決戦!『マザー』を討伐せよ! その1
一晩眠り、次の日。
埼玉県が秩父にて、悪の組織ダークエルダーの主力部隊と、腕に覚えのあるヒーロー達が一同に会していた。
ヒーローと戦闘員及びサポートに回るスタッフ、総員453名。
これらが此度、デブリヘイムの親玉たる『マザー』を討伐する為に集まった戦士達の数である。
個人の戦闘力を鑑みれば、小国なら一夜にして落とす事も可能だろう戦力。逆に言えば、それだけの戦力を集めざるをえないほどの戦いだとも言える。
《みな、よく集まってくれた。感謝する》
全員が装着しているインカム(マスクを被るヒーロー達には専用の通話装置を配られている)に、この作戦の陣頭指揮を担当するブロッサム中佐から通信が入る。すでに彼らは担当する方角へと割り振られ、後は作戦開始の合図を待つばかり。
《いよいよ、この日がやってきた。我々はこれより、デブリヘイム原種、通称『マザー』の討伐を行う》
誰もが声をあげず、息を潜め、静かにその言葉を聞く。
《敵の戦力は未知数。対するコチラは、500名にも満たない。普通なら死んでこいとでも言うような、クソみたいな役割だろう》
その言葉に、あちらこちらから苦笑が漏れる。士気を上げる為の演説だろうに、そんな今更なことを言ってどうするのかと。
《──だが、我々はヒーローを知っている》
◇
黒雷達は、目標地点までなだらかな、一番侵攻しやすいルートを担当する。森の間にけもの道が幾つものび、いかにもここを通ってくださいと言わんばかりの道だ。
当然移動に適した道があるという事は、それだけ敵の警戒が厚い可能性もあるという事。
《そして、ヒーロー達と競うように存在する、悪の組織を知っている》
ブロッサム中佐の演説が今とても耳に心地よい。いかにもこれから大事なシーンだぞ、というのが分かりやすくて、否が応でも気合いが入る。
戦闘班の後方には、多機能車両や救護班など、あらゆる局面で充実なサポートを提供してくれる優秀なサポーター達が控えている。最前線を支え続けた彼らは誰もがその分野のスペシャリスト達であり、彼らの支えがあってこそ、戦闘班は万全な状態で戦えると言っても過言ではないだろう。
《そんな君達が、一時とはいえ手を組み、人類の脅威へと立ち向かおうと言うのだ。これで勝てない道理など無いに等しいだろう》
ブロッサム中佐はそこで一度言葉を切り、
《侵略者共に教えてやれ。「人類は昆虫もどきに敗けるほどヤワじゃない」ってな》
誰もが無言で己の得物を構える。作戦はとても簡単。道中の雑魚はサイレントキル、誰かがしくじった瞬間から短期決戦へ切り替わる、だ。
ワンマンアーミーに等しいヒーロー達を束ねるなんて考えていない。ただそれぞれがやれる事を最大限にやってくれればいいだけだ。
《それでは……作戦開始!》
何気に人類の存亡を賭けた戦いの火蓋が、今切って落とされた。
◇
黒雷達は曲がりくねったけもの道を全速力で駆け抜けていた。
「レーダーに感あり。前方50メートルに二匹、その少し後方に五匹。他、周囲には反応なし。アベルはどうだ?」
「俺も同じ結果だ。一人一殺、やれるか?」
「もちろん」
言ったその場で黒雷達は散開し、アベルの合図で七匹全てを同時に一撃の下粉砕する。そして隠蔽なんてせずに即座に移動。
立ち止まっている余裕はない。戦闘痕が敵に見つかる前に少しでも先に進まねばならないのだ。
「しかし、どんだけ数がいるんだ?」
ブレイヴ・サラマンダーのボヤきに、誰もが一様に苦い態度を示す。
作戦を開始してから、先程の戦闘までのおよそ十分間。その間にもう20回ほど小隊規模のデブリヘイムと遭遇しているのだ。
やり過ごせる場合は全てやり過ごして来たが、それでもこれだけの回数遭遇するとなると、全体数は如何程になるかなぞ考えたくもない。
「次、数はおおよそ……30以上。そろそろかくれんぼは終わり、というところか?」
走りながらレーダーを見れば、前方は既にデブリヘイムの壁。騒音を立てずに殲滅をと言える数ではなくなってしまった。
そこでどうしようかと、作戦を練るべく一旦立ち止まった瞬間、周囲から季節外れの蝉の大合唱が響いた。
それは黒雷達から向かって左側から波及し、目の前のデブリヘイム集団の中にも混ざっていた蝉型デブリヘイムへと伝播し、それは更に右側の森の中へと続いていく。
誰もが嫌な予感を抱いた瞬間、インカムから慌てたようなブロッサム中佐の声が届く。
《とある班のヒーローがしくじった!今の蝉の鳴き声はきっとアラート代わりだ!総員作戦を切り替えろ!一刻も早く『マザー』へと辿り着け!》
「鳴子の変わりに蝉とか、それなりの地頭があるじゃないかクソッタレ!」
それは誰が叫んだか、もはや一刻の猶予もないと誰もが駆け出す。
「ここまで全員で進めただけ重畳。行くぞガンレンジャー!レディ……!」
『開戦!!』
ライフルレッドの声に合わせ、六人の戦士が声を張り上げる。どっかの特オタが便乗していたが、今はツッコミを入れる余裕なんてないのだ。
ここからは隠密なんてなんのその。力いっぱい相手をぶん殴る総力戦が開始された。