幼女、もといカシワギ博士のお見舞い その2
──俺にヒーロースーツを作ってもらえませんか?
悪の組織に属していながら、分不相応だと知りつつも言ってしまったツカサの願い。
ダークエルダーと敵対する気なぞさらさらないが、それでも力さえあれば、取れる選択肢は増えるのだ。
元々ヒーロースーツが欲しい理由なんて、黒雷に変身するのは憚られる公共の場であったり、今回みたいなヒーローとは対峙せずに戦わなければならない状況に対応するためであり、それ以上の理由なんて「特オタの血が俺に変身しろと叫んでいる」とかそんなものしかない。いやそれも我ながらどうかと思うが。
しかし下手に言い訳したところで、結局はヒーロースーツが欲しいの一点なのだ。言い訳しても余計に怪しいだけだろう。
「ツカサくん……」
そう呟いた後、カシワギ博士はじっと見つめてくるのみ。それはツカサの心理を見ぬこうとしているのか、はたまた呆れて物も言えないのか。そんな時間がしばらく続いて、博士はゆっくりため息をついた。
「言いたい事は山ほどある、が今はこれだけ言わせてもらう」
博士はわざわざ自分の鞄から眼鏡ケースを取り出し、中にあった丸眼鏡を掛け、また外して息を吹きかけクリーナーで拭うとまた眼鏡ケースへと戻した。一連の行動に意味があるかは分からない。
「君がな。君だけが、そんなに頑張って戦う必要はないんじゃよ」
謎の行動の後、博士が口にしたのはそんな言葉だった。
「確かに君は、わざわざ安全な場所から前線へと出てくる変わった子じゃ。特撮好きが行き過ぎて、特撮バカ呼ばわりされているのも知っておる」
でもな、と一拍。
「それは君が常に戦っていなければならない理由にはならんのじゃ。確かに今回の一件では、黒雷に変身できずこうして怪我をする羽目になったのじゃろう。……でもな、君だって逃げていいんじゃよ」
博士はそこまで言って、持っていたお茶を飲む。その間も、ツカサは黙っている事しかできない。何故か喋れる雰囲気ではないのだ。
「人を超える力を扱える、扱う為の条件の幅が広がる。確かにいい事じゃ。しかし、それは何も君である必要はない。黒雷という成功例を見せる事で、変身ベルト方式はこれから評価も上がるじゃろう。つまりそれだけ、装着者が増える可能性があるんじゃ。ワシの趣味で作ったオモチャとしてではなく、きちんとしたダークエルダーの兵器としてな」
「力を持つ、選択肢が増える。それはつまり、伴う責任も増えるという事じゃ。半ば無理矢理この基地へと連れ込んだ身としては、君をそんな責任で潰してやりたくはないんじゃよ」
博士はそこまで言い切って、ようやく真剣な相貌を崩した。それによって今までの緊迫した雰囲気も霧散する。
「……つまりワシが言いたいのは」
「一人で無理をするな、ってことでしょう?」
「まぁ、そうじゃな……?」
「なら、俺が考えに考えた答えはひとつです」
言うことなんてただひとつ。なんせ自分は特撮バカなのだから。
「俺の趣味で、便利に扱えるヒーローが欲しいです。スパ〇ダーマンみたいに自由に気ままに動くような、正体不明の変人。ヒーローよりも、ダークヒーローに近い、行動理念がよく分からない妙なやつ。俺は誰もを救い誰もが尊敬するヒーローになりたいんじゃなくて、自由気ままに力を使いたいんです」
ダメな発想ですね、とツカサは自嘲する。これではただ力を欲するだけのダメな奴だ。だが、
「くっくっく……」
博士は笑っていた。
「いいのぅ、責任を投げ捨てたダークヒーロー。評価もされず、神出鬼没で自分の為に戦う変人。ダークエルダーがいくら悪の組織として比較的動きやすくても、それでも自由にならない部分を補ってもらえるならば、悪くない条件じゃろう」
「じゃあ……!」
「分かった分かった。ワシの趣味のひとつとして作ってやろう。ただし、今度は誓約書やら何やらを書いてもらうがな。そうと決まればワシはもう帰る。やる事が増えて忙しくなるでな」
「はい、ありがとうございました!」
そこまで話が進んで、カシワギ博士が荷物をまとめて帰ろうとした時。病室のドアが軽くノックされた。
「兄さん、私です。入っても大丈夫ですか?」
その声は、ツカサにとって久々に聞いた声。ただし絶対に見舞いには来ないだろうな、と思っていた予想外の存在。
「そういえば、君の家族にも入院した事を連絡してあったな」
カシワギ博士の声が乾いた病室に響く。ツカサは驚きで声が出せない。
「……兄さん、誰か来てるの……?」
「返事くらいしてあげたらどうじゃ?」
「妹さんじゃろ?」
貴女がいる状況をどう説明しようか必死に考えているんです。