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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第九章 『悪の組織と冬の寒さと』
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とある冬の日 その6

 レストランへと向かう前に、ツカサ達は礼装へと着替える事となった。

 もっともコチラの方は自分で選ぶことはなく、専属のコーディネーターが全員分の衣装を選んでくれたので着替えるだけで済んだ。

 流石にサイズから何から選ぶのは面倒だったのでありがたい。

 「では向かいましょうか。今回は初回とのことなので、私がイチから説明致しますわ。皆さんはそれに倣って同じように動いてもらえれば大丈夫です」


 「……え、初回?」


 「もちろんですわ! そんな、私が司様と会う機会をみすみす逃すわけゲフンゲフン……。マナーというものは一朝一夕で覚えられるものではありません。何度も繰り返し練習することで自然体として身に付くのです」


 「……あー、そう言われるとそうなるのか」


 ツカサとしては一度実地訓練をしたら、後は睡眠学習に取り入れつつ付け焼き刃のまま挑もうと思っていたのだが、そう甘い考えではいけないらしい。

 ……一応補足ではあるが、ツカサはルミナストーンの所持者ではあるものの、それは社外には公表されていない情報なので食事会等に誘われることはほぼ無いことをここに明記しておく。

 カシワギ博士としては『金持ちになったんじゃから高級レストランくらい行くようになるわな』くらいの心境なので、つまり誰も間違いを指摘する者はいないのである。


 閑話休題。


 今後ともキャロルとの食事会が定期的に行われる事が確定したが、そこを問題視するのはこの場ではカレンと土浦 楓だけ。かといってそれを止める方便も持たない二人は、悔しさを滲ませながらキャロルの後ろをついて歩く事しかできなかった。



 ◇



 ~キャロル・ダイジェスト~


 「まず席に座る時から姿勢を意識してくださいませ。まずは見栄えを良くすることと、相手の目を見て話すこと。ああでも司様の場合は眼力が強いですから、若干下側を見た方が圧が弱まるかもしれませんわね」


