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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第九章 『悪の組織と冬の寒さと』
380/385

とある冬の日 その1

 新章開幕

 その日はとても晴れた日で、冷たい風が吹き抜けていた。

 「うぅ~~、さむさむ……」

 上着の上からでも容赦なく体温を奪っていく寒風を呪いながら、ツカサはもはや行きつけとなったおでん屋台の暖簾を潜る。

 「こんばんは大将、今日は辛口のポン酒と……まずは卵とダイコンを貰えるかな?」

 「あいよ」

 相変わらずセリフのレパートリーが少ない大将だが、その表情は「よう、あんちゃん。この寒い中よく来たな。まずは一杯呑んで温まりなよ」と言わんばかりの……いや、いつも通りの堅物無表情だ。

 それでも普段は平皿のところを、ちょっとだけ深い皿にお汁を注いでくれたのはサービスと受け取っていいのだろう。


 「ありがと、大将。……かっー! たまんねぇ!」

 よく味の染みたダイコン半切れを一口で頬張り、熱燗で流し込む。仕事帰りの疲れきった身体によく染みるこの味は、まさに社会人の命の水とも言える。

 コンサート・フェスティバルから数日が経ち、気付けば師走も間近。キャロルの護衛任務中に溜まっていた仕事を片付ける為、久しぶりに残業なんてものをしていたら時刻は既に九時を過ぎてしまっていた。

 ラミィに夕飯はいらないと伝え、今日こそはとこの屋台へやってきたのだ。

 外が寒くなればなるほど、屋台で食べるおでんは美味しくなる。たまにの贅沢であればカレンも文句は言わないだろう。


 「大将、次はガンモと白滝、あと牛串ちょうだい!」

 「あいよ」

 じっくりと煮込まれた具材はどれも美味しく、気付けば一合の徳利は既に空っぽになっていた。

 半神になったとしても味覚や触覚は人間のままらしく、寒いハズなのに身体の芯はポカポカしている。半神なので酔えなくなりました、なんて言われたらツカサはきっと今後100年は後悔していたと思うので、良かった良かった。

 「大将、新潟のお酒で高いやつ貰える? そう、二合で。おでんはおすすめ見繕ってくれないかな」

 「あいよ」


 お財布に余裕もあるし、なんと言っても華金である。

 これから何の用事も入っていないツカサは、何も気にせず欲望のままに腹を酒とおでんで満たしていく。

 独りでそんなペースで呑んでいたら、酔いが回るのも早いもので。

 なんとなーく「楽しくなってきたなぁ~」と思った頃には時既に遅し、なんて事もある。

 あまり聞き慣れぬ電子音が自身のスマホから鳴ったのは、ちょうどそんな時だった。



 ………

 ……

 …



 「──はっ!?」

 ツカサは慌てて飛び起きると、まずは周囲を見渡した。

 自分のベッドに寝転んでいたらしいツカサだが、衣服は昨日の夜に着ていた普段着のまま。記憶は曖昧だが、どうやら酔っ払いながらも無事に帰宅したらしい。

 財布やスマホも持っているし、万札が一枚無くなって代わりに千円札が増えていたのでおでん屋での会計も無事に済ませたようだ。

 「ホッ……。良かった、ノアもいない時に飲み過ぎたな……」

 最近のノアは忙しいらしく、何事も無さそうな日はツカサを置いてラミィと出掛けている事が多い。それもあって昨日は久しぶりに飲みに行ったワケだが、どうやら羽目を外し過ぎたようだ。


