祭りの後の静けさ、それぞれ その1
─ツカサ視点─
翌日、ツカサは言いつけ通り病院に行ったものの、特に問題は見付からなかった。
ただ身体能力は向上してるし免疫力は上がっているしで、その他をざっとまとめると『不良ではないが人間離れしている』という結果が出たとも言えよう。
まぁノアに言われた時点で覚悟していた事態ではあるのだが、改めて言われるとショックではある。
なんでもツカサの血を輸血すると病気に罹らない人間が誕生する可能性もあると言われ、検査ついでに色々と採取されたりもしたがタダで人間ドックにかかる事ができたと思えばとりあえず納得できよう。
「『検査終わり、問題なし。これから帰宅します』っと……」
一応報告だけでもしろとカレンに言われたのでメッセージを送ったが、返ってきたのは『おつかれ』というスタンプのみ。
今は平日昼間ゆえ、カレンも学業で忙しいのだろうと思うことにして、ツカサは空きっ腹に何か入れるかと商店街に向けて歩を進める。
妹と長々とチャットを続けたい、だなんてことではないのだが、ツカサが人間を辞めた事を誰かに心配して欲しいという気持ちがあるのもまた事実。
「あー、彼女欲しいなぁ~……」
ただただ誰かに寄り添って欲しい、なんて希望を込めた声は天へと登り、代わりとばかりにツカサの鼻先に小さな雨粒をひとつ落とした。
「……不幸だ………」
降水確率は朝の時点で20%だったというのに、どうして病院から出た時に当たるのだろう。
「しかも本降りかよちくしょうめっ!」
段々と強まる雨足に追い立てられるようにして、ツカサは行きつけの牛丼屋へ向けて走るのであった。
◇
─キャロル視点─
大使館の廊下を歩いている途中、キャロルはふと窓の外へと視線を向けた。
「あら、雨……」
今日の天気予報は晴れのち曇りだったというのに、雨足は弱まる事なく『ザァザァ』と音を鳴らして地面を濡らす。
尤も、今のキャロルは大使館の中から出る用事もないので被害に遭う事はないのだが。
「司様はお仕事中でしょうか。この雨に当たってなければよいのですけど……」
独りごちたあと、どこからか「チクショー!」という声が聴こえた気がしたが、おそらく空耳だろう。
司の事を思う度、キャロルは「ほぅ……」と頬を赤らめ手を添える。
キャロルの生来の能力である『魅了』をものともせず、それどころかキャロルの誘いを断って“誰かのヒーロー”で在り続ける事を選んだ“熱海の英雄”。
完全に接触や情報を断つ事で対策していた兄弟達とは違う、いくらコミュニケーションを取ってもキャロルに靡かない相手。
そんな落とし甲斐のある相手はキャロルにとって初めてであり、同時にあまりにも魅力的であった。
「私に決して傅かず、靡かず、それでいて神様だなんて……。三度も生命を救われて、惚れない女がいるハズないでしょうに……」
司はキャロルの『私のモノになって』という発言を、珍しいものを所有物として手元に置きたいだけと評したが……それは正解の半分でしかない。
実際にはキャロルも司に好意を持っているのだ。ただしそれは王族として幼少期を過ごし、在野に降りた後を『魅了』の能力で悠悠自適に生きてきたキャロルからすれば、少々こそばゆいどころではない、受け入れ難い感覚であるだけで。
……要するにキャロルは初恋を持て余しているのだ。
「アナタが誰かを選び、娶るまで……。私は絶対に諦めませんからね」
あれほどの男が誰を選ぶのか、それを見届けるまで……況や、キャロルを選ぶまで。
誰からも絶対に好かれる事を約束された少女は、唯一思い通りにならない相手を想って。窓ガラスに息を吹き掛け、曇った箇所に小さくハートの絵を描いた。
◇
─美月視点─
瞑想と称して座禅を組んでから、もうどれ程の時間が過ぎたのだろう。
「…………………………はぁ………」
雨音が段々と激しさを増す中、水鏡 美月は自室で人知れずため息をついた。
昨日に黒雷へ告白してからというもの、いつまでもその事が頭から離れないでいる。
どうして胸中を話してしまったのだろうという後悔と、勝負すら受けて貰えなかった悲しみと、『次に会う時は敵同士だ』という黒雷の拒絶とも取れる言葉。それらがぐるぐると美月の脳内を駆け巡り、なんとはなしに鼻をすする。
「……まだ、断られたワケじゃないし。斉藤くんが余計な事さえしなければきっと……」
その件の斉藤くんだが、司さんの話では黒雷が仲間と協力して撃破し、身柄を拘束したとの事だ。
怪人になりかけたとはいえ周囲への被害は無く、本人の意思ではないという事で逮捕はされないらしい。それでも肉体へのダメージが大きいのか、しばらくは病院に隔離される可能性があると司さんは言っていた。
「人のせいにしちゃいけないのは、分かっているつもりなのに……」
美月だって昨日の告白はかなり無理筋だったのは理解しているのだ。
何せ美月は黒雷の素顔すら見たことがないし、黒雷も美月の事を何も知らないだろう。
お互いの事を知ろうにも、接点は戦場と秩父山中でのキャンプだけ。知らないうちに幹部へと昇格したらしく、最近では会うことすら難しくなってしまった。
