『マザー』攻略作戦 その3
喫茶店での第一回『マザー』攻略作戦会議から数日経った。
未だにカシワギ博士は研究室へと篭もりきりで、食事を届けに行く係の者と時折遊びに行くヴォルトとしか会話をしていないらしい。それだけ集中しているというか、あの人の場合熱中しているの方が正しいのかもしれないが。
そしてその間にもデブリヘイムが日本各地で頻繁に現れるようになり、ヒーローやダークエルダー、それにどちらにも所属していないがそれなりの力を持つ一般人までもが表舞台へと出て対応に追われる羽目になってしまっている。
デブリヘイムももはや擬態せずに群れで現れるようになり、突如地中から現れては人の密集している場所を襲うという事を繰り返すようになった。
ここ数日だけでも行方不明者の数はどんどん増え続けているため、おそらくはデブリヘイムに捕食されたのだろうと政府は結論付け、被害の多い地域は外出禁止令やその地域の閉鎖まで視野に入れているのが現状である。
そしてここでもまた、五匹のデブリヘイムを前に大立ち回りを演じている男が一人。
その者は漆黒の鎧を身に纏い、真紅に輝く一対のトンファーを手にして、気合いの咆哮を上げながらデブリヘイムへ向けて走っていく。
黒雷である。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!」
ヴォルトの力を借り、紫電を纏ったトンファーが大気の焦げるような匂いと共に、その身に濃密な雷の刃を形成する。
それは例えるならビームサーベル。刃渡りにして八十センチ程だろうか。それによって斬るというより焼切るといった感じで、次々とデブリヘイム達の関節を切り落とし、頭を落とし、胴体を半分に割ってトドメを差していく。デブリヘイム共は昆虫をモチーフにしているだけあって、生命力が凄まじいのだ。頭を落としただけでは平気で反撃してくるため、今では誰しもがバラバラに解体するか跡形もなく焼失させるかの二択をとっている。
「これで、ラスト!」
最後に残った一匹の両足を一刀に切り捨てると、倒れ伏せる胴体に二刀の雷刃を突き刺し、内部から高電圧高電流によって焼き尽くす。
そうした後に残るのはいつもの謎の鉱石だけ。どんなに高火力な攻撃を与えても、多少砕けるだけで大体の原型を留めているこの鉱石は、一体何をもってデブリヘイムの体内に存在するのかは分からないが。そこを考えるのは研究者達に任せ、黒雷達はただ現れた脅威を排除するのみである。
「黒雷より本部。コチラに現れた分は終わった。他には現れたか?」
『こちら本部。現在検知できた他の反応は現在ヒーローが対処中。休息も兼ねて、一度本部へと帰還してください』
「了解した。ただちに帰還する」
仮面に内蔵された通信機での会話を終え、周囲に人目のない場所を探して歩き回る。一応帰還用のワープ装置もあるのだが、緊急脱出用だしコストもデカい。とても日常的に使えるものではないため、緊急時以外は自力での帰還が推奨されているのである。
しかし、変身中はとにかく目立つ。そりゃコスプレ紛いの凄まじい格好をしているので、人目を引くのはやむ無しだが。なるべくなら悪目立ちは御遠慮願いたいところである。
そこで活躍するのが、町中に複数設置されたダークエルダー製の公衆トイレや電話ボックスだ。
これは一般的な機能の他に、他の同じ機能を持つ施設への隠し通路を備えているのだ。これを使えば隠し通路内で変身を解き、他の施設から外に出ることによって正体バレを防ぐ事ができる。もちろんダークエルダーの社員証を持つ者しか通れないため、一般人が間違って入ることも無い。完璧な設計である。
◇
とまぁそんな施設を駆使しつつ支部へと戻ったツカサを待ち構えていたのは、ロビーのソファに座りノートPCを弄っていた小柄な幼女。
「おお、待っておったよツカサくん」
近頃はずっと部屋に篭もりきりであったカシワギ博士であった。
「どうしたんですカシワギ博士。言ってくれればヴォルトを向かわせましたよ?」
「ああ違う違う。待っとったのは君もなんじゃ。ヴォルトの協力も必須なんじゃがな」
そう言って博士が見せてきたノートPCには書き途中であろう企画書の1ページ。そこには様々なグラフや文章が書き連なっていたが、一番目を引いたのはその企画書のタイトル部分。
【黒雷における対大型敵性体への超高火力兵器作製についての草案】
「あの……博士、これは……?」
「読んで字の如く、『マザー』を一撃で屠る為の最終兵器を作ろうって話じゃ」
なんとこの博士、昨日までで鉱石の解析はある程度完了しており、後は他の研究員に裏付けを取ってもらうだけの段階まで進んでいたとの事。そして昨日パッと思い付いたこの企画のために、一日余分に引きこもっていたと、そう宣った。
「鉱石の解析は問題ないが、『マザー』の耐久性やらなんやらは未だに未知数じゃ。じゃから、何がなんでも倒しきる兵器というのは必要だとワシは思うんじゃよ。そこで本人である君を待っていたというところに戻るんじゃが……」
一拍。
「ツカサくん、君は最終兵器を持つならどんな物がいい?」
そういう事をしれっと言うから皆にマッドサイエンティスト扱いされているんだろ、と全力で叫びたくなるツカサであった。