対デブリヘイム包囲作戦 その2
デブリヘイム包囲作戦が発令されてから2週間が経とうとしていた。
成果は推して知るべし、というかたった2週間程度では目に見えての進歩はない。カシワギ博士が労働時間の大半を割いて研究してはいるが、未知の鉱物が相手では悪戦苦闘もやむなしである。
「あーもー!やってられっかー!!」
というわけで支部の食堂にて、ツカサの目の前ではラムネ瓶を周囲に転がしたカシワギ博士が机に突っ伏していた。
「博士、ヤケ酒ならぬヤケラムネですか?」
「当たり前じゃあ……勤務時間に酒なんて呑んでおれんし、ワシは今幼女じゃあ……」
博士は心底気だるそうに、件の隕石の欠片をつついて転がす。見た目はただの黒っぽいだけの石ころにも見えるのだが、アベルの鎧と同成分でできているとなると見た目通りの物だとは言えないだろう。
アベルの鎧は普段、彼が左手首に装着している星装ブレスと呼ばれるアクセサリーに粒子状で保管されている。アベルが変身する際にはその粒子がアベルの周囲へと散布され、それが一瞬にして鎧を形成するのだ。
原理は誰にも分からず、アベル当人ですら使えるから使っている程度の認識だ。即ち先駆者のいない完全なる未知の分野。それをイチから、早急に研究し成果を出さなければならないカシワギ博士の心労は計り知れないだろう。もっとも、研究者の中にはその境地を羨んだりする者もいるそうだが。
「なんかもう、『アベルニウム』とかそういう適当な名前でも付けて、鉱物同士が引き合う性質だけに注目していればいいんじゃないかなーっみたいな投げやりな意見にも今なら食いつきそうな気分なんじゃが、ツカサくんどう思う?」
「はっはっはっ、なら『マザー』は発見できてもそれ以外の性質のせいで倒せないまで有り得ますね?」
「それなー……」
カシワギ博士、再度机に突っ伏す。今まで倒してきた小型のデブリヘイム、その全てがこの鉱石を体内に取り込んでいたのだ。『マザー』だけが都合よく体内に鉱石を持っていない、または性能を引き出し切れていない、という甘い考えは通じないとみていいだろう。
つまり、『マザー』に攻撃を仕掛ける前に解析が終わっていなければ、取り逃してしまう可能性があるのだ。今は小型のデブリヘイムの活動域を見ればおおよその場所(現状では国内の〇〇地方にいるかも?くらいしか判断できないが)は特定できるが、これがもし本当に地下に潜られてデブリヘイムを世界中に拡散されては手のつけようがなくなる。
つまりチャンスは一度きり。相手が勘づく前に速攻で攻撃を仕掛け、二度と再起できないようにしなければならないのである。
「そうは言っても、もうこの支部にある機材のほとんどは試したんじゃよ。本部の方に回したサンプルもまだまだ時間がかかるようじゃし。どうしたもんかのぅ……」
せめて変な手段でも糸口が掴めればいいんじゃが、という呟きを聞いて、ツカサはなんとなーくヴォルトを呼び出してみる。
【■■■■■■■?】
おやつでも戦闘訓練でもないのに呼び出されて困惑気味のようだが、呼び出された以上何かあるのかと、ただふよふよと浮いているヴォルト。何の用事だ人間め、とでも思っていそうなものではあるが、放電していない所を見るにまだ不機嫌ではないのだろう。
「すまないヴォルト。この鉱石を見てくれ、コイツをどう思う?」
呼び出してみたのはいいものの、どう聞けばいいか分からず昔聞いたテンプレみたいな質問をするツカサ。カシワギ博士もじっと見てはいるが、止めるつもりは無い様子。ヴォルトは数秒ほど鉱石を見つめた後、
【■■■■■】
一口で呑み込んだ。
「「ん!?」」
二人して驚いている間もヴォルトは味わうかのように小さく伸縮を繰り返し、すぐにそれもなくなる。精霊って物を食べるのだろうかとか、咀嚼していたようだけど口も歯も見当たらないんだがとか、そんな益体のない事を考えつつも、取り返しのつかない事をしたのだという自覚はあるため。
「……博士、ごめんなさい」
「いや、うん。まぁまだサンプルはあるから……」
まさか精霊がデブリヘイム産の鉱石を食べるとは誰も思っていなかっただろう。そもそも言語が違っているため意思疎通も難しく、ツカサのもとへヴォルトが来るまでにも、幾人ものスタッフが散々何が好きなのか何が受け付けないのかを試した後なのだ。
そうカシワギ博士から説明されても、自身の軽はずみな行動でヘマをしたという考えからは逃げられず、ツカサの表情は暗い。しかもそれが貴重な品なのだから尚更だろう。
「■■■……う゛うん。あーあー。何よ、見ろって渡してきたのはツカサの方でしょう?」
二人の会話に入ってくる声。しかしそれは全く聞き覚えのない、ちょっと高めのアニメ声で。
「博士?」
「ワシが今この状況でそんな声を出す理由があるか?」
ですよねーっと、声のした方向を見れば、そこには薄ら紫電を纏った球体。
「私だって、こんなの見ただけじゃどういう物なのかなんて解るわけないじゃない。そもそもコレを私が取り込むまで会話にもならなかったでしょう?」
「「…………キャアァァァ喋ったァァァァ!」」
ヴォルトだった。