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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第三章 『悪の組織ととある抗争』
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公園の歌姫 その3

 「手加減したとはいえ、俺の蹴りをまともに受けてすぐに立ち上がれたのは凄いと思うぜ。俺の部下でもそんなに早く立ち上がれた奴はいなかった」

 そう霧崎は宣う。

 平日昼間の公園で、大の大人を蹴り一発で数メートル吹っ飛ばしておいてよくもそんな堂々としていられるものだと感心してしまいそうになるが、蹴られた側のツカサからしたらたまったものではない。


 ──飯を奢ってもらったお礼に、技をひとつ教えてやろう。

 そんな霧崎の甘言にホイホイと乗せられたツカサは今、蹴っ飛ばされて地面をバウンドし痛みにのたうち回った後、無理矢理気合で立ち上がっていた。

 「見て、感じてわかる通り、俺のこの“気功”ってのは生身の人間でも相当の力を得られる。ただそれなりの鍛錬が必要になるのと、いい師匠がいなきゃきちんと身につかないってのが難点だ」

 「……初手で弟子予定のヤツをぶっ飛ばすのがいい師匠なのか?」

 「さて、気功を使えるようになる裏技をするって話だったが……」

 コイツ、こっちの疑問を無視しやがった。


 「ま、一番手っ取り早いのは俺が気を送り無理矢理目覚めさせる事だな。イメージとしては、放置していても勝手に火のつく薪に対して、それを待たずに直接マッチなんかで火をつける感じだ。分かるか?」

 「……分かるけど、他にもっといい例え方がなかったのか?」

 確かにどう例えるのが正解かも分からない話だが。

 そもそも蹴りのダメージが抜けきっていない、立つだけでやっとのツカサである。思考がまず追いついていない。

 「習うより慣れろだ。とりあえず裏技を試すから背中を向けて座れ」

 「アンタいざ人に教えるってなると大雑把だな? 実はもう面倒くさくなってるだろ?」

 「いいから座れ」

 その日ツカサは二度目の悶絶を体験し強制的に座らされた。



 ◇



 「いいか、ゆっくり深呼吸しろ。痛みも何も無いはずだから、安心して力を抜け」

 既に身体中が痛いのだが? なんて事は口にしない。

 ツカサは既に二度も地面を転がり、今も痛みに耐えている状態である。今更だろう。

 「そう、そうだ。……最初は少しずつ送り込む。馴染むまでは時間と鍛錬が必須だが、まぁ問題ないだろう」

 その言葉と共に、背中に当てられた霧崎の手のひらから全身に向けて徐々に熱が広がる。じんわりと全身へと流れた熱は体内で渦を巻くように巡り、それはツカサの身体へと馴染むように消えていく。


 「その熱を意識しろ。自身の中でその熱を呼び起こし、自在に使えるようになれば、それがすなわち“気功”となる」

 「……やっぱり大雑把だな。実際はそんな簡単なものじゃないだろうに」

 「うるせぇよ。俺は力を目覚めさせるのと、出せるようにするのまでだ。使い方は自分で考えろ」

 「……アンタの言った()()()()ってのはなんなんだろうな……」

 少なくとも今の霧崎のやり方では、決していい師匠とは呼べないだろう事は分かる。

 まぁそれでも、ツカサの体に負担を掛けないように気を送ってくれているのだから、それなりの技量はあるのだろうが。


 「文句というか、皮肉みたいな事しか言わないなお前……」

 「未だに師匠らしい事をされた覚えがないからな」

 気のような熱を送られた事以外は、背後から襲われて飯を奢って思いっきり蹴飛ばされた記憶しかない。

 師匠キャラなんて大体そんなもの、なんてイメージはあるが、現実的に見て成果が見られなければ弟子は付いてこないだろう。

 「この……まぁ、いい。白いの、明日もまた昼頃にこの公園に来い。そこでまた飯を奢ってくれたら続きをしてやる」

 「なんだと? お前散々やっといてそれかよ?」

 「気が変わったんだ。というか、実際は既にこれからの訓練次第で“気功”の一端としての力は使えるようになっているはずだ。明日以降はその訓練時間をどれだけ省けるか、というものだな」