 「今回は洋食を選びました。和・中は私も勉強中でして……ええ、次までには覚えておきますわ」


 「まずはナプキンを膝に広げて、ナイフとフォークは外側にある物から。スープの飲み方やパスタの食べ方にも細かく指定がありますので、料理が届いたら順に説明しますわね」


 「食前酒は……今回は頼みませんけれど、こちらも覚える項目がありますので注意してくださいまし」


 「デザートにも順番がありますわよ? 最後だからと気を抜いてはいけませんわ」


 「……今日は私の名義で貸し切ったので問題はありませんが。……いえ、次回も貸切ますので……ゆっくり覚えていきましょうね?」



 ◇



 なんだかヒーローと戦った後のような疲労感がツカサを襲った。

 マナーなんかクソ喰らえとずっと思って生きてきたツカサだが、ひとたび必要になるとこれほどまでに牙を剥いてくるとは……。

 何をするにしても『100点』の正解と照らし合わされ、減点方式でツカサの価値が決められていくこの空間は、あまりにも一般庶民には息苦しい世界である。

 その事を思い知らされたツカサ達は、最高級の料理の味すらも分からぬまま退店し、礼服から着替えてリムジンに乗ったところでようやく一息ついたのだ。


 「……ボク、もう二度と高級レストランに入らなくてもいい。ファミレスでドリンク混ぜたりして楽しみたい……」

 「……今回は私も同感ですね……。王女様がいるからって、スタッフ総出で囲まなくたっていいでしょうに……」

 カレンも土浦もグロッキーだ。ツカサ同様、彼女達もキャロルのマナー講座を受けていたのだが、スタッフの視線を受けながら食事をするという行為に耐えられなかったらしい。

 まぁそれはツカサも一緒なので、乗り慣れていないどころか乗ってる事にすら緊張感を感じるリムジン内ですら安息の地に思えるほどだ。


 「よしよし、頑張りましたわ司様。今度は大使館の中で……二人きりでのんびり学びましょうか」

 何故かキャロルに頭を撫でられているツカサだが、今はもう振り払う気力もない。

 面倒事を頼んだのは確かにツカサの方なのだが、次も同じような事をやらねばならないのかと陰鬱になってしまう。

 それだけツカサの肌に合わない空間であった。出てきた料理は美味しかったけれども、それはそれ。


 「ごめんなキャロル、面倒なことを頼んでしまって」


 「いえいえそんな! もう二度と司様と会えないとも思っていましたもの、嬉しいですわ!」


 「ん? なんで二度と会えないと?」


 「……だって司様、釣った魚には餌を与えないタイプだと思っておりましたし?」


 「……んん? どういうこと??」


 「分からないのであれば問題はありません。ほら、いーこいーこ。……なんだったら、膝枕でもいたしますか?」


 「それは高くつきそうだから遠慮しとく」


 「ちぇー」


 何やら一連のやり取りを向かい側に座るカレン達が睨んでいるように見えるが、ツカサには睨まれている理由が分からない為直しようがない。

 理由の分からない居心地の悪さを感じながらも、リムジンは何ひとつの障害もなく高速道路を駆けていく。



 ◇



 午後8時。

 女子校生を連れ歩くにはちょっと遅いようなそうでもないような時間だが、ツカサ達は無事に土浦 楓の家の前まで到着していた。

 キャロル達はこの後にも別件が控えているらしいので、県内まで送ってもらった後はツカサの自家用車で戻ってきた。

 リムジンよりも手狭かつ乗り心地の悪い軽自動車ではあるが、やはり身の丈に合った乗り物というものは落ち着く。

 「着いたよ、お疲れ様」

 玄関前に横付けし、ツカサがバックミラー越しに声を掛けると、土浦は何かを決意したような表情をしていて。


 「──司さん」

 ゆっくりと、その口を開いた。



 ◇



 (どうしよう、もう終わっちゃう……)

 司さんが運転する車の中、後部座席に座った楓は不安と緊張で吐きそうになっていた。

 レストランでの、好機の視線に晒された時とは違うもの。これは間違いなく己の内から来るものだ。

 歌恋に唐突に誘われたデート(親友付き)は、前半はとても楽しかった。

 司さんの服を選ぶのは面白かったし、たまに自分好みの服を渡しても文句も言わず着てくれたのが嬉しかった。


 ペンダントは歌恋に選んでもらったものだが、買ってくれたのは司さんだし、試着した時に「似合うよ」と言ってくれたので一生大事にしようと心に決めた。

 このロケットペンダントには家族の写真を入れるつもりだけど、裏側に好きな人の写真を秘かに入れておくくらいなら問題ない……と思いたい。

 ──問題はその後からだ。

 キャロルは相変わらず司さんと距離が近いというか、たまにコチラに見せ付けるように甘えている節がある。

 司さんはそれを億劫そうに流してはいるものの、アレだけアタックされていたらいつ堕ちても不思議ではない。


 先程だって、慣れないテーブルマナーに四苦八苦し気疲れしていた司さんの頭を撫でたりなんかして……。

 (羨ましい……いや、妬ましいと思ってるんだ……)

 親友の兄という絶妙に手を出しにくい位置。歳が一個上くらいならまだしも、司さんは既に成人済みの大人だ。

 そんな相手にグイグイいけるほど、楓ははっちゃける事ができない。

 はっきり言って、アピール力では惨敗である。

 しかも恋敵はキャロルだけでなく、ブレイヴ・ウンディーネこと水鏡先輩は既に黒雷姿の司さん相手に告白したらしいし、明日は日向先輩とデートするというではないか。

 容姿端麗・才色兼備・一騎当千・文武両道。もはやおふたりは楓の上位互換と言っても差し支えないとさえ思っている。


 (みんな、司さんのことが好き……。程度はどうであれ、好意を抱いているのは間違いない、はず……)

 あまりにも恋のライバル達が強過ぎる。

 今は司さんの方にその気が無くても、いずれはこの中の誰か……又は同じくらい素敵な女性と付き合うかもしれない。

 そんな魅力的な女性陣を前にして、楓が一歩先んじて踏み出せるタイミングは、

 (今しかない……!)

 歌恋は隣で眠って……いや、多分これは寝たフリだろう。だけど今は、そっと重ねてくれている手のひらの熱がとても嬉しい。


 「──司さん」


 「ん? なんだい、土浦さん」


 言え、言うんだ。今しかないだろ。

 だけど意思に対して、自らの口はあまりにも重く。

 司さんも辛抱強く待ってくれているが、いつまでも「あの……その……」と時間稼ぎを続ける楓のことを、遂に訝しげな目で見るようになって……。


 『くそっ……じれったいですね! 私ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!』

 『あっ待ちなさいラミィ! 今いい所で……!』


 そんな声が聞こえたかと思った瞬間、背筋を突き刺すような痺れが身体を襲い……


 「ボク、司さんが好きです! 今すぐ付き合ってとは言いませんからせめて下の名前で呼んでください!!」


 ──思わず、思っていたことが全て口に出てしまっていた。

ツカサ「これから会食に誘われる可能性もあるのでマナーの練習ヨシ!」


カシワギ「無いとは言いきれないので練習自体はヨシ!」


キャロル「やはりディナーですか。いつ出発いたします? 私も同行いたしましょう」


ツカサ・カシワギ「「キャロラ院」」

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