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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第三章 『悪の組織ととある抗争』
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ヴォルト、ニューユニフォーム

ヒーローの日に何か投稿すればよかった…(今更)

 夕陽の公園でちょっとした恥をかいた後、ツカサは自室へと戻ってさっさと荷物をまとめた。

 男の泊まり込み用荷物なんて、着替えとノートパソコン等の暇潰し道具とそれらの充電器くらいで済む。

 後はヴォルト・ギアを付け、戸締りの確認や不要な電源を落とせばおしまいだ。

 「あー……ツカサ?」

 しかしここで、ヴォルトからツカサへと声がかかる。普段は歯切れよくササッと要件に入る癖に、今日は何故か溜めが入ったので、ツカサとて気にしないワケにはいかない。


 「ヴォルト、どうした?」

 「無駄足になるかもしれないのだけれど、一度支部の方へ寄ってもらえないかしら。カシワギ博士にちょっと用事があるのよ」

 「ん、分かった。ついでだし、このまま荷物を持って行こうか。用事がすんだらそのまま移動するけど、平気?」

 「大丈夫よ。ありがとう」

 ヴォルトは快諾し、またヴォルト・ギアの中へと戻る。

 それをしっかりと左腕に巻き付け、荷物を持ったら準備はおしまい。

 玄関の戸締りを確認し、中型のキャリーケースを引きずって。ツカサはのんびりと支部へと向かったのだった。



 ◇



 「ん? どうしたツカサくん。忘れ物か?」

 時刻は既に夜の八時過ぎ。日勤組は既に帰宅し、数少ない中盤組が支部で働いている頃。

 ツカサはヴォルトを伴い、カシワギ博士の研究室へとやってきていた。

 何故日勤組のカシワギ博士がこの時間にもいるのか。

 それは彼女の見た目が幼女であり、生涯独身を貫いた老人の為すでに家族もおらず、一人でアパートも借りられない身の上(戸籍等は組織の力でなんとでもなるが、成人用の設備を扱うには身長が足りない)なので、本人曰く仕方なく支部に住込んでいるからである。

