴォルトと話すと、なんか安心するわ……」

 容赦ない眠気と戦いながらのツカサは、無意識にヴォルトの頭を撫でていた。その目は半分近く閉じていて、寝て起きたら今の行為をぼんやりとも覚えていなさそうなほど虚ろな目。

 そうやって大人しく撫でられているヴォルトの表情も、ちっとも見てはいないのだろう。

 「じゃ、シャワー浴びてくる……」

 「……いってらっしゃい。中で寝ちゃダメよ?」

 「ういー……」


 そうしてまた、今日の夜も更けていく。

 彼女の心境は、誰にも分からないまま。

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