夕焼けと、赤・黒
夕焼けより少し前。
この町に着任してから見つけた夕焼けの綺麗な公園。
ツカサはここでとある少女達と語らう様になり、同じ特撮オタク仲間という気兼ねなさもあってか何度も通うように足を運んでいた。
デブリヘイム事変の前と後ではお互いに忙しさもあってか、なかなかこの公園で出会う機会も少なくなっていたのだが(そもそも約束もしておらず、お互いに連絡先を交換しても連絡自体していない)、このちょっとだけ空いた時間にこそ顔を出そうかとツカサは考えたのである。
会えなければ会えないでよし。会えたならここ数週間の特撮の話をするもよし。
未だにツカサは水鏡 美月(黒髪のスレンダー美少女)とは会話が弾まないので、もし2人きりになったりしたらどうしようかと内心戦々恐々としていたりもするのだが。そうなったらそうなったで、また缶ジュースでも渡して黙って夕焼けを眺めて帰ればいい気もする。
オタクには趣味以外に話せるネタなんて存在しないのだ。
そんな彼女とも唯一話せる話題は最近のダークエルダーの情報やヒーロー達の活躍について等だが、こちらはこちらでツカサ自身もボロを出さないように慎重に話さねばならないため、とても気疲れしてしまう。
なんとも難しい関係なのであった(ツカサがヘタレなだけとも言う)。
そうこう考えているウチに公園へと辿り着いたツカサは、迷いなく公園を横切り、小さな展望台の夕焼けが一番見やすいベストスポットを抑える。
展望台の手摺りに体重を預け、一息。
人気のないこの寂れた公園は、人里から少々離れている事もあってかとても静かだ。
隣街の、今は消滅してしまった公園も静かな場所ではあったが、あちらはただ緑化の為か広すぎる程に土地が残っていたおかげな気もする。
「ん? なんだ、今日はオレ一人だと思ってたのに」
「やあ、お疲れ……日向さんひとりかい?」
ツカサがひとり黄昏ている中現れたのは、短い茶髪の少女、日向 陽。
普段この公園で見かける時は水鏡 美月と一緒にいる事が多い為、ひとりで来る方が珍しいはずなのだが。
「ああ、美月は用事があるって言って先に帰っちまった。だから今日はひとりでのんびり夕陽でも見ようかと思ってたのになぁ」
そう言って彼女はツカサの隣まで来ると、同じように手摺りに体重を掛ける。その際に大きすぎる胸を手摺りに乗っけている所が非常に目の毒で、慣れていないツカサとしては目を背けるしかない。
「司さん、前に仕事で町を離れるって言ってなかったっけ?」
「一応一段落着いたんでな、短いながらも休暇をもらったのさ。それに、夕陽のついでに君達の顔も見ておきたくてね」
「おおっと? オレらの顔を夕陽のついでにするなんて、司さんが相手でも容赦しないぞ?」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃ……」
「プ、はははは! ジョーダンだよジョーダン! そんな事で怒ったりしないから、マジにならないでよ、司さん」
そんな他愛のない話をしながら、ふたりして沈みゆく夕陽を眺める。
話題なんて早々に尽きたりもしたが、お互いに無言になっても気にならないし、思いついた事をポツポツと話せばそれなりの返事が返ってくる。
その関係が、とても心地よくて。
「ん……。司さん、泣いてるのか?」
「は? そんなわけ……」
言われて、頬を伝う涙に気付く。
別になんてことは無い日常のくせに、何故か目頭が熱くなってしまったようだ。
そこで不意に、色んな思いが駆け抜けてしまって。
「ど、どうしたんだよ司さん! もう欠伸で誤魔化せる感じじゃないぞ!?」
気付けばツカサは、夕焼けを眺めながらとめどなく涙を流していた。
「んあー……ごめんごめん。ちょっと情緒不安定みたいで……」
思えば、何度も死ぬような目に遭ってきたなと、そう考えたら不意に涙腺が緩んだのである。
一度目は生身でデブリヘイムに挑み惨敗。二度目はデブリヘイム・カブトにボコられ、神経を焼切る寸前まで酷使する羽目になった。その後に満身創痍のままスカイダイビングを敢行したりして、今回は魔砲による消滅の危機である。
今まで溜め込んできた不安や不満が、ここにきて決壊したのだろうと、ツカサは何故か冷静に捉えていた。
「みっともないところを見せたね。もう大丈夫。……仕事でちょっと疲れてるだけだから」
「あ、いや……確かにダークエルダーを追うのって疲れるだろうけど。……ホントに大丈夫か?」
「問題ないよ。ヘーキヘーキ」
彼女達には、大杉 司という治安維持組織の一員としてダークエルダーの動向を追っていると説明している。
その組織自体もダークエルダーの隠れ蓑としての機能しかないハリボテなのだが、言わばダークエルダーの構成員としての表の顔として使用している為、何かと重宝するのだ。
当然国を支配するような悪の組織を相手取っている組織(表向き)として、内情は機密情報として秘匿しても割と理解が得られる為、彼女達にはそれなりの情報しか話していない。彼女達もそれを承知で付き合ってくれているはずだ。
「忙しい、のかもしれないけど、あんまり無理すんなよな?」
「突然泣き出して悪かったって。もう大丈夫だから蒸し返さないでくれると助かる……」
年下の美少女の前で突然泣き出してしまうなぞ、日本男児としては屈辱感溢れる。
出来ればすぐ様忘れてもらいたいくらいだ。
そして気付けば、既に日は沈んでいて。
「ほら、今日はもう帰ろう。後今日見たことは忘れてくれると助かる」
「……じゃあ今度、司さんが暇な時でいいからさ、オレ達にご飯を奢ってよ。そしたら忘れてあげる」
普段なら日が沈んだら流れで解散していたのに、何故か今日は食い下がられてしまった。
それでも弱みを握られた以上、返せる言葉は多くはない。
「……分かった。でも俺は下っ端だから、あんまり高い物は無理だぞ?」
「やった。心配しなくても、ファミレスとかでいいって。じゃあ約束だよ、司さん!」
それだけ言うと日向はさっさと帰ってしまう。
展望台に取り残される形で残っていたツカサは、ため息ひとつ。
「人間って、大変なのね」
「ああ、大変なのよ……」
ずっと黙っていてくれたヴォルトに返事を返して、自身も思い足取りのまま帰路へとついたのだった。