対デブリヘイム包囲作戦 その3
「ヴォルト、お前さん……日本語が話せたのか?」
「正確には今喋れるようになったのよ。私は元々日本語を理解出来ていたし、この石ころ、割と加工が簡単だから。石ころを人間の声帯を模して変形させて、ネットで拾ってきた私好みの声を当てれば、こんなもんよ」
どうやらデブリヘイムから採れた鉱石を精霊ヴォルトが取り込んで、何かをどうにかしたら喋れるようになったらしい。ツカサには詳しい原理は分からない。
ずっと聞き取れない鳴き声のようなものと、ヴォルトのあの球体でできる簡単なモーションでしか意思疎通のできなかった相手であったので、ありがたい事ではあるのだが。
「ほうほう。あの鉱石にはそんな特質が?」
「と言うより私が電気の化身であるから、の要因の方が大きいと思うわ。まずこの鉱石は……」
そして喋る事が出来るようになった途端、呆然とするツカサを放置に専門的な会話を始める幼女と精霊。一介の特撮オタクにはさっぱりついていけない会話であるため、ツカサは諦めて昼食のうどんを啜って待つことにした。
「どーした相棒。無表情でうどんを啜ったりして。俺の筋肉が恋しくなったのかい?」
「なる訳ねーだろ筋トレ馬鹿。アレだよアレ、ヴォルトが喋れるようになって今カシワギ博士と談義中なんだよ」
「ああ、ついていけなくなって漠然と眺めているのか」
「理解が早くて助かる」
ちょうど昼食のトレーを持ってきたカゲトラと並び、何も話すことも無く食事を続ける。
さっきまで夏休み最後の一日みたいな顔をしていたカシワギ博士はすっかり元気を取り戻し、ヴォルトはその周囲をゆったりと回りながらあれこれ喋り続けている。他を見渡せば、普段一緒に活動する黒タイツの中の人達や、あまり関わる事の無い事務員の人達等がチラホラといて、彼らもまたカシワギ博士達を遠巻きに眺めつつ昼食をとっていた。
日本に生まれ日本で育ち、戦闘員となるまで平和な日々を過ごしてきた時は、この光景も当たり前のものとして受け入れていたのかもしれない。いやヴォルトはちょっと当たり前の範疇ではないかもだが。
だが、デブリヘイム達はこの光景を破壊する者だ。彼らは“食事”と称して人を喰らい、隣人に成りすましては次の食事まで人の中に潜む。
「……『マザー』との戦い、絶対勝とうな」
「ん?……おう」
ツカサが今どんな思いでいるかなんて、カゲトラは多分分かっていないだろう。でも何かを察してか、ちゃんと返事を返してくれて。そんな彼と共に戦える事が、少しだけ嬉しくなって。
「飯が終わったらまた巡回に行くか、相棒」
「おうよ。解析側も進展がありそうだしな」
既にカシワギ博士の姿はなく、ヴォルトも着いて行ったのか食堂にはいない様子。解析班が進んでくれれば、それだけツカサ達の負担が減る可能性がある。
一人でも犠牲者を減らし、当然のようにあると信じていた明日を迎えてもらうために。
ちょっとだけ『当たり前』から外れた日常の中、ツカサは明日もこの『当たり前』を守るために、今この時は目の前のうどんを啜るのであった。




