決戦!『マザー』を討伐せよ! その4
連続投稿2本目。
切りが悪くて長くなっています。
アベル達が『マザー』と戦闘を始めた頃。
黒雷とライフルレッドは、カブトとクワガタに一方的に蹂躙されていた。
「ぐふっ……!」
今も腹に蹴りをくらい、堪らず後ずさる黒雷。
カブトはカウンター主体なのか、自発的な攻撃は控えめで、常に歩いて接近してくる。だからといって油断していると、今度はこまめなダッシュをかけたりしてきて。
戦闘に慣れているというか、単純に強い。
そして更には、
「また消えた……ぐっ!」
たまに視界から完全に消え、背後から後頭部を狙って攻撃を繰り出してくるのだ。
「硬くて強くてオマケにクロックアップ……?リスペクト先をそこまで再現しなくていいから……!」
カシワギ博士自慢の防御力のおかげでまだ立ってはいられているが、ここまで強くては並のヒーローでは太刀打ちできないだろう。
現にヒーロー達からも一目置かれているライフルレッドですら、自身の持つあらゆる技能と技を使っても時間稼ぎに徹するしかなくなっているのだ。
ここまで中心部まで深入りしている以上、加勢を期待する事もできず、かといって逃げたりしたら、今度は『マザー』へと向かった彼らにこの脅威を押し付けることになってしまう。
黒雷達にできるのは、この場でコイツらの足止めを続けるか、頑張って倒すかの二択。
「なぁヴォルト。コイツら何とかする手段、ある?」
「あるわよ?」
「マジ?」
ダメ元でヴォルト・ギアに潜んでいるヴォルトに声を掛けたら、案外あっさりと返された。
「ただまぁ、それなりに貴方達に負担を強いる上に、彼に手の内をひとつ見せる事になるから。あんまりオススメはしないわ」
気乗りもしないしね、とヴォルトは嘯く。
気乗りでもなんでも、こっちは文字通りの死活問題なのだ。できることなら力を貸して貰いたいが、しょせんは気乗り云々で見捨ててもいいような相方だったというだけなのだろうか。
「そうじゃないのよ。あんなの、工夫し時間を掛ければ誰だって倒せる相手。そんなの相手にリスクを負わせるのは忍びないってだけ。……なに、貴方は私がそんなに冷たい存在に見えていたの?」
心底心外だわ、とヴォルトは言うが。黒雷……ツカサとしては、ヴォルトと契約してからまだ何もしてあげられていないと思っているのだ。
契約というのは、お互いに利益があって初めて成り立つもの。しかし今のツカサはヴォルトに力を貸してもらうばかりで、何も返すコトができていない。
いつ見捨てられてもおかしくないと、ずっと心の片隅で思っていたのだ。
「……バカね。私は貴方達といて楽しいと思うから、こうして契約し傍にいてあげているのよ。今はそれが対価。貴方が返したいと思うなら、これから返してくれればいいわ。だから……」
つまらない事言わせないでよね、とヴォルトは言って。
「作戦開始前からずっと力を溜めていたわ。これを相手に直接触れた状態で解放すれば、あんなの体内から丸焼きにしてやれるわよ。本当は『マザー』に対しての切り札のつもりだったんだけど」
「クロックアップにはどうやって対応すれば?」
「それを今から説明してあげるから、目の前の敵を凌ぎながら聞きなさいな」
◇
ヴォルトの説明はライフルレッドにも聞かせていたらしい。
彼の装着しているインカムに電気的に介入して云々と言っていたが、まぁ精霊様のお力で同じ説明をしなくてもよくなったとだけ思えばいいだろう。
「それで、なんだ?脳の電気信号を精霊が操って反射神経等々をあの超加速に対応できるように加速させるから、一撃であの装甲を破れる火力を用意しろと言うのか?」
「そういう事だ」
黒雷とライフルレッドは防戦一方のまま、現在はお互いに背中を合わせて立っている。
深い森の中の、ちょうど開けた場所に誘導されたようで、二人にはもはや逃げ場もない。
ライフルレッドも手持ちの小道具は使い切ったようで、先程からクワガタのクロックアップに嬲られ始めていたのだ。
「……確かに、当たらんと思って使っていなかった技はあるが、それを外したらもう打つ手なしってワケだ」
「どの道今も打つ手なしみたいなものだろう?」
「ははは、確かに」
お互い既にボコボコにやられた後の満身創痍。後はもうどれだけ戦闘を長引かせられるか、まで追い詰められているのだ。
「ただしデメリットもあるから、それは諦めてもらうしかないな」
「無理な加速を掛けるせいで神経やらがボロボロになる危険性、か。ここから生きて帰れるなら、いくらでも病院の世話になるさ」
そう、いくらヴォルトの力でパワーアップが可能とはいえ、人体はそんな行為に対応できるとは限らない。
ただ人にもよるが、ここで嬲り殺しにされるくらいならばと、少しでも生き残れる手段を選択するだろう。彼らがそうなのだ。
「だから他にやり方くらいあるってば。……相手にこれ以上の手札がない事が前提だけどね」
