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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第三章 『悪の組織ととある抗争』
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公園の歌姫 その1

 霧崎と椎名、二人のヒーロー級戦力(片方は未だに未知数だが)との遭遇から数日後。襲撃の予定日まで、あと7日。

 ツカサはそれまで、霧崎との戦闘で得られたデータを元に訓練を行ったり、いつでも襲撃に対応できるようにパトロールがてら周囲の地図を頭にいれるように歩き回る等、準備に追われていた。

 逆に襲撃を掛けることができれば非常に楽なのだが、人質の件や、霧崎という戦力に対抗できるだけの戦力を駆り出している最中に本拠地が潰されては元も子もないとして、現状維持となってしまっている。


 そんな中、ツカサはまたパトロール中に霧崎達と遭遇した公園へとやってきていた。

 「なんでまたここへ?」

 「んー……なんとなく、かな? またここに来れば何かあるんじゃないかと思って」

 「人間の“カン”ってやつね。いいわよ、そういうの嫌いじゃないから」

 といった感じでヴォルトも乗り気である。組織としてもそこまでうるさく言う気もないようで、むしろ直感が働くなら好きに回れと寄り道を推奨しているくらいだ。

 そしてそのカンとやらの成果と言えば……。


 「───……♪」

 「これは?」

 「歌声ね。私が聞いても不快に感じないもの、相当上手いわよ」

 ヴォルト曰く、精霊とは古来から人の歌や踊りを捧げられてきた存在であるため、そういうものに関してうるさいというか、上手い下手に敏感になるそうなのだ。

 その彼女が上手いと言うのだから、相当なものなのだろう。

 公園の中央付近、前回霧崎とハク(ツカサ)が戦闘を繰り広げていた辺りから、歌声が響いてくる。


 【誰も私に成れやしない 私はただ私であるだけ】


 それは伴奏もなく、一人の少女がただただアカペラで歌う、誰に向けた音でもないモノ。

 しかしそれは木々を震わせ、大地に響き、大空を駆け渡る程の澄んだ音色。


 【その事に不満があるならば いっそ私を“誰か”に作り替えてくれればいいのに】


 ツカサにとっては聞いたことも無い歌詞だが、最近流行りの有名なアーティストとかが歌っているような曲だろうか。

 生憎とニチアサ以外ではほとんどテレビ番組を見る気のないツカサからすれば、いつの誰が歌った曲だろうがあんまり関係ない。逆に考えれば、出会う曲全てが新鮮だとでも言っておこう。