 既に約束は果たしたから、明日以降も飯を奢ってくれるなら更に追加で特訓してやると、そういう事だろう。

 チラリと椎名の方を見れば、ご飯の後におやつまで食べたからなのか、ベンチに座ったままウトウトと舟を漕いでいる。霧崎もまたそちらを見て、小さく肩を竦めた。

 「そういうわけだ」

 「今日はどの道お開きって事か」

 「心配せんでも、この公園で会える限りは訓練に付き合ってやる。椎名もちょうどいい息抜きになるしな」

 後半は小さな呟きではあったが、ツカサの耳には確かに届いた。その時の霧崎は、椎名の方を見ながら優しい顔をしていたように思う。


 「了解した。じゃあ明日また昼飯を奢ってやる。早めに習得できるに越したことはないからな」

 ツカサのその言葉も本心ではあるが、実際は居場所の割れなかった霧崎の動向を監視できるという側面も大きい。組織の力を頼りに監視を付ける事もできるだろうが、下手に薮をつついて蛇を出す結果にならないとも限らない。ここはツカサが報告するに留めるべきだろう。

 「……ほう、散々言う割にはやる気があるんだな。なら明日も同じくらいの時間にここに来てやる。椎名の分もあるのを忘れるなよ?」

 「忘れるかよ。あんな綺麗な歌声を昼飯程度で聴けるなら本望だ」

 「それ、椎名に直接言うなよ。照れて歌わなくなるからな」


 遂にはベンチに横になってしまった椎名を見ながら笑みを浮かべる霧崎は、一目ではとても背中に金獅子の掘られているような人物には見えない。

 どんな理由があるのか聞いてみたい気もするが、今のツカサは黒雷ではなく、ただの『この公園で因縁があっただけの白い鎧』だ。深入りする理由もないし、相手も訝しむだけだろう。

 「……この前の呑みの話、蹴らなきゃよかったな」

 飲みニケーションなんて事を言うつもりもないが、酒が入れば口が軽くなるのは誰にでもある事だ。その貴重な機会を軽口で放棄したのだから、もったいない事をしたな、とは思う。


 「お、ようやくその気になったのか?」

 しかし、呟く程度に言ったつもりでも、どうやら霧崎の耳には届いてしまったらしい。

 「だが今は時期が悪い。そうだな……こっちのやる事が全て済んだ後で、もう一度会うことがあれば、その時はまた誘ってやるよ」

 「……そうか。楽しみにしててやるよ」

 霧崎の言うやる事というのは、十中八九数日後の襲撃の事だろう。それを防ぐ立場の黒雷は、今はツカサとイコールで結ばせる訳にはいかない。

 悪の組織というのは不便な事も多いのだ。


 「それじゃ、俺は椎名を連れて帰るから、アンタも動けるようになったら好きに動くといい。時間がある時にでも、今日の熱を思い出すように身体の内側を意識してみろ。それだけでも鍛錬になる」

 眠れる公園の美女を、金獅子という野獣が頬を軽く叩いて起こす。

 軽く目を擦りながらもちゃんと一人で起き上がった椎名は、霧崎の背中に隠れるようにして、ひとつ小さな欠伸をした。

 「そうだ白いの。短い間だが、関わる以上は名前を教えてくれよ。俺は霧崎、こっちは椎名だ」

 「……ツカサだ。偽名で悪いが、な」

 「呼んで返事ができれば問題ねぇ。そんじゃな」

 そう言って霧崎はすんなりと退場し、椎名もまた倣うようについて行く。

 残されたツカサは、痛む体に鞭を打ってようやくベンチへと転がった。


 「しんどそうね」

 「それなりにな」

 ようやく人がいなくなって姿を見せられるようになったヴォルトは、宙へと飛び上がってツカサを見下ろすように対空する。

 ……その、顔の前で対空されると、そのフリフリのだと中が見えてしまうのですが、お気になさらないので……?

 なんて思いつつも、ツカサは声に出さない。黙って目を瞑り、痛みが引くのを待つのみである。

 「ふぅん……? いくじなしなのね」

 目を瞑っていても分かる。ヴォルトは分かっていてやっていて、今まさにニヤニヤしながらツカサを見下ろしている事を。


 「まぁいいわ。貴方が強くなる分には悦ばしい事だもの。ボコボコにされている姿も唆るのだけれど、ね」

 「……ヴォルトってそんなサディスティックな性格だったっけ?」

 「気安くなったと喜びなさい?」

 「へいへい……」

 ようやく歩き回れる程度まで痛みの引いたツカサは、のんびりと立ち上がって自身の車へと戻る。

 明日もまたこんな目に遭うのかと、少々憂鬱になりながらも、それも悪の組織としてよくある事だな、なんてノーテンキに構え、業務へと戻るのだった。

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