「そんな敵同士だった相手に好きだと言われたって無理に決まってる……」
美月ならば間違いなく罠を疑うし、受け入れたとしても二重三重に予防線を張った後だろう。
ヒーローと悪の組織の怪人なだけに、隔てる壁はどこまでも高い。
「……黒雷さんの中身が、司さんだったら楽なのにね………」
茹だった脳みそで適当な事を言ってみたが、そんな事は有り得ないだろうと結論付ける。
あくまでも身近な男性として司さんを当て嵌めてみただけで、恐ろしいほど幼稚な発想だ。
白の剣士ハクとして多くの活躍を成してきた司さんが実は悪の組織ダークエルダーの幹部でした、なんてオチは突飛し過ぎている。
「あ~~~もうっ! まったく落ち着かないじゃない!」
誰に当たることもできず、美月は手元にあったぬいぐるみをポフポフと殴る。
そんな様子を陰ながら見守っていたウェンディは、なんとなくいたたまれなくなってため息を吐いた。
◇
─カレン視点─
「……はぁっ!? 待って待って、嘘でしょ……!?」
カレンは慌てて土浦 楓を連れ出し教室を出た。
「ちょっ、ちょっと待って歌恋! 何なになんなの!?」
楓は突然の出来事に困惑しているようだが、今は説明している時間すらも惜しい。
今が昼休みで本当に良かった。これが朝からカレンの手元にあったら、丸一日授業に集中出来なかったことだろう。
「いいから、黙ってこれを聴いてください」
人気のない所まで楓を連れ出したカレンは、イヤホンの片割れを楓へと手渡して問題の録音データを再生した。
「……えっ、ウンディーネって美月先輩……。お次はキャロル!? ………えぇぇぇぇうそ、二人ともツカサさんに告白したの……!?」
そう、録音データとはコンサート・フェスティバル当日に兄に対して告白を行った二名とのツカサの会話記録だ。
昼休みの開始と同時に三國先生から「大事なデータだが、これが無いと多分困るのはキミ達だろう。特別に二千円で売ってやろう」と、半ばカツアゲのようにして二千円をむしり取られた代わりに送られてきたのがこれである。
どうしてこんな物を持っていたのかは多分聞かない方が身のためなのだろう。
「楓、もう自然と距離を詰めて兄さんに意識してもらおうという作戦では遅いかもしれません」
カレンは楓の恋路を応援すると決めたのだ。顔見知りの誰であれ、兄を選んでくれたのならば歓迎するつもりではあるが……それでもやはり、カレンは楓の恋を成就させたい。
「そ、そんなこと言ったって……どうしたら………」
楓が悩む気持ちも分かる。
今の兄は彼女が欲しいと言いつつも決して未成年に手を出すほど落ちぶれてくれないし、それが例えどれほどの美人が相手でも理性を保っていられる事は録音で証明された。
カレンから見れば、キャロルに告白されたら間違いなく兄は靡くと思っていたのに、だ。
それがキャロルの『魅了』を警戒したものだとしても、王族で世界的歌手で美人で自分に惚れているなんて優良物件を手放せるほど、兄の理性は強固とも言える。
「理性の、バケモノ……」
昔、ツカサから借りたラノベにそのような言葉が載っていた気がした。
よくよく考えれば兄は既に大金持ちであり、悪の組織とはいえ幹部の椅子に収まっており、肉体は健康を通り越して半神となり、特オタとしての夢は絶賛叶っている最中なのだ。
彼女がいないことくらいしか欠点が無くなってしまった兄こそ、もしかして難攻不落なのではないだろうか。
その『彼女』という椅子にどうにかして楓をねじ込まねばならないとは……難儀な話である。
「ただまぁ、やりようは幾らでもあります」
「例えば?」
「クリスマスまでにもっと接点を増やし、当日にデートに誘いましょう。不安なら私が付き添ってもかまいません。とにかく誰よりも意識をさせなければ、兄は落ちてくれません」
「クリスマスデート!? ……うわぁ、もうそんな時期なのかぁ……」
「なんだかんだ、もう来月ですよ。ここで先手を打たなければ負けてしまいます」
ずっとモテないと嘆いていたはずの兄が、ここに来て急に各方面にフラグを立て続けてきたのだ。もはや誰と結ばれても不思議ではない。
途中で兄からメッセージが届いたが、面倒だったのでスタンプのみで返答。今は邪魔しないで欲しい。
「楓の場合、他の方よりもアドバンテージがあります。まずは私と遊ぶという体で何度も家に遊びに来てください」
楓は兄のダブスタ生活を知っているので、そこだけは優位とも言える。
正義のヒーローブレイヴ・エレメンツの一員であると同時にダークエルダーのアルバイト、この立ち位置を上手く使うしかあるまい。
「……続きはご飯を食べながら考えますか」
ふと冷静になると、貴重なお昼休みに何をやっているんだという気持ちになる。
昨日のフェスで疲れきっているというのに、更にこの騒ぎ。流石にお弁当を食べる時間を犠牲にするほどのものではないだろう。
「もうさっさと告って既成事実でも作りませんか?」
「急に投げやりにならないでよ!?」
教室へお弁当を取りに戻る途中に窓から空を見てみると、激しい通り雨が地面を濡らしているのが見えた。