ヴォルトには何とかなる可能性が見えていても、黒雷達にはこれ以上の手段が思いつかない。既にノックアウト寸前のため、これ以上思考が回らないという事もある。
相手がこちらにトドメを刺しにくる瞬間、そこにカウンターとして最大火力をぶつける。それこそが今の黒雷達に残された唯一の活路なのだ。
「ではお互い、自分に向かってきた方を狙うって事で」
「どっちかが失敗したら終わり。恨むなよ」
「お互いにな」
二人は小さく拳をぶつけ合い、眼前へと向き直る。
黒雷とライフルレッド。お互いに仮面で素顔を隠しながらも、今だけはきっと同じような表情をしているだろう。
森の中からは、二体のデブリヘイムがゆっくりと黒雷達に近付いてくる。それは強者故の余裕か、慎重さ故の警戒か。カブトとクワガタは、虫の息にも等しい黒雷達を前にしても、手心を加える気は一切ないらしい。
二体の右脚が、それぞれ赤と青の閃光を纏う。
トドメの一撃は必殺キック。どこまでもリスペクトを忘れない彼らに、黒雷は敬意を表したい気分だった。
「ハイ・バスターキャノン」
それに対抗するように、ライフルレッドがどこからともなく大口径の砲を取り出す。それは本来なら五人で構え、全員で反動を押さえ込みながら扱う強力な兵器。だが今は、それを一人で扱うつもりのようだ。
「無理無茶無謀は承知の上、か」
対する黒雷は得物であるトンファーを仕舞う。そしてヴォルトが今まで貯めていてくれた全電力を、全て左腕へと集中。
黒雷の鎧には各所に電力を増幅させるための技巧が備えられており、それを活用すれば一瞬だけでも都心部の必要電力を賄える程の電力をその身に宿す事が出来るのだ。
それをヤツの装甲の隙間にぶち込めれば、まず間違いなく消し炭にできるはず。
「さぁ来いカッコイイ奴ら。我らの全力で勝負してやる」
それが聞こえたのかどうか。カブトとクワガタはまた一瞬にして姿を消す。
件の超加速だ。
【■■■■!】
それと同時に、精霊としてのヴォルトの本来の声。それを合図にしてか、黒雷達の視界は瞬時に超加速へと切り替えられた。
二体のクロックアップすらゆっくりに見える程の、コンマ1秒が何百倍にも引き伸ばされた世界。
本来なら到達し得ない感覚の中で、全身のあらゆる感覚神経が悲鳴を上げているのが分かる。
「───────!!」
口を開き叫ぶ動作さえ、今の状態で行おうとすれば命に関わる。
なので、行動は最小限。
なぁに、敵の攻撃をスレスレで回避し、最短の動きで攻撃を当てるだけである。
二人は二体のキックが仮面スレスレを通るよう僅かに首を傾げ、黒雷は左腕を前へ、ライフルレッドは砲口を敵へと向ける。
それは示し合わせた訳でもなく。
というか蹴り技を避けた後に、一番装甲が薄く狙いやすい場所を狙おうとするならば、なりふり構わずここを狙って然るべきだろう。
そう、股間である。
「「───!!!」」
声にならぬ咆哮を上げる。
二体の蹴りは仮面を容赦なく削っていったが、それだけだ。
致命傷には程遠い。ならば、動く。
今更血管がちぎれようが酷い頭痛がしようが血の涙を流そうが、そんなの死ぬより安い。
それぞれが敵の股間へと一撃を放つ。
その瞬間に、世界が元通りの時間へと戻った。
……
…………
………………
「……勝った、のか?」
「生きていれば……勝ち、なんじゃないか……?」
黒雷とライフルレッドはお互いの攻撃の反動であらぬ方向へ吹き飛ばされ、全身が激痛に軋みピクリとも動けない中、それでも生きていた。
黒雷の雷を受けたカブトは、全身を駆け巡る特大電力の奔流により内部から炭化し、ライフルレッドの捨て身の一撃を受けたクワガタは、股間から頭部に架けて一直線に風穴を空けていた。
これで生きていたら不死を疑うくらい酷い有様である。
「いつつ……これは舌が回るだけ奇跡だな……」
「だから言ったじゃない。デメリット承知で挑んだのは貴方達だからね。私は謝らないわよ」
二人共満身創痍を通り越し身動きひとつ取れない中、何のそのとばかりにヴォルトが周囲を回るように飛ぶ。
残念ながら球体である精霊の表情は読むことはできないが、どことなく所在なさげに見えるのは心配してくれているという事で合ってるだろうか。
「……なぁ黒雷。あんたは『マザー』への救援に動けそうか?」
「貴方が無理なら私も無理だ」
「ははっ。鍛え方が足りないぞ?今度俺達と同じジムに通わないか?」
「同じく動けない貴方に誘われても説得力がないな。素直に後続部隊が追いつくまで待機だ」
ともかく敵の上位存在であろう二体は倒した。後はアベルとブレイヴ・エレメンツの活躍に期待しよう。
そう黒雷は内心決めつけ、インカムから救援を頼んだのだが。
返ってきたカシワギ博士からの秘匿通信は以下の通りである。
《キミ、敵幹部っぽいのとタイマンはったのはいいんじゃが、自分が最終兵器を持ってるって事忘れてるんじゃないかね?》
「……」
どうやらまだ黒雷には仕事が残っているようである。




