傭兵業務と思わぬ再会 その5
書きための霊圧が……消えた……?
ナンパ男共に半ば脅迫されていた女の子、椎名は、実は霧崎の娘ではなく、霧崎の組が調達したという対デブリヘイム用の戦力でした……。
いや、予想できるかそんなもん。
「あの子は最初孤児院にいてな。デブリヘイムと戦っているところを運悪くウチの組員に見つかり、その孤児院がなんとウチが金を出している場所だったからと無理矢理引き取られて……あーんな事やこーんな事をされてな。今はああして、簡単に声も出せないような暗く沈んだ娘になっちまったわけだ」
霧崎のいうあんな事こんな事にどれほどの行為が含まれているのかは分からないが、他人には話せないほどの壮絶な物が含まれているのだろう。
しかし、これで納得したものもある。
霧崎のトコの総長が調達したのだというヒーロー級の戦力、それは霧崎の事ではなく、椎名の事だったのだ。
きっと椎名には元々ヒーローとしての素質があり、デブリヘイム事変の際にそれが目覚めたのだろう。そしてそれを見初められ、無理矢理従うように躾られたというワケだ。
……正直、二次元ではよくある話。だが、実際にある事だと聞かされれば、こんなにも胸糞悪くなるものなのか。
「はっ、いい顔だな。だが今は助け出そうなんて考えるなよ」
「……何か、理由があるのか?」
「当たり前だろ。じゃなきゃとっくに俺が解放している」
一瞬だけ、悔しそうな顔をする霧崎。最初に出会った時の印象はただのバトルジャンキーで、今日の印象は娘を想うバトルジャンキーだったのだが、またそれとは違う一面もあるという事か。……いや、バトルジャンキーなのは真実だろうから、そこに上乗せされるだけか。
「あの子の首にはチョーカーが付けられていてな。それが小型だが、人の首くらいは簡単に吹っ飛ばせる爆弾になってるのさ。それに加えて、俺というあの子が暴れても抑え込める戦力。……他にも、組員で家族を人質にとられているヤツは多くいる。俺はそいつらの為にも裏切れないし、つまりは八方塞がりってワケさ」
霧崎は自嘲気味に言葉を零す。総長が代わったという話を聞いたし、人質等の卑劣なマネ上等の輩だとはわかっていたのだが、それでも実際にその被害にあっている者から話を聞くと、また一段と現実感が増す。
しかし何故、
「なんでその話を俺にするんだ?」
それが今、ツカサの気になるところ。
ただの出会い頭に喧嘩しただけの相手に、どうしてそんな内部事情を暴露する必要があるのか。
「……さて、な。俺にも分からねぇ。あの子を助けて欲しいのかもしれねぇし、俺と平気でタイマンを張るような相手にこれ以上関わって欲しくないのかもしれねぇ。ただ……」
一息。
「殴りあって、話してみて、お前さんが悪いヤツじゃねぇって事は分かった。お前さんがヒーローなのかどうかなんて俺にゃあ分からねぇけど、まぁ話すだけタダさ」
もし巻き込んだらすまねぇな、と霧崎は笑って。
「近々この辺で大規模な抗争がある。ここで俺達が勝てば、あの子はしばらく戦わずにすみそうなんだ。もし見かけたら、カタギの避難だけさせて、どうか関わらんでくれや」
そこまで一方的に話すと、霧崎はちょうど見つけた椎名に声を掛け、連れ立って公園の出口へと向かう。
「じゃあな、白いの。次に会えたら、今度は飲もうぜ」
「極道の誘いなんて怖くて乗れるかよ」
「違いねぇや」
最後に二人して笑って。ツカサはちょっとだけ視線をズラす。
椎名と呼ばれる彼女の首には、確かに似合いもしない無骨なチョーカーが巻かれている。
しかも変な膨らみまで見えていることから、設計者は端から隠す気なぞないのだろう。
人を道具として使い潰すつもりの、非人道的な道具。
年頃の女の子に、オシャレすら気を使わせないクソッタレの所業に、ツカサはいつの間にか奥歯を噛み締めていた。
ツカサは悪の組織の一員である。
正義感だけで人は生きてはいけないし、それどころか身を滅ぼす一端にしかなり得ない事も十分に理解しているつもりだ。
でも、だからこそ。
ここで悪を貫いて、何もかもを滅茶苦茶にするような選択肢を選べない自分に、何故か無性に腹が立つのだ。
◇
『なるほど。つまりその椎名という娘と他の人質を同時に解放すれば、件の霧崎はほぼ無力化できると思ってよいのじゃな?』
「多分。でもチョーカー型の爆弾とか、どうしたらいいか……」
見回りが終わって、傭兵としてのリーダーに粗方の報告をした後。ツカサはテレビ通話を使ってカシワギ博士へと相談を持ち掛けていた。
