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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第八章 『悪の組織とお嬢と歌と』
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キャロルのたのみごと その2

 ツカサが水の広場公園へと到着した頃には、辺りはすっかり夜の帳が降りようとしていた。

 本来ならばもう少し時間が掛かるハズだったが、途中で着替えてさえいれば普通に歩かなくてもいいと気付いたので和装へと着替えて文字通り空を駆けてきたのだ。

 それでも公園の目立つ場所にキャロル……いや、変装した姿(クドリャフカ)を見つけたので、急いで良かったのだと思える。

 「やぁ、お待たせ致しました」

 ツカサは物陰で私服へと着替え、キャロルの傍へと駆け寄る。

 直前にスマホへと届いたスズのメッセージによると、現在キャロルの周囲300m圏内には人影、及び怪しい物はないとのこと。

 これから狙撃の警戒も行うとのことなので、今しばらくは安全なのだろう。


 「待った、といっても少しですわ。もうしばらく時間が掛かるものだと思っていましたが……ひとまず司様に怪我は無いようなので安心しましたわ」

 ツカサを見たキャロルは満面の笑みを零し、駆け足で傍へと寄ってきてシナを作る。

 とても王族に似つかわしくない子犬のような動作であったが、素が可愛いのでイヤミにもならないのだから美人は得である。

 「まぁなんとかね。……ひとまずみんな無事に終わりそうって事で、どう?」

 ツカサは途中で買っておいたココアの缶をキャロルへと手渡し、自分の分のプルタブを開けて小さく掲げる。

 キャロルも意図に気付いてくれたのか、同じようにプルタブを空けて掲げると、小さくツカサの持つ缶へとそれをぶつけた。


 「「乾杯」」

 お祝いとしては質素な、ふたりきりの小さな祝勝会。

 キャロルの無事と、敵対組織に勝利した記念だ。

 きちんとした物は後日改めて行うのだろうが、寒空の下で飲むホットココアは何よりも美味しく感じられた。

 「……綺麗な景色ですわね。まるで昼間の争いが嘘だったみたいに……」

 キャロルに釣られ、ツカサとまた手摺りへと体重をかけて東京の夜景へと目をやる。

 普段はお台場に長居なんてしないもので、東京から海を見る、という行為は新鮮だ。

 しかもデートスポットとして知られる場所で、他国の王族とふたりきりという状況は後にも先にもこれっきりだろう。


 「キャロルの国でも似たような景色は見れるの?」


 「ええ、見れますわよ。とはいえ私の国はまだまだ発展途上ですから、ここまで人工物の光は多くありませんけれど」


 「へぇ、きっと自然が綺麗な国なんだろうね。いつか機会があれば行ってみたいものだ」


 「あら、いつでも招待しますわよ?」


 「パスポートを作っていなくてね。それに海外旅行はどうしても精神的なハードルが高すぎるよ」


 「言ってくだされば私が付きっきりでガイドしますのに。司様ならVIP待遇でご案内しますけれど」


 「俺みたいな庶民には逆に息苦しいかなぁ」


 そんななんでもないような会話をしながら、ツカサはちびちびとココアを啜る。

 キャロルがいつまでも本題に入ろうとしないのは、この関係を名残惜しいと思ってくれているからだろうか。

 キャロルほどの大物に気に入られているという事実は、光栄でもあり面映ゆくもあるが……それでも。

 「──さてキャロル、そろそろ話を聞かせてくれるかな?」

 進むべき道や立場が異なる以上、いずれ別れの時はくるのだ。


 「……そう、ですわね。これ以上先延ばしにしてもご迷惑でしょうから」

 キャロルは覚悟を決めたような顔で、ツカサへと向き直る。

 その目はどことなく潤んでいるようにも見えた。

 今までであればドキリと心臓が高鳴る程の美しさなのだが……しかし何故か、ツカサには今までのような高揚感にも似た感情は浮かんでこない。

 “当然よ。彼女の『魅了』は半神となったアナタには効かないもの。私がレジストする手間が省けて有難いわ”

 脳裏に響くノアの声が早速答えを教えてくれた。

 なるほど半神化とは、精神攻撃にも耐性が付くのか。

 裏を返せば今まではずっと魅了の効果を受け続けていたワケだが、ノアが居なければ今頃彼女に惚れて靴でも舐めていたのかもしれない。


 「司様?」

 「……ああいや、ちょっとボーッとしてた。俺を呼び出した本題だったね、ちゃんと聞くよ」

 魅了が効かなくなったとはいえ、それでも目の前に立つキャロルが美少女である事に変わりがないので……不意に見詰めあってしまい、見惚れてしまったのはツカサの女耐性の無さ故だと思いたい。

 「ええ、では改めまして……」

 キャロルはコホンと咳をし、佇まいを正す。

 そして静かに、しかしハッキリと通る声で語り出した。



 ◇



 本題を話す前に、少しだけ前置きをしてもいいでしょうか?

 流石の私でも、少々緊張しているもので……あは、ありがとうございます。

 ──私と司様の出会いは、あの熱海での邪神復活の日でしたわね。

 私は巫女としてクラバットルに捕まり、心が折れるまで拷問をされ、消耗品として使い捨てられるところでしたわ。

 舌を噛み切る余力すら残されていなかった私達を助けてくださったヒーローの皆様。

 そして彼らの先頭に立ち、私達を助けようと尽力なさった白い剣士の姿……。例え私が『オマケ』であろうと、未だに夢に見る程に痛烈に記憶に残っていますのよ?


 その後に再会できたのは正に奇跡と言ってもいいかもしれませんね。

 あの公園でアナタ方に出会わなければ、私はきっと殺されていたのでしょうから……。

 今後も命の保証はないのも理解しておりますわ。親善大使として、できる限りの仕事をしつつ兄様達のご機嫌取りをし続ける。それが私にとっての最善策である事は理解しておりますの。


 ………でもやはり、名残惜しいですわね。

 この司様達と出会ってからのたった五日間。その間だけでも色んな事があって、楽しくて楽しくて仕方がなかったのです。

 スイーツバイキングに行ったり、手料理を振舞ったり、皆でお風呂に入ったり……。

 国を離れてからはそういうのとは無縁でしたから、とても新鮮で面白かったですわ。

 ……ええ、また機会があるならば、是非参加させてくださいな。

 親善大使にだってプライベートなお休みくらいありますからね。

 司様と、今回の一件でお手伝い頂いた皆様には感謝してもしきれません……。


 ──さて、だいぶ前置きが長くなってしまいました。

 まだ少し緊張しておりますが……大丈夫です。


 ……すぅぅ……はぁぁぁ………。


 司様!


 能美キャロラインとして……いいえ、キャルロッツェ・エヴィン・グラハムイェーガーとしてのお願いです。


 どうか私の近衛として……いいえ、いいえ。そうじゃない……。


 司様、どうか“ワタクシのものになって”頂けませんか?



 ◇



 「やだ☆」




 甘い毒には拒絶の意志を。

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