 【出来ないでしょう? 貴方には関わる(そんな)気なんて無いんだから】


 朗々と歌い紡ぐそれは、一体どんな思いを乗せているのだろうか。精霊すらも思わず耳を傾けるような、そんな美声に、如何程の感情を込めているのだろうか。


 【笑いたければ笑えばいい 貴方はきっと──】


 そこでついに、ツカサは歌声の主へとたどり着いた。

 たどり着いてしまった。

 「──………」

 唐突に声の主は歌を止める。

 それはツカサの存在を知覚したからに他ならないだろう。

 あまりの美声に聴き惚れながら、誘蛾灯へと集う蛾の如くフラフラと近寄ってしまったツカサであったが、惜しいことをしたという思いも捨てきれない。

 しかし、驚くべき点はもうひとつ。


 「……椎名、さん……?」

 そう、歌声の主はとはつい先日であった霧崎の娘(?)、椎名であったのだ。

 「………」

 ツカサが名を呼んでも、彼女は答えず。ただじっとツカサを見つめるのみ。

 そういえば霧崎が、彼女は普段喋れないみたいな事を言っていた気もするが。

 「なんだ、椎名の邪魔をするヤツをぶん殴ろうかと思っていたが、お前か、白いの」

 「……アンタはいつも後ろを取りたがるな」

 噂をすればというか、彼女……椎名に気を取られている内に、いつの間にか霧崎に背後を取られていた。

 恐らくこれが見ず知らずの男だったら、霧崎はそのまま殴り倒していたのだろう。


 「平日の昼間なのにまたこの公園で会うとか、ヒーローってのは案外暇人なんだな?」

 「別に、働いていないってわけじゃない。時々こうして町を見回るのも仕事の内ってだけだ」

 嘘ではないし真実でもない。ただ本職では全身黒タイツか変身ベルトを巻いて、町中でヒーローと相対しているというだけ。

 「ふぅん……まあ、いい。そうだ、椎名の歌の邪魔したついでにちょっと付き合っていけ。それくらいの時間はあるだろ」

 「ん……まぁ、構わんが」

 チラリと時計とスケジュール帳を見る()()をするツカサ。

 ガチガチに管理されたエリアパトロールというわけではないし、要監視対象者である霧崎と椎名と呼ばれる少女の傍で話を聞けるならむしろプラスである。それなのに即答しなかったのは、単にツカサの無職ではないという意地というかアピールの側面が強い。

 若いのにフラフラして、なんて思われるのも癪に障るじゃないか。


 「決まりだな。ちょうど飯時だし、蕎麦屋にでも入るか」

 「おいおい、薄給に昼飯千円越えは厳しいんだぞ……」

 「そんなん知るかよ。美味い蕎麦屋が近くにあるんだ。付き合うって言った手前で反故にすんなよ?」

 その蕎麦屋というのは、おそらくツカサとヴォルトがパトロール初日に寄った店だろう。ダークエルダーは日本の企業(悪の組織だが)とは思えないほど給金もよく、昼飯代も後から経費で落ちるので心配ないはずなのだが、やはり無職と思われたくない意地が出てしまう。


 「ほら、椎名もいくぞ。お前の歌の邪魔をしたお詫びに白いのが奢ってくれるらしいからな」

 「やめろォ!断りにくいだろうが!」

 「………」

 一度拳を交え(ツカサ視点では二度)、まだお互いにマトモに名乗ってすらいない三人は、霧崎に引っ張られるように入店する。

 仲良くなった覚えもないし、ツカサにとっては明確な敵ではあるのだが、何故か敵意とか恐怖感などは全然なくて。

 なんと表現したらいいのか分からない、そんな不思議な感覚を抱きながら、ツカサは蕎麦屋の暖簾をくぐったのだった。



 ◇



 「いやぁ、奢ってもらった飯は美味いな!」

 「食った後に財布忘れたとかベタなことしやがる……」

 蕎麦屋へと乗りこんだ三人は思い思いに食事をとり、いざ会計となったその時。霧崎が「あ、財布を忘れたわ」と宣りやがったせいでツカサが全額を支払う羽目になったのだ。

 何故敵となる相手に飯を奢らなければならないのか。しかも霧崎は一向に悪びれる素振りはないし、椎名は相変わらずの無言っぷりである。

 しかも二人揃って一番お高い定食を頼みやがったせいで、ツカサの財布の中身はほぼすっからかん。もうこのまま不意打ちで伸して更生施設にでも突っ込んでやろうかと、そんな暗い考えも頭を過ぎり始めた頃。


 「ようし。そんじゃ、奢ってもらったお礼に技をひとつ教えてやろう」

 そう唐突に、霧崎が言い出した。

 「……は?」

 「お前、散々俺に電撃を出してたが通じてなかったろ? あれのやり方を教えてやる」

 霧崎は非常にいい笑顔でおもむろに柔軟体操なんかを始めたが、言われた側のツカサは話についていけない。

 「おいおい、どうしてそうなった?」

 「お礼だって言ってんだろ。そんなに難しい事を言うわけじゃねぇ。身体を鍛えてるお前ならいずれはものにできる。……椎名、悪いがちょっとだけ待っていてくれな」

 「………(コクン)」


 無表情・無言・無愛想を貫く椎名であるが、霧崎の言うことには頷いたりするらしい。食事の時も霧崎がなんだかんだと問いかけて、彼女がそれに対して首を振ったりしていた。

 話したりはできないが、二人の仲は悪いものではないらしい。

 「んじゃまぁ、また公園で軽く運動でもするか」

 「……これで嘘っぱちだったら、今度は俺が後ろから不意打ちを食らわすからな」

 わざわざ相手が自身の使う技を教えてくれるというのだ、悪い話ではない。

 どうして、何故、と多くの疑問点やら何やらが残る中、ツカサはまた霧崎と向かい合う事となったのだった。

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