もちろん内容は昼間の椎名達のこと。お節介だと分かっているのだが、ツカサ達の任務としても椎名と霧崎は絶対に当たる壁である。それらを無力化させるついでに助けられればと、欲張ってしまうのは悪い癖なのだろうか。
『ふーむ……なんとかできるかどうかで言えば、できるぞ』
「ホントですか!?」
『どうせ遠隔で操作するタイプの爆弾じゃろ。それなら起爆と解除に使われる周波数さえ分かればいい。ただ……』
「ただ……?」
『人質の数、場所、手段。少なくともこれが分からなければ犠牲者を出してしまいかねん』
カシワギ博士はまずひとつと指を立て、順序立てて説明してくれた。
ひとつめの、人質の数。
これはもちろん、どれだけの人数の生殺与奪権が総会に握られているか、である。
どうせ助けるならば、彼ら全てを助け出さなければ意味が無い。誰か一人でも犠牲になってしまえば、それは我らの力不足が露呈する結果となる。
救出するなら、全員同時が望ましい。
ふたつめ、人質の場所。
今回のようにチョーカー型爆弾で管理をしているとすれば、人質は一箇所に集められている事はまず無いだろう。
よしんば爆弾を一斉に解除できたとしても、それに気が付いた他の組員に狙われないとも限らない。
救出作戦を行うならば、人数と共にどこにいるのかも把握しなければならない。
みっつめ、手段。
これはこのまま、救出する方法を指す。
一人でも見落とせば、それは間違いなく犠牲に繋がる。
誰一人として傷付けず、後々に狙われないように。
これを達成する作戦が望ましい。
こんなところじゃな、とカシワギ博士は嘆息した。
どれもこれも、相手の内情に詳しい者がいなければ把握しきれない情報ばかりである。
人材に長けたダークエルダーでも、一般的な企業ならばともかく、敵対している組織相手に探りの入れるのは並の労力ではない。
『まぁ、話は分かった。ワシも色々動いてみることにしよう。ツカサくんは予定通り、傭兵としての活動に精を出してくれい』
「分かりました」
『それと、ヴォルトや』
「ん、呼んだかしら?」
ぴょこんと、ヴォルトがギアから顔を出す。気に入ったのか、顔だけ出すの。
『おヌシならば、その程度の爆弾の解析と解除くらいワケないじゃろう?』
「当然よ。直接触れることさえできれば、三秒で理解・分解・再構築までやれるわ」
「いや、再構築はしなくてもいいんじゃ……」
「いいでしょ、別に。人の言う気概ってやつよ、気概」
ツカサの一言にヴォルトは可笑しそうに笑いながら、ギアから出した頭だけをぐるぐると回す。いや怖いが。
人形の身体を手に入れてから、ヴォルトはますます人らしくなっていく。
出会った頃は言葉が通じなかったため、ふよふよと浮かんできては人の生活を眺めているだけだったのに、言葉が通じるようになったら今度は多くのことを語るようになり、身体を手に入れた後は試せる行動はなんでも試すようになった。
それが精霊としていい事なのか悪い事なのか、それはツカサには分からないが。
閑話休題。
『そうじゃな……次の襲撃の時でいいから、もし爆弾持ちを見かけたら解析してもらえるかの。それまでにこちらも出来ることはやっておく』
「分かりました。指示があるまでは作戦通りに行動します」
『ああ、頑張ってなぁ』
そう言って通信が切れる。
やりたい事は山積みだが、目の前の事にしか手をつけられない状態というワケだ。
襲撃予定日の前に霧崎も椎名も現地入りしていたという事は、最悪の場合二人が主力として奇襲を仕掛けてくる可能性もあるということ。
霧崎とは二度も戦闘を行っているため、大まかな戦力としては分析できるが、椎名の方は未だに未知数だ。
デブリヘイム事変の際に戦闘を行っているらしいので、まずはその時の情報を手に入れる事が最優先だろうか。
「忙しくなりそうね」
「なに、毎日宛もなく見回りしているよりずっといいさ」
「あら、私と二人きりのドライブがそんなに不満?」
「どうせドライブするなら、休みの日に緩いキャンプでも行った方が楽しいよなぁ」
「……その言葉、覚えておくわ」
ツカサの言葉に、ヴォルトは嬉しそうにウィンクをしてからギアへと戻っていく。
……こんなただの特オタとキャンプなんかしても楽しい保証はないのだが、まぁキャンプという行為自体をしてみたいという事だろう。
「よし、それじゃあ帰って撮りためたアニメの消化でもしますかぁ」
変に気負っても仕方ないしなとツカサは考えながら、まとめた報告書をリーダーへと突きつけ、悠々と借りたアパートへと戻るのだった。