 「クソ、半神でも二日酔いはするんだもんなぁ……」

 特有の頭痛に顔を顰めながら、ツカサは大きく伸びをした後スマホを起動する。

 時刻はなんと13時。完全に寝過ごしているが、土曜日なので何の予定もないのが幸いした。

 もちろんシャワーも浴びずにこの時間まで寝ていたのは問題なのだが、更に問題らしいものがひとつある。

 「日向さんからのメッセージ……?」

 普段はソシャゲの通知しか届かない起動画面にて、何故か日向 陽からの「楽しみにしてる」という通知が入っているのだ。


 着信時間は昨日の夜。ちょうど酔っ払っていた時間だ。

 つまりツカサは前後不覚の状態で日向とメッセージのやり取りをしていた事になる。

 送り間違いでありますようにと願いながら、ツカサは恐る恐るアプリを起動すると……。


―――


 日向「こんばんは司さん。明後日の日曜日とか暇してない?」


 ツカサ(戦か?)という猫スタンプ


 日向「それは暇してるって認識でいいの? それならさ、二人で遊びに行かないか?」


 ツカサ(私は一向に構わんッッ)という猫スタンプ

 ツカサ(それってもしかして、デデデデ)という猫スタンプ


 日向「なにそれ。あー、デートかってこと?」

 日向「その認識でもいいかな。現行のヒーローショーがドーム街で見れるでしょ? アレ行きたいんだよ」


 ツカサ(行くーーー!)という猫スタンプ


 日向「スタンプで会話するの流行ってんの? まぁいいや、じゃあ日曜日の12時に水道橋駅に集合でどう?」


 ツカサ「了解した。お兄さんは今懐が温かいから奢って差し上げよう」


 日向「なんかキャラブレてない?」

 日向「まぁいいや、それじゃあ日曜日はよろしく」


 ここから未読のメッセージ。


 日向「楽しみにしてる」


―――


 という会話が繰り広げられていた……らしい。

 「は? …………は?」

 思わず二度見、三度見までして、自分がまだ酔ってるんじゃないかとシャワーを浴びてしじみ汁を啜って歯を磨いてもう一度チェックしたが、内容に変わりはない。

 ……つまりツカサは、明日の日曜日に日向 陽とのデートの約束をしてしまっていたのである。

 「………………」

 ここで大きく深呼吸、六秒間息を止めてアンガーマネジメント。なにか違う気もするが昨日の自分を殴りたい気持ちはあるので気にしない方向で。


 「助けて、カレえもーん!」

 もう逃れられないと悟ったツカサは、リビングで寛いでいた妹へと泣きついた。



 ◇



 「……なるほど、つまり昨日夜遊びをしていた兄さんは不用意にも陽先輩とデートの約束をしてしまい、どうしたもんだと悩んだ挙句に私に相談しにきたという事ですね?」

 何やら刺々しい言い方だが、何も間違っていないのでこくりと頷く。

 「それで、私に何をしてほしいんですか?」

 致し方なくという面倒くさそうな顔をしながらも、カレンはきちんと相談に乗ってくれるらしい。

 ならばとツカサも、恥も外聞も捨てる覚悟でぶっちゃけるべきだろう。

 「…………ないんだ」


 「え? なんです、聞こえませんけど」


 「人と外歩きする服が、ないんだ……」


 服がない。そう、服がないのだ。

 ツカサはこれでも二十歳を越えた社会人ではあるものの、去年までは自堕落な一人暮らしを満喫していた身。

 もちろん彼女なんていたこともないので、オシャレに気を使った事なんて一度もない。

 つまり……。

 「人に並んで歩くような、冬服がないんだ」

 ツカサの持っている冬服は基本的にパーカーやダボダボのトレーナーである。普通なら部屋着でしかないような物ばかりだが、オシャレする必要のない独り身の男ならこれでも外出できてしまえるのだ。

 しかしそんな服では、例え行き先がヒーローショーと言えども日向ほどの美人に並んで歩くには分不相応だろう。


 そして買いに行くにしても、ツカサにファッションセンスはない。センスがないので、無理して買いに出掛けたとしてもきっとセール品か、できてもマネキン買いになるだろう。

 ならばそもそも花の女子高生たるカレンに選んでもらおうということだ。

 「……なるほど、そういうことですか」

 事情を把握したカレンは、疲れたように目頭を揉む。

 ツカサがこういう事を頼めるのはカレンだけだ。三國を頼ってもいいかもしれないが、最近再会したばかりなのでちょっとハードルが高い。


 「……分かりました。今日は暇なので買い物に付き合っても構いません。ですがひとつ、条件を出します」

 「二十万までなら即金で出せるぞ」

 「気軽に妹の金銭感覚を狂わせないでください。……とりあえず、しばらく黙っててくださいね」

 そう言って、カレンはスマホを片手に電話を掛け始めた。

 会話の内容はあまり聞き取れないが、「楓」という単語だけは聞き取れたので多分相手は土浦さんだろう。

 どういう条件を出されるのか想像もつかないが、土浦さんが絡むならそう無体な事にはならないと思いたい。


 しばらくの会話ののち、「ではまた二時間後に」と言って電話を切る。

 そうしてようやくツカサへと向けられた顔には、『面白い事を思いついた』という表情がありありと浮かんでいて。

 「これから二時間後に、楓がここへやってきます。兄さんには私というコブ付きにはなりますが、楓と買い物デートしてもらいます」

 そう、宣った。

 今年の更新、ひと月4回更新として計算するとあと14回くらいしかないんですね。

 流石に新章がそんな短くまとまるとは思えないので、最終章突入は少なくとも来年になりそうです。

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