 脱線した話を戻そう。

 「私の用事よ博士。頼んでいた物、そろそろ貰えないかと思って」

 「おお、アレじゃな。準備はできておるよ。隣の部屋に寝かせてあるから、試着してみるといい」

 「あら、思ったより早いのね。じゃあありがたくそうさせてもらうわ」


 ヴォルトはそう言うと、ツカサにここで待つように言ってさっさと隣の部屋へと移動してしまった。

 喋る事ができるとはいえ見た目はただの紫色のボール。表情なんて分かるはずもないのだが、今この時だけはとてもワクワクしているように見える。

 「博士、一体何が始まるんです?」

 「第三次大戦じゃ……ではないわ。待っとれば分かるから慌てるでない」

  カシワギ博士にそう言われ、特に用事もないツカサは博士と茶をシバきながらのんびりと待つ。

 黒雷の兵装や強化について話したり、霧崎の持つヒーローにも近しい身体能力について議論したりしていたら時間はあっという間に過ぎていって。


 「待たせたわね」

 そう言ってヴォルトが帰って頃にはすでに30分が経過していた。

 「ああ、随分と遅かっ……いぃ?」

 ヴォルトだと思って振り向いた先、そこには見覚えのある紫色のボール状の精霊ではなく、全長30cm程の人型の何かが浮かんでいた。

 それは一見女型をしており、大人の女性の身体をそのままのバランスでサイズダウンしたような、遠近法で小さく見えているだけのような自然さでそこに佇んでいる。

 薄い紫のロングポニーテールに色白の肌。市販の着せ替え人形用みたいな派手な服装。そして背中には特徴的な、薄い蝶のような羽。

 ──言ってしまえば、ファンタジーでよく見る妖精であった。


 「え……ヴォルト、なのか……?」

 「そうよ。これが今回受け取りたかったものなの」

 ヴォルトは自慢げな顔で、空中でくるりと身を回す。

 どの動作をとっても自然体で、まるで本当に生きているかのようにも錯覚してしまいそうになる。

 「凄いじゃろ? デブリヘイムから採れたあの鉱石を加工した物でな。精巧に作られた、ヴォルト専用のボディじゃよ」

 ようやくやり遂げたわい、とカシワギ博士は大きく伸びをする。いつから始めたのか、どれほどの苦労があったのか等はツカサには分からないが。

 それでも、ここまで生命体に類似した人形を作るのには大量のリソースが必要だったであろう。


 「凄いですね、カシワギ博士」

 「なぁに、言われるほどでもないわい。『マザー』から採れた鉱石の大半を使ったが、精霊との対話の架け橋になればと、本部から快く譲って貰えたのでな。まぁやり甲斐のある作業じゃったよ」

 ふわふわと飛んできたヴォルトがツカサの肩に座り、触ってごらんと手を差し出してきたので、壊れ物みたく慎重に触ってみる。

 体温は無く触るとひんやりと冷たいが、肌触りは元鉱石とは思えないほど人肌に近い。

 また髪も一本一本独立しており、軽く撫でてみたらとても滑らかで、その間ヴォルトはくすぐったそうに笑いながら、なすがままとなっていた。


 「感覚はあるの?」

 「ええ、人に近しい五感を再現してもらったわ。これで私も人と同じご飯を食べる事ができるし、物に触れる事も可能になったのよ。着脱も自由!」

 そう言って見慣れた紫色のボール状が人形から飛び出し、またすぐに人形へと戻る。そこに制約はないらしく、また人形込でも普段通りにヴォルト・ギアへと入り込むことが可能らしい。

 詳しい理屈なんかはさっぱり分からないが、雷の精霊であるヴォルトが人間へと歩み寄ろうとしてくれている事だけはよく分かった。


 「博士、ありがとうね。このお礼は行動で返すわ」

 「デブリヘイム事変でも世話になったんじゃし、気の済むように動いてもらえればそれでいいんじゃよ」

 カシワギ博士の周囲を飛び回るヴォルトに、博士はにこやかに笑って応じている。

 傍から見れば妖精と戯れる幼女という幻想的な絵なのに、片や中身は爺さんで片や中身は雷の精霊という、メルヘンから一気に異世界ラノベに移行するこの温度差はなんなのだろうか。今更か。


 「ツカサくんは明日から向こうでの護衛任務じゃったな。大変な仕事じゃろうが、まぁ気負わずにやってくれればそれでいい。こちらからも精一杯のフォローはするつもりじゃから、何かあったら遠慮なく連絡してくれい」

 「ありがとうございます、博士」

 その後は軽く挨拶を交わした後、ツカサ達は研究室を後にする。

 周囲はすでに真っ暗だが、電車の動かないような時間ではない。

 支部を出る前にヴォルトは人形ごとヴォルト・ギアへと引っ込んだ(本当に吸い込まれるようにすんなりと入っていった。ダークエルダーの技術は謎が多い)し、思い返す限りではもう用事はない。


 「んじゃまぁ、のんびりと行きますか」

 少々大きめの独り言(実際はヴォルトに向けてだが、外で返事はしてくれない)を呟き、ツカサは意気揚々と歩き出す。

 別に何が楽しみとか、そういうのではないのだが。

 それでもまた、この仕事の間に()()があるんじゃないかと、そんな予感がするので。

 ツカサはそんな予感に内心ワクワクしながら、キャリーケースを押していく。


 見上げた空には雲ひとつ無く。夜もそろそろ深い頃だが、往く道を照らすかのように月は輝く。

 この先にきっと、望むものがあるよと、そう教えてくれているかのように。

 一人と一体は道を往く。目指す先でも、きっと楽しい事がありますようにと、そんなことを思いながら。

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