ツカサの退院とヴォルト・ギアの新機能 その2
「おお、ここにおったかツカサ君」
「カシワギ博士、どうしました?」
ツカサとカゲトラが並んで筋トレに励んでいたその時。トレーニングルームに小柄な幼女が入ってきた。手にはツカサから預かっているヴォルト・ギアを持ち、若干呆れ顔で二人を眺めている。
「どうしたって。君が真っ先にヴォルト・ギアを受け取りにこんからヴォルトが拗ねてしまっているんじゃ。さっさと仲直りせい」
カシワギ博士の傍らにはふよふよと、雷の精霊ヴォルトが浮かんでいる。ずっとツカサの方を見て小さな放電を繰り返している事から、相当機嫌が悪いのだろう。まだほんの数日間一緒に暮らしていただけだが、拗ねてくれる程度には近しい存在に思ってくれていたらしい。
「あぁ、すいません。ヴォルトもすまない、帰ったらフル充電したバッテリーを用意するから機嫌を直してくれ」
その一言で放電がほぼ無くなった。ヴォルト達精霊は基本的に食事はいらないが、おやつとして自身の属性と同じエネルギーを吸収することが出来る。またそれを大変喜んでくれるのだ。
「それで、復帰早々筋トレはいいんじゃが。君がワシに頼んでいた物を、よもや忘れるわけがあるまい?」
「当然じゃあないですか!」
博士が言っているのは、おそらく入院中に頼んだヒーロースーツの事だろう。ツカサが自身のワガママを通して、無理を言ってまで作ってもらう約束をした物だ。数日入院していようが忘れるわけがない。
「ヒーロースーツの話ですよね?もうできたんですか!?」
「あー……うん、その話な?なんとなーく本格的にやりたくなって、なんとなーっく幹部会の方に報告してしまったらな……?」
博士がとても言いづらそうに、あーだのうーだの話を引き伸ばしているのだが。ツカサとしてはまず真っ先にツッコミたい箇所がある。
「なーんで趣味の範疇で作るって言ってたものを、よりによって幹部会なんかで話しちゃったんですか!?」
しかも物が物だ。ヒーロースーツだ。普通は許可しないどころか、反逆の意思ありと捉えられかねない。
「俺それ捕まって更生施設送りにされません!?幹部候補の話すら消えますよねぇ!?」
「落ち着け、落ち着けツカサくん。ちゃんと説明するから落ち着きたまえ」
これが落ち着いていられるか、なんて言葉を必死に飲み込んで。ツカサは荒い息のままカシワギ博士の言葉を待つ。
「先に結論から言うとな、ヒーロースーツの話は首領殿が笑いながら面白そうだと言ったせいで一発で通ったわい」
ツカサはもうツッコミを放棄した。
「しかもじゃ、『その計画、全国展開に出来るか?』なんて言われて、予算と人材をたっぷりと用意してもらえてな?幹部会全員がノリノリで話を進めたせいで、『ダークヒーロープロジェクト』なるモノが発足してしまったんじゃよ」
ツカサ、座り込む。なんか話が一気に膨れ上がっているせいで着いていけそうにない。
「ヒーロー側ともダークエルダーとも敵対せず、他の武装組織やデブリヘイム達にのみ戦闘を仕掛けるワンマンアーミー。その存在がいるだけでも、組織としては利点になるらしくてな。他にも皆それぞれ思うところがあるようじゃったが、組織から正式に認可がおりたという事は間違いない。喜べツカサくん、君がダークヒーローの第一号になるんじゃ!」
カシワギ博士は両手を広げ、さも喜ばしい事だと言いたげではあるが。ツカサとしてはそこまで大々的な話になるとは思っていなかったのだ。
何せこの話を持ちかけた根本にあるもののひとつは、『コソコソ隠れたりせずに人前で変身したい』という願望である。
なんかもうどうリアクションをとれば正解なのかが分からない。
ともあれ後悔先に立たず。話が成立してしまったのなら仕方ないじゃないかと、半ばヤケクソになりながらも心の中で折り合いをつける。ヒーローのライバル役としての黒雷も感無量ではあったが、今度は自分がヒーローの側を演じられるというのも素晴らしい。ホントにスーツアクターさんになったみたいでワクワクするじゃないか。
「それでじゃ、今度ダークエルダーの公式デザイナー達が色々資料を送ってくれるそうじゃからの。ツカサくんの納得するデザインがあれば、それを作ってヴォルト・ギアに組み込む。先立ってはヴォルト・ギア自体に認識阻害装置を組み込んでおいたからの。君を個人として認識していない限りは人前で変身しても問題ない仕様じゃ。喜びたまえ」
「ホントですか!?これで俺も人前で変身!って叫んでも良いんですか!?」
「いいぞぉ。これまで我慢した分、存分に叫ぶといい」
「やったー!」
特撮オタクとして夢のような状況。後は期待を裏切らないよう、必死に演技と武力を磨くのみである。
「というわけでカゲトラ、今度は模擬戦を頼む」
「おっ、やる気だな相棒。とことん付き合うぜ」
こうして、悪の組織ダークエルダーによる『ダークヒーロープロジェクト』が発足した。様々な思いが交差する中で、これから事態は徐々に動き始める事となる。
はたして、だんだんと『当たり前の日常』からは離れていっているツカサは、どこへ向かうのだろうか──