決戦!『マザー』を討伐せよ! その2
誰かが敵に見つかるヘマをした。
その瞬間に始まったのは、蝉型デブリヘイムの大合唱。それは秩父全域を覆うほどの大音量で、これで侵入を気付かれていないと言い張れるはずもない。
ならば手段はひとつと、誰もが作戦通りに手段を切り替える。隠密から強行突破へと。
そして最前線を行く者達は、誰もが相応の場数を踏んでいるヒーローだ。一騎当千にも等しい彼らの戦闘力の前には、デカいだけの昆虫なんて脅威ですらないだろう。
そう、ただデカいだけの昆虫であったならば……。
「クソが!警戒レベルを引き上げたなんてもんじゃねーぞコレェ!」
ヒーロー達を待ち受けていたのは、硬い装甲を盾にするようにして進路を塞ぐ甲虫類型デブリヘイムや、至る所に強靭な糸で巣を張り獲物を待ち受ける蜘蛛型、更には上空より毒針の雨を降らせてくる蜂型などバリエーションに富んだ防衛網だった。
今までの数だけでロクな知能も無さそうだったデブリヘイム達とは一線を画す、軍隊並に統率の取れた行動をする彼らの前に、ヒーロー達は否が応でも足止めをくらう事となる。
長期戦は必須。誰もが今まで敵を侮っていた事を悔いつつも、決して前に進むことを諦めない。
彼らはヒーロー。仲間達と協力し、強大な敵へと挑み続ける最高の正義の味方である!
◇
一方その頃、黒雷達といえば……。
「ふははは!行け!ダークエルダー特製螺旋吶喊号!前へ前へと進むのだ!」
蝉の大合唱が始まってからすぐに前線へと届けられた、ドリルにキャタピラを付けただけのような兵器に搭乗し、文字通り防衛網に穴を開けながら直進し続けていた。
その螺旋吶喊号は時速80キロでひたすらまっすぐ進み、対地・対空防御は搭乗員任せという欠陥兵器だが、こういう事もあろうかと一基だけ配備されていたのだ。
「おいアベル!さっき突破した防衛網の虫共が追ってきてるぞ!誰が残る!?」
「アーミーΔ!あとグリーン!頼む!」
「「応ッ!!」」
前日の作戦通り、ひたすらに戦力を分散し前へ前へと進み続ける黒雷達。これを何度も繰り返し、現在は黒雷とライフルレッド、それにブレイヴ・エレメンツの二人とアベルのみが残っていた。
「なぁアベルさんよ!なんでオレ達は残されているんだ!?」
「単体火力特化だからだ!『マザー』に対して精霊の力を借りられる君達は切札足り得るからな!」
サラマンダーの疑問に対し、アベルが叫ぶ。最大全速で走り続ける屋根も壁もないオープンカーに乗っているようなものだ。駆動音の方がうるさいまである。
「レーダーに巨大な反応が見えた!『マザー』は近いぞ!……あっ総員退避ィ!!」
黒雷の間抜けたセリフに、全員して一拍反応が遅れながらも螺旋吶喊号から飛び降りる。無人となった螺旋吶喊号はしばらく走り続けていたが、何かにぶつかる様に急停車した瞬間、突如轟音と共に爆発四散した。
元々特攻兵器として存在しているため、簡素な作りの陰に大量の爆薬が仕込まれていたのだ。これで目標を丸ごとぶっ飛ばそうという、悪の組織らしい凶悪な兵器なのである。倉庫で埃を被っていたが。
「なんだ、どうなった?」
「『マザー』の反応の前に二体、デブリヘイムの反応があった。恐らく……」
黒雷達の正面、爆煙渦巻く森の中、燃え盛る炎を背に二体の影が立つ。
それはスラッとした高身長の人型で、人との違いをあげるなら、その頭に伸びる立派な角だろう。
片方は、途中で二股に別れた雄々しき一本角で。
もう片方は、ハサミのような鋭い二本角で。
「カブトと、クワガタか……」
その姿は今までのデブリヘイムと違い、凛々しくも猛々しい、男の子が思わず歓喜しそうなほどスタイリッシュなフォルムをしていた。
サラマンダーと黒雷が思わず「カッコイイ……」と呟いてしまうのもやむ無しと言えるだろう。
「いつか当たるだろうと思っていたけど、この人数の時に幹部クラスと当たるのか……」
あの二体は間違いなく『マザー』の近衛として存在する、最終防衛ラインだろう。つまりはこの二体の先に『マザー』がいる事の示唆であり、またこれを越えねば『マザー』にはたどり着けないという事。
「なぁライフルレッドよ、片方は任せていいか?」
「ならクワガタがいいな。俺は昔からクワガタ派なんだ」
「奇遇だな。私はカブトの方が主役っぽくてやり合いたかったんだ」
はっはっはっは、と男二人で笑い合う。
二人の後ろで「オレがやる!オレにやらせろ!」と叫んでウンディーネに羽交い締めにされて止められているのが一人いるが気にしない。
「と、いうわけだ。俺達が抑えるから、先にいけ」
黒雷とライフルレッドは返事も聞かずに、それぞれの相手へ向け駆け出す。
元々は『マザー』へはせめて四人以上で向かう手筈であったが、そんな事を言っていられる相手では無いことはこの場の全員が肌で感じていた。そもそもタイマンで勝てるかどうかも怪しいと。
「それでも、貴様達には消えてもらわねばならんのだ!」
悪党御用達のセリフを吐きながら、黒雷はトンファーに発生させた雷刃を振り下ろす。しかしそれもカブトムシの硬い装甲を切り裂けず、僅かな焦げあとを付けるのみ。
「なっ……」
防ぐ動作すらしなかったカブトムシ。黒雷は驚いた隙に脇腹に蹴りを喰らい、たまらず3メートルほど吹き飛ばされた。その細身に反して痛烈な攻撃力と防御力。正しく小型のデブリヘイムの中でも最強格であろう事は間違いない。
「くっ……そぉぉぉ!」
痛みを堪え、すぐに間合いを詰めて連撃へと移る。一瞬チラッと見えたライフルレッドは、どうやら手持ちのスモークグレネードやワイヤー等を使い、足止めに徹するようだ。
ならばこちらも必要な仕事をするのみ。
間接や複眼を狙えば、さすがのカブトムシも防御をするようだ。ならばそうやって時間を稼ぎ、
「行け!『マザー』を倒せ!」
強敵を前に主人公達を進ませるべく、捨て石になる脇役の如く有るのみだ。
「すまん!」
アベルとブレイヴ・エレメンツが『マザー』へと向け走って行くが、二体は追おうとはしなかった。すぐに追い付いて始末できるとでも考えているのか、目の前の黒雷達しか見えていないのか。昆虫モドキの考えている事なんて分かりはしないが。
「その調子でしばらく付き合えカブトムシ。どうせなら八つ当たりさせてもらうぞ!」
特に身内が怪我をしたとか、そういう恨みは黒雷にはない。だが、どうしても晴らさなければならない怒りならあるのだ。それは……
「貴様らが町中に現れるせいで特撮の撮影が中止になり、ニチアサがしばらく見れないんだよぉぉぉ!」
特オタの私怨である。
「テメェらまとめて、去ねやぁぁぁ!」
タイマンでの戦闘となり、思念のためか口調すら荒くなる黒雷の、因縁(?)の戦いが始まった。