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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第三章 『悪の組織ととある抗争』
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公園の歌姫 その2

 美味しい蕎麦屋で、ツカサと霧崎と椎名が仲良く(少なくとも敵意は抱いていない)食事を済ませた後、ツカサは何故か霧崎に自身の技を教えてやると言われ、またお馴染みの公園で向かい合う事となったのだった。

 「どうしてそうなったの?」

 「俺に聞かないでくれ……」

 ヴォルトすらも困惑する展開に、ツカサの頭脳が着いてこれているわけが無い。


 「何さっきからブツブツと独り言を呟いてやがる、気持ち悪い。漢ならシャンとしろシャンと」

 少し離れて向かい合う形の霧崎は既にやる気満々で、最早逃げられる空気ではない。

 椎名は椎名で、近くのベンチを陣取りう〇い棒なんてものを咀嚼している。いつの間に買ってきたんだこの子……。

 「いいか白いの。俺がお前に教えるのは“気功”の扱い方だ。誰しもが持っている()()()ってヤツを使えるようになる、その可能性を開いてやる」

 「さっきから言ってる事がアバウトだな。なんとなくイメージはできるけどさ」


 気功というのは、オタクのイメージとしては長年の修行の末に辿り着くような、人体に宿る不思議パワーという考えが先行する。

 それを一朝一夕で覚えさせようなど、呼吸法を変えるだとか、オーラの一部を流してこんで強制的に発芽させるだとか、そういったいわゆる「荒療治」しか思い浮かばないのだが……。

 「おっ、嫌そうな顔をしたな? だが正解だ。今からお前には生身で俺と()りあってもらう。そうして気功の有用性を身体でしっかりと覚えてもらった上で、ちょっとした“裏技”を使い、『気功』の力の一端に目覚めて貰おうって話だ」

 「……それは、裏技だけじゃダメなのか?」

 「ダメだな。母親の料理してる背中を見ていただけの子供に、練習も無しに包丁を持たせるようなもんだ。無防備な時に力への恐怖を覚えてこそ、人はその力の操作に慎重性を持つ。俺の持論だがな」


 言っている事は確かに正論なのだが、対面しているツカサから見れば、霧崎はその若干ニヤついた口元を隠そうとすらしていない。つまり、()()()()()()()()()()という事だ。

 ここで意図を理解したとして突っぱねてもいいのだが、個人での対霧崎戦へ向けたトレーニングに物足りなさを感じていたのも事実。癪だが、ここは相手の意図に乗っかるのが一番なのかもしれない。

 「……分かった。しかし一度相対した上で、アンタに素手で挑むというのは気が引けるな」

 何せヒーローと生身で戦闘するのと同義である。普段は全身黒タイツやらそれなりの装甲を付けているので恐怖心は抑えられるが、それすらない状態で挑むなど、普段なら自殺行為である。


 「安心しろ、打撲や打ち身程度で済むように手加減はしてやる。まぁ受け身程度は出来てもらわないと困るがな」

 もう問答はいいだろ、と霧崎は最後に腕を大きく回し、次の瞬間にはもうこちらの目の前にいた。

 「……ッ」

 霧崎が右の拳を振りかぶっていたのを見て、ツカサは咄嗟に屈んで避けようとした。だが、霧崎は最初から読んでいたのか、拳は振らず代わりに右脚での攻撃を選択。生身のツカサがその攻撃速度に対応できるはずもなく、ツカサの身体は呆気なく宙に浮いた。

 「ぐっ、があぁぁ……!」

 自動車に衝突でもされたのではないかと、そう勘違いしそうなほどの衝撃。それほど強力な蹴りをまともに受けたツカサは、激痛と肺の空気を全て吐き出してしまった事による軽度の酸欠で、もはや立つこともできない。


 たった一撃。

 それだけでツカサは、同じ生身であるはずの霧崎に敗北した。

 「……! ぐっが……はっ……!」

 「……ヒーローってのも、変身できなきゃただの人か」

 今のツカサは、霧崎に見下ろされる立場だ。分かっていた結果とはいえ、自身の無力さを思い知るのはかなり精神的にキツイ。ブレイヴ・エレメンツ相手に敗北続きとはいえ、男同士のタイマンに手も足も出ないというのは、また別格のダメージなのだ。

 「その涙は身体の痛みからか、それとも心の痛みからか。…………そうか。それを見れただけでも、俺がアンタに肩入れする理由は充分だ」

 霧崎は地べたに這いつくばるツカサを見て、何を思ったか笑みを浮かべる。ただそれは先程までの笑顔とはまた違う、そんな気がする物だった。


 「さぁ、骨は折れていないはずだ。先に心が折れていないならば、立ち上がれ」

 自分で蹴り飛ばしておいて、手を差し伸べる事すらしない。強者はただ見下ろすのみで、弱者は自力で立ち上がってこそだと、そう言いたげであった。

 「……ちっとは、……ハァ………休ませ、ろ……」

 そんな目で見下ろされては、ツカサも立ち上がらないワケにはいかない。一般人ならば背負う必要のない苦労をわざわざ背負うのは、悪の組織としてのプライドだろうか。いや……。

 「これも美学ってやつ、なんだろうさ……」

 誰にも聞こえないように、そうポツリとボヤく。

 別に、ダークエルダーとしてかく有るべし、なんてものは存在しない。ただ、自身の中で納得できるかどうかのみである。

 「……男の子って、大変なのね」

 そうツカサのみに聞こえるように呟いたヴォルトの声に、やはり立ち上がって正解だったと、ツカサは何故かそう思ったのだった。

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