続々々 夕焼けと、赤・青・黒
ヤのつくとある総会と契約し、黒雷以下数隊の戦闘員が傭兵として雇われることが決定した日、その夕方。
本当に20日後(正確には残り17日程だが)に襲撃がかかるかどうかも分からない状況の中で、ツカサ達は彼らの経営するアパートを借りて泊まり込む事となった。
ひと月近くそのアパートで過ごす為、必要な荷物を取りに自身の住処へ戻る途中。いつもの夕焼けの時間が近くなった為に、ツカサはついいつもの公園へと足を向けたのである。
「……あ、司さん。久しぶりじゃないか」
「あら、こんばんは。デブリヘイム事変の後片付けで忙しいと聞いていましたが、もう大丈夫なのですか?」
いつもの公園のいつもの手すりの前で、いつもの二人が並んで空を眺めていた。
長らく、デブリヘイムの対応に追われるようになってからほとんど来れていないため、本当に長らく見ることのできなかった光景に、ツカサはなんだかようやく肩の力を抜く事ができた気がした。
「やぁ、二人共久しぶり。そっちの方は何とか一段落着いたけれど、次は隣町の方で騒ぎがあってね。明日からしばらく泊まり込みさ」
この二人には、大杉 司という『地域安全保障組織』所属の隊員としての身分を明かしている。
町でしつこいナンパに遭っている所に介入して、この公園でちょくちょく会うようになり、こうして気軽に話せる程度には親睦を深める事ができた相手だ。
オタク気質で異性の友人すらできなかったツカサにとっては、珍しく話のできる相手である。
「ははっ、ご愁傷さま」
「なに、ダークエルダーの動向を探るのが俺の仕事だからね。仕方ないと諦めているよ」
肝心な所は嘘を言わずに誤魔化す話術がだんだんと板についてきたツカサは、いつかこの二人にも真実を話す日が来るのかと、ちょっとだけセンチメンタルに浸りながら手すりへと体重を預け、空を見上げる。
前に見に来た時よりも陽が長くなったからか、沈み始めるにはまだ少し時間がある。
それまでは二人と他愛ない話をしながら、のんびりと待つつもりであったのだが。
「……実はさ、この前のデブリヘイム事変の時、友達が何人か、デブリヘイムに襲われたらしいんだ」
突然日向 陽がそう零した。
「あっ、幸い怪我も大したことなくて、当時も助けてもらって、今は普通に登校してるんだけどさ」
「ああ、よかった」
いや実際に襲われた方はよくも何ともないのだが。人間サイズの昆虫のような見た目をした奴らに無防備な状態で襲われたら、誰しもがトラウマを残すレベルの恐怖を味わうだろう。
「……そいつらの話だと、どうやらダークエルダーの黒い奴に助けられたらしくてさ。黒雷っていうらしいんだけど、司さんは知ってるか?」
「……ん、ああ。知っているとも。あの電撃使いの鎧だよな?」
まさか一般人相手に御本人だとも言えず、他人行儀に話すしかないツカサ。名前が知られているのは意外だったが、よく考えれば町中でブレイヴ・エレメンツと対峙する時は大体名乗ったり呼ばれたりしていたので、そこから広まったのだろうと納得する。
「……アイツさ、なんでダークエルダーなんかに居るのかなって。いやそもそも、あの時はダークエルダーだって本気になって戦ってたんだ。デブリヘイム相手に一歩も引かずに。そういうのって正義の味方がやるもんだろ? なのになんで悪の組織なんかが、って、ずーっと考えてるんだ」
つまり、悪の組織らしくないとでも言いたいのだろうか。それはそれで少し傷つく事ではある。
ダークエルダーは数ヶ月前に、武力をもって日本各地を制圧した実績がある。
己の美学のためとはいえ、大多数の人間に迷惑をかけたのだ。それでもまだ、悪の組織ダークエルダーという看板に疑問が出るという事は、悪の組織としての威厳が足りないという事だろうか。
「それは違うよ、日向くん」
気がつけば、口からはその言葉が出ていた。
「ダークエルダーは別に、正義の味方の真似をしたくてデブリヘイムと戦っていたわけじゃないんだ。彼らはただ、自分達の美学に沿わない者に対して攻撃しているだけ。デブリヘイムに支配するべき国が攻められていたから防衛をした、くらいの考えの方が近いかもしれない」
悪には悪のプライドがあり、美学がある。
それを、正義の味方の真似事をした程度で疑問を持たれるのは、うまく言葉にできないが、何かが『違う』気がしたのだ。
「そっか。……なんかそう聞くと、見直しかけて損した、って気がする」
「……うん、今はそれでいいんじゃないかな。もしも本当に彼らが何を成し遂げたいのか気になるなら、直接聞いてみるといい」
「いいのかよ、あんたがそんな事言って?」
「いいんだよ。個人が何を思おうが、それを制限する権利は俺にはない。俺はただの政府の使いっ走りなんだから」
気が付けば、すでに夕陽は沈んでいた。共にいた水鏡 美月は、ただ黙って話を聞いてくれている。
二人で散々話した後なのだろうか。まぁ、下手に話を続けてボロを出したくはないので、これで話題が切れるのは有難い事ではあるのだが。
「それじゃ、俺はもう帰るよ。これから荷物をまとめなきゃならないからね」
「あ、うん。……ありがと、司さん。話ができて、ちょっと楽になった気分」
ツカサはその返事として右手を上げて軽く振り、颯爽と歩き去る。
ちょっとでも大人として格好をつけられただろうか。
「司さん!カッコつけたとこ悪いけど、響〇さんの真似は似合ってないぞ!」
背中からそう声を掛けられて、赤面しながら早足で帰った。
ああ、あんなにダンディな方の真似なんてまだ早いなんて事、最初っから分かってたよ。……ちくしょう!




